第11話 海蛇の支配する世界-後-
海蛇と進化したシーサーペントが水没した世界で対峙する。
次の階層へ進む為の転移魔法陣は二体の間にある。
『じゃ、そっちは任せたからね』
守る者のいなくなった転移魔法陣へリュゼが進もうとする。
『なに……?』
しかし、海蛇の代わりに半透明な海月の魔物。全長10メートル、下半身には無数と思える触手が蠢いている。その姿から普通の海月でないことは一目瞭然。
『あはっ、そんな弱点を無防備に晒してばかじゃない?』
リュゼが短剣を投げる。投げられた短剣は海中であっても地上で投げられた時と変わらない速度で飛び、海月の体内にある魔石を正確に狙っている。
だが、掲げられた触手によって短剣が受け止められて溶かされる。
魔剣すらも溶かしてしまう攻撃に全員が身構える。しかし、海月が率先して動く様子はなく、海蛇のいる方を見上げている。
『もしかして見ていろ、っていうの?』
ゆっくりと頭が縦に振られる。
ゼオンたちから敵意が消える。それが合図となって進化したシーサーペント――キングシーサーペントが蜷局を巻きながら襲い掛かる。
『ガサツな攻撃』
猛々しく硬い体を活かした突撃。
海蛇が体を後ろへ反らすとキングシーサーペントが通り過ぎていく。
慌てて振り向こうとするキングシーサーペント。しかし、伸ばされた海蛇の尾がキングシーサーペントの身に絡み付いていく。
『尾を使うなら最低限これぐらいのことはしてみなさい』
ブチッ!
尾で拘束したまま力を強めて握り潰してしまう。
痛みに悶えたキングシーサーペントが苦痛を堪えながら尾を鞭のように扱って海蛇の頭上から振り下ろす。
『その体では滑らかな動きが難しいのかもしれませんね』
振り下ろされた尾が海蛇のいる場所の横へ叩き付けられた。
逸れたキングシーサーペントの攻撃。狙いが甘かった訳ではなく、尾はたしかに海蛇を捉えていた。
『この階層は私の支配する世界です。そこで私と戦う、ということがどのような事なのか理解してから死になさい』
水に流れが生じる。次第に速くなる流れは海蛇の体をも持ち上げるとキングシーサーペントの周囲をグルグルと回り始める。
左右へキョロキョロと顔を向けて海蛇を目で追おうとしている。
ペシッ、ペシッ……!
しかし、四方八方から飛んでくる尾の攻撃に晒され、頭を上から攻撃されたことによって地面へ叩き付けられてしまう。
刃のように鋭くした尾を海蛇からの攻撃があった方へ伸ばす。
『ハズレです』
空振った攻撃。逆に海蛇の尾がキングシーサーペントの尾に絡み付く。
体を起こすように水流の勢いを利用しながら頭部を尾の方へと移動させる。その先にはキングシーサーペントの頭があり、キングシーサーペントの目には自身に海蛇が猛スピードで近付いてきているのが見える。
ゴッ!
頭と頭がぶつかる。両者とも同程度の大きさ。それでも、移動した時のスピードを利用して威力が高まっていたこともあってキングシーサーペントの方がダメージは大きい。
その証拠にキングシーサーペントの頭から鱗が何枚か剥がれて落ちている。
『あら』
絡み付いていた海蛇の尾が無理矢理引き剥がされる。
『やはり、ステータスはそちらの方が高そうですね』
自由になった尾を振り上げて叩き付けようとする。
『ですが、いくらステータスが高かったとしてもそれを活かせるだけの環境がなければ無意味です』
振り上げようとする尾が動かなくなる。どれだけ力を込めて攻撃しようと思っても全く動かない。
まるで何かに掴まれているかのよう。
けれども、海蛇に掴まれている訳ではない。
『こういう事ができるからこそ私は階層の支配者に至ることができたのです』
キングシーサーペントの身を拘束しているのは圧し固められた水。渦巻く水が押さえ付けるように纏わりつき身動きができないようになっている。
身動きのできなくなったキングシーサーペントの体に噛み付く。長く鋭い牙が硬くなった鱗すらも貫通して肉を抉り、凶暴性の増したキングシーサーペントが充血した目をしながら海蛇を睨み付ける。
『進化したことで強くなりましたが、私から支配権を奪い取るぐらいのことをしなければここで勝つのは不可能です』
暴れていた体がピタッと止まる。
キングシーサーペントが気合で止め、力を集中させた口を大きく広げる。
『……っ!?』
口の向こうに青い光が発生する。
シーサーペントはドラゴンに近い魔物。その中でもキングとなったことで下手なドラゴンよりも強くなった。そのためドラゴンのようにブレスを放つこともできる。
『そうはさせませんよ』
大きく開かれた口の前で渦が発生する。海蛇のスキルによって発生されたものだ。
ブレスを止めるほどの力はない。しかし、そのまま発射する訳にもいかず後ろへ身を引いてブレスの発射に備える。
渦から逃れる為に一瞬だけ海蛇から意識を逸らす。その一瞬の間に噛み付いていた海蛇が離れていた。
離れた海蛇の口にも同様に力が集まっており、ブレスを放つ為に口が大きく開かれている。
――ガアアァァァ!
