第13話 密林の射手が潜む世界-前-
アリスター迷宮の地下41階から45階は、ジメジメした空気に背の高い密林が広がるフィールドとなっている。
自生している植物の種類が多く、多種多様な魔物が生活している。
「なに、これ……」
「どうした?」
本を見て階層の状態を確認したテュアルが呟いた。
「まあ、見ていてください」
ゆっくりと前へ進むテュアル。
5歩進んだ所で、近くにある木の上から飛んできた人の頭ほどの大きさがある石を本で防ぐ。
テュアルの足元には木と木の間に張り巡らされた糸がある。糸を足で引いた瞬間に石が飛ばされる仕掛けが設置されていた。
「これだけではないんです」
地面に落ちていた石を拾って前方にある木の傍へ投げる。
離れた場所に落ちたことで石が鳴る。
バシィッ!
投げられた石を近くにあった木の枝が打ち付ける。
「その場所の手前まで柔らかい土ですが、そこから石が敷き詰められた硬い地面になっています」
柔らかい地面の時と同様に歩いていると音が鳴ってしまい、反応して襲い掛かって来るようになっている。
「理解できましたね」
「ああ」
罠だらけの森。
そこを突破する必要がある。
「罠なんていうのは油断した頃を狙って設置するのが定石なのですが、この階層はそんな定石とは無縁な設置方法をしています」
数歩進んだだけで罠が設置されている。
常に警戒しながら進まなければならないことになる。
「足止めのつもりか」
警戒させることで攻略速度を遅くするのが目的の階層。
「だが、付き合ってやる必要もない」
地図から転移魔法陣のある方向を確認すると、キリエがパーティの前に立つ。
拳を構え、魔力を集中させると正面に向かって振り抜く。キリエの拳から放たれた衝撃波が正面にあった木々を周囲に設置された罠ごと吹き飛ばして荒れ地が広がるだけの森へと変えてしまう。
幅5メートルの何もない道。ここを通るのなら罠を気にする必要などない。
「ふぅ」
重たく息を吐くキリエ。
衝撃波を放ったことで疲労が色濃く出ていた。
「大丈夫か?」
回復薬を渡しながらゼオンが尋ねる。
事前情報で密林フィールドが5階層あることは知られている。この階層だけが罠だらけに変えられていると思わないゼオンは、42階以降でも同じ方法によって罠を消すつもりでいた。
「問題ない。神気を手に入れたおかげで、いつもよりずっと少ない魔力で撃つことができたさ」
キリエの言葉通り、威力も森を吹き飛ばせる程度に抑えていたため最低限で済ませることができていた。
少なくとも、あと5回撃つぐらいは全く問題がない。
「そうか。なら、次も頼むな」
☆ ☆ ☆
「ああ、勿体ない」
迷宮の最下層で地下41階の惨状を見ながら呟いた。
あそこにはアリスターの近くでは手に入らない野菜や果物が手に入った。それにシルビアが育てていた庭園もあったはずだ。
「仕方ありません」
当のシルビアが現状に納得していた。
「たしかに庭園の一部がありましたが、それでも彼らの侵攻を少しでも食い止める為に必要だと言うなら犠牲にします」
攻略を優先させているゼオンたちなら何らかの方法で罠があることを知り、一気に突破すると思っていた。
まさか、拳から放たれた衝撃波で全てを吹き飛ばしてしまうとは思っていなかったが、想定の範囲内と言える被害だ。
「地下44階の準備はできているんだろ」
「もちろんです」
地下41階から43階まではキリエを消耗させる為に使い捨てる。
本命は地下44階だ。
☆ ☆ ☆
地下43階も最短距離を吹き飛ばして地下44階へ到達したゼオンたち。
吹き飛ばした後の道はゆっくりと進んでいた。これは消耗したキリエを少しでも回復させる為。安全が確保された道なら回復には適していた。
「……どういうことでしょう?」
「どうした?」
これまでと同様に最短距離を吹き飛ばすつもりでいたキリエ。
全員が使用できる【地図】でも迷宮の地図を表示させることはできるが、【地図】には表示されない何かしらの罠があるかもしれない。そういった罠も見破ってしまうテュアルに確認してから吹き飛ばすようにしていた。
だが、地下44階へ到達した瞬間に本を見たテュアルが怪訝な顔をする。
「何もないんです」
「何を言っているんだ。森があるだろ」
「いえ、罠の類も魔物の反応もありません」
「なに?」
罠に意味がないと分かって素通りさせるつもりなのか。
もし、そうでないとしたら厳しい階層になる。
「私の本でも見破られないようにしたみたいです」
「だったら関係ないね」
転移魔法陣のある場所は分かっている。
方向を見定めると、これまでと同じように拳を振り抜いて衝撃波を放つ。
「あ?」
だが、衝撃波は目の前にある何本かの木を薙ぎ倒したところで霧散してしまう。
「あれ、もしかして疲れちゃった?」
バカにしたような様子でリュゼが笑う。だが、内心では不思議に思っていた。彼女なりに現状を明るくしようと思っての行動だった。
「まさか……まだ魔力は半分も使っていないさ」
「どうやら、森の方に秘密があったみたいだ」
目を凝らして【鑑定】を使用した結果ゼオンには理由が分かった。
これまでの森と違い、森を形成しているのは普通の木ではなく魔物――トレントによるものだった。
「しかも普通のトレントじゃない」
より頑丈になったハイトレント。
森全体の木をハイトレントに変えるとなれば相当な消費となったはずだが、森を進ませる為に必要な出費だと考えて消費することをマルスは決めた。
「だったら話は簡単だ。ハイトレントを吹き飛ばせるぐらい強い攻撃をすればいいだけの話だ」
これまで以上に強い力を拳に集中させるキリエ。
それだけ長い時間集中する必要がある。
「……っ!」
拳を構えていたキリエの腕に矢が突き刺さる。射手にすれば無防備な姿を晒しているようにしか見えなかった。
矢のダメージはそれほどではない。しかし、痛みによって集中が途切れてしまった。
「何者だ!」
矢を抜きながら射られた方向に向かって叫ぶ。
だが、返事はなく地図にも罠や魔物の全く反応がない。
「なるほど。無駄撃ちさせるのが目的だったか」
地下44階に全ての戦力を集中させることで無駄撃ちさせることに成功した。
地下43階までが問題なく全てを吹き飛ばすことができたためキリエは警戒することなく衝撃波を放ってしまった。
そして、矢を射ってきた相手。
全く気配を感じ取ることができない。おそらくキリエの攻撃を阻止した直後に離脱しているためだと判断された。
「邪魔をされては吹き飛ばしてから進むことができない。そうなると、地道に進むしかないな」
「罠の反応はありませんが……」
「じゃあ、大丈夫なんだね」
リュゼが前へ進んだ瞬間、矢が飛んでくる。
キリエを狙った矢が飛んできたのとは全く異なる方向からの射撃。
魔剣で斬り裂いて落とすと矢が飛んできた方向を警戒する。しかし、射手らしき反応を捉えることはできない。
「完全に時間稼ぎが目的だ。どこから飛んでくるのか分からない矢に警戒しながら進まなければならないらしいな」