第15話 密林の射手が潜む世界-後-
飛んできた矢を回避する。
しかし、1秒と経たずに飛んできた矢が背中に突き刺さる。
「ここで彼女を見つけるのは不可能」
矢が刺さったことによる傷もゼオンがいれば一瞬で治癒される。
「本当は、あの人を倒せるのがいいんだけど……」
試しにゼオンへ狙いを定めてみる。
「……!?」
後ろから狙撃。
目と目が合った訳でもないのに見られているような錯覚に囚われる。
「あの人は絶対にダメ……!」
もしも矢を射るような真似をすれば間違いなくドライアドの位置が知られてしまう。
そんな確信がある。
「まあ、いいわ。他の連中を狙うだけでも効果はある」
矢が四方八方から同時に襲い掛かる。
「邪魔だ」
両手を掲げて握り締めるゼオン。
直後、矢が見えない力によって砕かれる。
「いつまで足止めをくらっているつもりだ」
「でも……」
「苦戦するようなら俺一人で突破するぞ」
最も効率的な突破方法はゼオン一人だけが森を駆け抜けて、後から【召喚】で喚び寄せること。
「大丈夫。もう対策は用意しているし、今の攻撃のおかげで必要な物は揃った」
屈んでいたシャルルの手に砕かれた矢が握られている。
「みんなは、この矢が何なのか知っている?」
「……? 普通の矢だろ」
「違う。これは木を極限まで鋭く削って矢の形にしただけの枝」
ドライアドの能力を使えば、それぐらいは造作もなかった。
材料となる木は密林にいくらでもある。ドライアドが射る矢が尽きることは永遠にない。
「それが分かったところでなんだっていうんだ」
永遠に射られ続けることが分かったところでどうしようもない。
「勘違いしないで。私が必要だったのは、矢そのものなの」
大きな容器を収納リングから取り出して矢の破片をいくつも放り込んでいく。
容器の中に入っていた液体と混ざり合い、黄緑色だった液体が深い碧色に変色していく。
「うん、十分かな」
何かを用意としていると分かった仲間たち。
それは、ドライアドにも分かった。その結果、最優先で排除しなければならない相手だと判断する。
矢が先ほどのように乱れ飛ぶ。
しかし、シャルルを中心に周りに立った仲間が壁となって彼女まで届かない。
「退いて」
容器の液体に浸した矢を弓に番えて構える。
「どこを狙っているんだか」
シャルルが弓を向けているのはドライアドがいるのとは全く異なる場所。
安全が確保されている内にシャルルの後方まで移動して弓矢を構える。
ヒュッ!
移動している間にシャルルの手から静かに矢が射られる。
ドライアドも矢を射る準備をする。何も持っていない手ぶらであってもドライアドが望めば近くにある木の枝が、地面に張り巡らされている木の根が形を変えて弓だけでなく矢にもなる。
変形に必要な時間は1秒。
瞬時に射る姿勢になるとシャルルへ狙いを定める。
さらにドライアドの姿を象った木の人形が別の場所に生まれる。精密射撃はできないが、ドライアドの動きに合わせて矢を射ることができる。
「そんな無防備な姿を晒していては仲間に守られていても狙われてしまうわよ」
矢を射った直後のシャルルは無防備に背を晒している。
格好の的へ狙いを定めたドライアドの手から矢が放たれる――
「……!?」
――直前、自身へ右側から迫る攻撃を察知して弓矢を射るのを止めて跳び退く。
「矢……!?」
ドライアドのいた場所を矢が通り過ぎていく。
シャルルがこれまで使っていた物とは違い、先端に毒のような液体が塗られているのを見て直前に放った矢だと判断する。
どうやったのか知らないが、全く異なる場所にいるドライアドに届くよう放たれていた。
「見つけた」
矢を回避したことでドライアドの位置が知られてしまった。
顔だけを後ろへ向けたシャルルと目が合う。
「動揺しちゃいけない」
一瞬だけ姿を捉えられてしまっただけ。
急いで身を隠せばまだ逃れることはできる。
「……っ!?」
左から感じる脅威に身を低くする。直後、頭上を矢が通過して行った。
「また……!」
先ほど回避したはずの矢が戻ってきてドライアドを襲った。
しかも、それだけで終わらず30メートルほど進んだ所で旋回して再びドライアドへ狙いを定めて飛んでいた。
明らかに矢の動きではない。
「これじゃあ……」
戻ってきた矢を回避しながら歯噛みする。
矢を回避するのは不可能ではない。しかし、ドライアドの方から矢を射るほどの時間が得られない。
「それよりも、どうしてこんな動きができるの!?」
何度目かの回避の後に戻ってきた矢を弓で叩いて落とす。同時に何かしらの効果が付与されていて爆発しても困ると思い、矢から跳んで離れる。
だが、衝撃によって爆発するようなことはない。
それでも、跳んだのは正解だった。叩き落とした矢は何度か地面を跳ねると再び飛び始めて木の上にいるドライアドの方へと飛翔を始める。
叩き落とした程度では止まらない。
「どうしよう……」
隠密能力に長けているドライアドでは矢をどうにかすることができない。
「どうなっているんだ?」
木の上を飛び回る矢を下から眺めていたゼオンがシャルルに尋ねる。
矢に翻弄されているせいでドライアドの攻撃に晒されることもなくなった。
「あの矢には対象を永遠に追尾する機能が備わっている」
「なんて物を作っているんだよ」
「けど、色々と準備が必要になる」
まず対象を定める為の触媒が必要となる。
ドライアドの魔力が含まれている矢を拾うことでドライアドが持つ固有の魔力反応を得ると特製の溶液と混ぜ合わせて記憶できるようにして、矢に記憶させると射放った。
そして、今のところは永遠とはいかない。
「矢に込めた魔力が尽きるまで追尾は終わらない。耐久力との兼ね合いから飛ばせられるのは最大で3時間が限界。さっきみたいに撃ち落としていれば、その分だけ魔力も減っていくけど、すぐに尽きるような代物じゃない」
「それだけ分かれば十分だ」
ドライアドが近くにあった木と一体化する。
すぐにドライアドを追っていた矢が木に突き刺さり、木を中心から割ってしまうことで矢の動きが止まる。
「よし……」
別の木から姿を現すドライアド。ゼオンたちは全く気が付いていない。
矢を射る体勢に入るドライアドだったが、再び襲い掛かって来るようになった矢に対して逃げずにはいられなくなる。
再び木へ逃げ込むと完全に迷宮と一体化する。
「あの矢、地中までは追ってこないみたいだけど、私が姿を晒した瞬間に自動で追って来るんだ。なら……」
地上にドライアドを象った木の人形が5体現れる。
全ての人形がシャルルへ狙いを定めて弓を構えている。しかし、悉くシャルルの矢に貫かれてしまったせいで5体目の人形しか射ることができない。
「ふっ」
もっとも、せっかくの攻撃も派手に動き過ぎているせいで位置を特定されて迎撃されてしまう。
「ごめんねシルビア。せっかく罠の設置とか協力してくれたのに、どうやらそんなに力にはなれなかったみたい」
シャルルは弓士であると同時に錬金術師であるため特殊な矢に性質が現れています。