第12話 ミトゥス
1000文字くらいかと予定していたのですが、1話使ってしまいました。
「ここは……どうやら、私は負けてしまったようですね」
「起きたか」
迷宮の最下層にある神殿に置かれたベッドで寝かされていた海蛇が目を覚まして体を起こした。
最後にシーサーペントから受けたダメージで気絶してしまった海蛇だったが、完全に力尽きてしまう前に【召喚】で最下層まで招待した。
「どれほど眠っていましたか?」
「ほんの30分程度だ」
「そうですか……随分と忙しそうですね」
海蛇の見ている先では全員が何もない空中に向かって手を忙しなく動かしていた。迷宮主や眷属にだけ見ることのできる画面が正面にあり、操作することで迷宮の改造が可能になっている。
全員で手分けして迷宮の改造を行っている。今も忙しい状況には変わりない。
「最後に激流を発生させました。少しは時間が稼げたはずです」
「ああ。おかげで、ちょうど密林フィールドに辿り着いたところだ」
「そんな! たった30分で29階と30階が攻略されてしまったのですか!?」
海蛇の予想ではもっと長い時間が稼げるはずだった。
水中を流されて、渦を突破することもできない。ただ、発生させた渦は海蛇が気絶したことで維持はされていないため1時間もすれば消滅する代物だった。
各階層で1時間。
30階も敵の侵入に反応して発生するように設定しておいたため、2時間は稼げるはずだった。
「あいつらシーサーペント以上に厄介な魔物を喚び出したんだよ」
宙に水中の映像が映し出される。
海底をゆっくりと進む大きな亀の魔物。甲羅の上には小屋のような物があり、頑丈な小屋は激流にも耐えることができるようになっていた。
「移動速度は遅いから奴らも真っ先に使わなかったんだろうけど、激流を越えるのは簡単だったぞ」
ダメージを受けた様子もなく、のんびりと激流を越える。
海蛇の罠は簡単に通り抜けられてしまったが、移動速度が遅いため時間が掛かったのは間違いない。ゼオンたちも通り抜けるまでの間に体力を回復させる為に休憩していたため30分の時間を稼ぐことができた。
「あ、起きたんだ」
「ノエル」
海蛇の体をペタペタ触って状態を確認するノエル。女性同士だから許される行為だが、服の内側まで手を入れて確認するほどの念の入れようだ。
「痛い?」
「見た目ほどの痛みはありませんよ」
海蛇の胸には大きな穴が開いたまま。とはいえ、人の姿だから痛々しく見えるが本来が蛇であることを思えば耐えられなくはない。
「もっと、あの場にいさせてくれれば強力な渦を発生させることもできましたよ」
気絶してしまった理由には戦場を離れた安堵感もある。もし、あのまま攻撃を受け続けていれば逆に痛みでスキルを使い続けることができていた。
そうすれば、もしかしたら亀でも耐えられない渦を発生させることができたかもしれない。
今さら言ったところで遅い。全ては仮定の話でしかない。
それに、ノエルが許すはずがない。
「そんなことダメだよ! リエルが大きくなるまで見守るんでしょ!」
「それは……」
ノエルの娘ということもあってリエルを可愛がっている海蛇。リエルも海蛇に抱かれていると安心するのか穏やかな笑みを浮かべて眠っているか、笑っていることの方が多い。
この子の成長を見届けたい、なんて親みたいな事まで言っていた。
「私は迷宮の魔物です。魔石さえ回収してくれれば復活することができます」
まだギリギリではなかった。
そう言いたい海蛇だが、ノエルが首を横に振る。
「たしかに魔石を回収すれば海蛇の肉体を復活させて『力』と『記憶』を継承させることができる。けど、それはミトゥスじゃないでしょ」
「ミトゥス」
「そう。家族同然のように付き合っているのに名前がないなんて可哀想じゃない」
「私には海蛇という名前がありますよ」
「それは、昔の人たちが蛇の姿でいる時のあなたにつけた名前でしょ。こんな美人なのに『海蛇』なんて呼ばれるなんて可哀想でしょ」
名前をつけるぐらいな自由にしてもかまわない。むしろノエルぐらい魔物との親和性が強いと『ミトゥス』という名前で登録されてしまう。
