第14話 密林の射手が潜む世界-中-
リュゼが射手の存在など気にせず前へ進む。
右から飛んできた矢を魔剣で叩き落として先へ進もうとする。
「……どうやら、射手は一人じゃないみたい」
左から飛んできた矢が魔剣を握る手に突き刺さっていた。
タイミング的に同一人物が射った矢ではない。突き刺さった矢を抜いてから、矢の刺さった腕をゼオンに差し出す。
「確かめる為とはいえ、もっと注意した方がいいぞ」
矢には即効性の毒が塗られていた。そのままにしておくと腕が腐り落ちてしまうほど強力な毒だ。
【自在】を発動させながらリュゼの腕を上から撫でる。
それだけで、矢を受ける前の状態にまで戻り、矢の刺さった傷と毒が消える。
「やはり、本にも反応はありませんね」
本を掲げて何かしらの反応がなかったか確認するテュアル。
――カン!
「……へ?」
掲げた本に何かが当たる。
視線を動かして本の向こう側を見たテュアルの目に映ったのは、札が括り付けられた矢。
リュゼを襲った2本の矢とも違う方向から射られている。
いや、今は矢が射られた方向を気にしている場合ではなかった。
「まず……」
事態の深刻さに気付いて本を手放そうとする。
しかし、矢の飛んできた方向を気にするあまり一瞬だけ遅れてしまった。
「あ……」
矢に括り付けられていた札が爆発する。
至近距離で爆発を受けてしまったため本を手にしていた腕に火傷を負い、手の指は何本か吹き飛んでしまう。
迷宮の力で用意された使い捨ての魔法道具。突き刺さった場所で周囲一帯を巻き込むような爆発を引き起こすことができる。さすがに迷宮眷属であるテュアルでもダメージなしという訳にもいかなかったために膝をついてしまう。
「大丈夫か?」
「ははっ、面目ありません」
それでもゼオンが触れれば完全に復元される。
「焼け落ちたな」
ゼオンが言っているのはテュアルの持っていた本。
既に燃え滓すら残されていない状態で綺麗に吹き飛ばされていた。
「どうやら、お前の本を排除するのが目的だったらしいな」
貴重な魔法道具を用いてでもテュアルの本を排除する。
これまでのゼオンたちの攻略を知っている者ならゼオンの【自在】に次いで厄介なのがテュアルの持つ本だと知っている。
本さえなくなれば罠も正常通りに機能する。
「ま、無意味なんですけどね」
手に魔力を集中させると綺麗な本が出現する。
「叡智の書は、私のスキルから作られた本です。スキルさえあれば、いくらでも生み出すことができます」
そもそも普通の方法で破壊ができるはずない。
海フィールドでは普通に水中でも本を広げていたし、溶岩の熱に晒されても燃える様子がなかった。
明らかに普通の本とは異なる。
「だが、何もない状態から生み出すには魔力を消耗する」
それが敵の狙い。
テュアルの頭部を狙って矢が射られ、咄嗟に気付いたテュアルが本を盾のように扱って防御する。すぐさま矢に札が貼られていることに気付くと本を投げ飛ばして離れた場所で爆発させる。
「もう出すな」
「はい」
頑なに本を排除しようとしている。
最初の攻撃で本だけの排除が不可能な事は分かったはず。それでも2回目の攻撃をしてきたのはテュアルに出させたくなかったから。
「敵の隠密能力は『絶対』っていう訳じゃない。何かしらの条件さえ満たせばテュアルにも見破ることができる」
だから本を出させたくなかった。
これまでのテュアルは、致命的な情報を見逃してしまっていた。あらゆる情報を表示してくれる本でも、その情報を処理するのが一人の人間では限界がある。
その“何か”をテュアルは見落としてしまっていた。
あるいは、これから見つかってしまう“何か”を晒してしまう。
だから、本を出させたくなかった。
「さて、こうなるとどうやって進んだものかな」
前へ進む足を止めた瞬間に矢による攻撃が止まった。
海蛇と同様に足止めが目的の攻撃。射手も自分では、自らの存在を気付かれずに攻撃するしかできないことを悟っている。先ほどのように爆発で吹き飛ばすことも可能だが、一撃で完全に吹き飛ばすには至らず、ゼオンがいる以上は一撃で吹き飛ばす必要がある。