どちらからも同時にブレスが発射される。
衝突した際に発生した衝撃によって下にある島が吹き飛ばされる。
お互いに押し合いを続けるブレス。すると業を煮やした様子のキングシーサーペントの頭の上が盛り上がる。
『あれは……』
チラッと視線を向けた海蛇の目に映ったのは三叉の槍を手にした偉丈夫の男性。
男性はキングシーサーペントの上を駆けると頭の先から飛び、海蛇へ槍を向けながら落ちてくる。
キングシーサーペントは、シーサーペントの中でも王に相応しいぐらいの硬さと鋭さを持つ蛇型の魔物。そうであると同時にシーサーペントを支配する王でもあった。
頭部に現れたのはシーサーペントの王。
人にしか見えない姿で槍を突き出す。ブレスを発射している最中の海蛇では回避することができない。
「そう思っているでしょう」
人型へ戻った海蛇。
彼女の胸にはポッカリと穴が開いたままだが、口があった場所に魔法陣を出しブレスを維持しながら落下する。
わずかに届かなかった槍。それでも諦めずに伸ばして海蛇を追う。
「……っ!」
負傷した身で扇子を使って槍を防御する。
自分の攻撃が押せていることに満足したシーサーペントが嗤う。
「この程度で満足している。所詮は王と呼べるステータスを手にしただけの素人ですね」
槍の力を逸らして水中を跳ぶ海蛇。
キングシーサーペントも顔を跳んだ海蛇の方へ向ける。
『……?』
体に奇妙な違和感を覚えて手を腰へ向ける。
しかし、その手が何かに触れることはなかった。
「さっきも言ったでしょう。ここは私の支配する世界です」
離れた場所を見れば腰から下だけのキングシーサーペントの体が水中を漂っていた。
「私が離れた直後に間欠泉が噴き出すよう調節しておきました」
ただ水を噴き出すだけの間欠泉ではない。海蛇の手によってトラップとして用意された上を歩く者を切断する鋭い間欠泉。それを海蛇の力で威力が増されたことでキングシーサーペントの身すら切断していた。
人型になったことで小回りが利き、器用な動きができるようになったが蛇の体ほどの耐久力がなくなってしまった。
「ふぅ」
予想以上に負傷した身が辛い。
息を吐いて気を抜いた瞬間、
「油断し過ぎましたね」
投げられたキングシーサーペントの槍が肩に突き刺さり、皮一枚で繋がっているような状態になる。
「もう少し時間を稼ぎたかったのですが、ここまでのようですね」
進化に耐えられなくなったキングシーサーペントの体がボロボロになって崩れていく。
力を抜いて気絶する海蛇。人型のキングシーサーペントが残った力で泳いでトドメを刺そうとするが、海蛇に近付く前に消え去ってしまう。
標的が消えたことで動揺するキングシーサーペント。しかし、そんな風に動揺している間に人型の方もタイムリミットが訪れて崩壊してしまう。
『やっかいな置き土産だけしてくれたものだ』
海蛇が消えても……いや、消える前よりも激しくなった水流が転移魔法陣の周囲を渦巻いている。
侵入を阻む為の壁。
最後に残された力を振り絞って用意した海蛇の結界だった。
普段から生活する場所だから、どこにどんな罠があるのか、ちょっと魔力を与えるだけで威力を強化することができる。