スキルで人の姿になれるだけだった蛇の魔物だったが、名前を得ることで人の姿でいる時にも確かな存在が与えられた。
「ありがとうございます。大事にします」
「名前だけじゃない。魔物だからって命を簡単に捨てるような事はしないで」
「はい」
本当は迷宮にいる全ての魔物に言いたいセリフ。
それをノエルは必死に堪えていた。
「私はもう大丈夫ですから作業に戻ってください」
「あ、わたしの分は終わったから大丈夫」
「本当ですか?」と言いたげな目をミトゥスが向けてくる。
ノエルに任せていた分の進捗状況を確認して頷く。
「わたしの場合は、魔物のみんなにお願いするのと誰も入ってこないようにするだけだったからね。随分と簡単だったわ」
「終わっているならいいさ」
見てみればシルビアとアイラの作業も終わっている。
迷宮主である俺以上に大変な作業を任せているイリスには申し訳ないが、今のうちに彼女たちには休憩してもらおう。
「手が空いたなら今のうちに屋敷へ戻って休んでおけ。外に出ているメリッサには申し訳ないけど、戻って来たら俺が労っておくから気にせず戻れ」
「そう? じゃあ、久しぶりにミトゥスを連れて戻るわね」
「あたしもちょっと眠らせてもらうわ」
夜には屋敷へ帰っていたとはいえ、数日に及ぶ迷宮攻略から防衛準備に慌ただしく動いていた。
ちょうど陽が沈んだ頃なので休憩するにはちょうどいい頃合いだ。
「お前は戻らないのか?」
アイラとノエルは屋敷へ戻ったが、シルビアは残っていた。
「そういうご主人様こそ」
「主の俺が迷宮の危機だっていうのに迷宮から離れる訳にはいかないだろ」
「では、わたしもお供をします」
アイラとノエルは考えないようにしていたみたいだけど、もしもアリスターの迷宮が失われるような事態になれば全員が共倒れになる。
体を震わせているシルビア。
自分たちが失敗した時の事を想って恐怖していた。
「最初の頃にさんざん説明されていた事です。昔は、迷宮主同士の諍いがなかった訳でもなかったようですから迷宮を攻められることもあったはずです。だから、いざという時の覚悟はできていたはずなんです……」
実際に攻められてしまうと怖くなってしまった。
自分たちの命は目の前にある迷宮核と直結している。逃げ出したいほどの恐怖に駆られているが、逃げることは許されていない。
「たぶん……わたし一人だけだった時なら耐えられたと思うんです。お母さんやお父さん、リアーナを残して逝くのは申し訳ないですけど、わたしはご主人様を何よりも優先させると誓いました」
それだけの覚悟を秘めた今は水没してしまった砂浜で見せてくれたからこそ一生を傍でいることを許した。
「けど、わたしがいなくなった後のアルフとソフィアがどうなるのか不安で仕方ないんです」
不安から涙まで流してしまうシルビア。
落ち着かせる為に抱き寄せて落ち着かせる。
「迎撃する準備はできているんだろ。どこまでできるのか分からないけど、あいつらを信じてやれ」
「はい……」
「ねえ」
静かな声が響き渡る。
「私が作業中だっていう事を忘れていない? こんな近くでイチャイチャされると気が散って仕方ないんだけど」
「ゴ、ゴメン……?」
イリスから叱られたシルビアがメイド服へ一瞬で着替えて軽食と紅茶の用意を始める。
作業中のイリスも空腹になるため手で摘まめる食事が必要になる。
メイド服に着替えて、いつも通りの作業をすることで落ち着くらしく俺が慰めた時以上に落ち着いていた。ちょっとショック。
「ち、違います。いつも通りにしていた方が落ち着くというだけであって、決してご主人様では慰められなかった、とかそういう訳ではありませんから……」
「安心しろ。大丈夫だから」
それよりも戻らない方が気になった。
「わたしにとっても、ここにいる魔物たちは家族に等しい存在です。それに、色々と指示を出した身としてはどうなるのか気になります」
次はドライアドVSゼオンパーティです。
最も神経の磨り減る攻略ですね。