「仕方ない」
方法を考えているとシャルルが前に出る。
「これから私が攻撃されるだろうけど、何があっても回復以上の事はしないで」
シャルルが弓を手にしたまま2歩、3歩と進んで行く。
そうして一人だけ仲間から離れたところで矢が左斜め後ろから飛んでくる。
体を反らしながら矢が飛んできた方向へ弓を射る。
「……っ!」
右肩に突き刺さる矢。
それでも既にシャルルの弓から緑色の矢が射られている。
「当たった」
「仕留めたのか!」
「いや……」
全員でシャルルの矢が射られた方向へ進む。
だが、そこにあったのは大きな樹を半ばまで抉った矢だけで射手らしき影はどこにもなかった。神速の矢である緑の矢から逃れることはできない。もしも、ここに射手がいたのなら必ず当たったはずで、血の一滴でも落ちていなければならない。
「本当に影すら残さない敵だな」
「……いいえ、そんな者など存在しない」
「シャルル」
矢の突き刺さった場所で屈んで手で触れるシャルル。
「やっぱり……」
「何かあったのか?」
「ここに誰かがいたのは間違いない」
シャルルの手には木の欠片が握られており、木片が紫色に変色していた。
木片は矢の当たった木から削られた物で、シャルルは特製の薬――魔力の残滓に反応して色が変わる液体を掛けていた。
変色は僅か。間違いである可能性の方が高いが、相手が【地図】や叡智の書でも反応を追うことができない隠密能力に長けた者だと思えば僅かにでも反応が出たことを喜ぶべき。
「え……」
体の至る所を走る痛みに戸惑うシャルル。
次の瞬間、全身に斬り裂かれた傷が発生して血が噴き出す。
「……捕まえた」
斬られながらも手を伸ばして相手の腕を掴むシャルル。
「あら」
シャルルの目の前にいたのは茶褐色の肌をした長身の女性。
眼前にいたというのに誰も気付くことができなかった。
それもそのはず。シャルルが斬られたからこそ女性の存在に気付くことができたが、周囲の景色に溶け込むような姿をしているせいで女性の姿をゼオンたちは完全に捉えることができずにいた。
「随分と私の庭を荒らしてくれたじゃない」
手にしていたナイフを大きく振り上げてシャルルの胸を斬る。
「まず一人」
魔剣を手にしたリュゼが茶褐色の肌をした女性――ドライアドへと斬り掛かる。
しかし、幻でも斬ったようにドライアドの姿が消えて完全に見失ってしまう。
「大丈夫」
致命傷と思われるほど斬られたシャルルだったが、ゼオンの手によって一瞬にして元通りになる。
矢と短剣による攻撃を得意としているドライアドでは一撃で死に至らしめることができない。
それが分かっているからこそ時間稼ぎに徹している。
ドライアドの射った矢をリュゼが叩き落とす。飛んできた方向を確認すると射手であるドライアドを倒そうと走り出す。
「無駄」
けれども、シャルルが止める。
「どういうこと?」
「そっちに敵はいない」
矢の飛んできた方向に意味などない。
「敵は木霊。しかも普通のドライアドじゃなくて高位に進化したドライアドだと思う。だから木に命が宿っただけの魔物なんかじゃない」
自分たちのしたことをやり返された。
「迷宮の階層と強く結びついている」
今のドライアドも命は一つしかない。
しかし、体は森そのものとなっている。
「この階層にある木の全てが敵だと思った方がいい」
トレントだから襲撃があると警戒するのではない。
どこから奇襲される可能性のある森。
「へぇ、気付いたんだ」
大きな樹の枝の上で矢を構えるドライアド。
ゼオンたちに気付いた様子はなく、ドライアドには格好の的に見えた。
「あの本が最も厄介だと思ったけど、彼女の知識も十分に厄介になる存在ね」
ドライアドの持つ弓から放たれた矢が真っ直ぐにシャルルへ飛ぶ。
当作品のドライアドは、エルフみたいな見た目で木のような茶褐色の肌をした女性になっています。