第7話 灰色の風渦巻く世界-後-
渦巻く灰色の風が回転しながら山を飛び交う。フレスヴェルクに操作されている灰色の風はゼオンたちを的確に狙う。
さらに飛来する灰色のブレスが山を抉る。
山が削られ、抉られる。
「おい、このままだと山が崩壊するぞ」
飛び交う灰色の風を回避しながらゼオンが叫ぶ。
『許可は得ている。問題ない』
実際のところは問題大ありだった。本来なら壊れることがないほどに頑丈な迷宮の構造物。それを壊してしまえるほどに強力なフレスヴェルクの攻撃に問題がある。
しかし、今はゼオンを倒すことの方が優先される。階層からも人を退避させているため安全が確保できていることを確認した上での攻撃。
触れるだけで塵にされてしまう風が相手では【自在】も通用しない。
「仕方ないな」
地面に魔法陣が描かれる。
『トドメ』
それは、山へのトドメとなるブレス。
山について最も詳しいと言ってもいいフレスヴェルクだからこそ、どこをどのように攻撃すれば効果的な被害を与えることができるのか分かっている。
くり貫かれたように崩落する山の上部。
立っていることのできなくなったゼオンたちが落下し、上から降って来る岩に圧し潰されていた。
『これは……』
岩の下敷きになっているはずのゼオンたち。
間違いなく死んでいるはず。しかし、普段は感じることのない気配にフレスヴェルクは灰色の風の檻を止めることができずにいた。
ヒュン――!
『なっ……!?』
右の翼に突き刺さる矢。
灰色の風の檻を突破して攻撃ができた事に対して驚くフレスヴェルクだったが……
『なぜ、生きている!?』
「ああ、それは--」
落下した岩が内側から発生した風によって吹き飛ばされる。
そこにあったのは空中に浮かぶ砦。堅牢な壁は全ての攻撃を弾くことができ、外を見渡すことのできる場所からは矢を射ることができるようになっている。
「自分の迷宮にある物は自由に喚び出すことができるんだ。こんなデカい物だって喚び出すことができるに決まっているだろ」
山の代わりに出現した砦。
砦の上部には弓を構えたシャルルがおり、新たな青い矢が番えられている。
「射て」
ゼオンの命令を受けてシャルルの手から青い矢が射られる。
『くっ……』
シャルルの放つ矢が灰色の風の檻を突破できるのは既に分かっている。
体を傾けて移動すると青い矢を回避しようとする。
『なに!?』
しかし、青い矢は回避した先へ吸い込まれるように突き刺さった。
突き刺さったのは左の翼。矢を中心に冷気が発生し、翼を徐々に凍らせていく。
『そんな、軌道を変えることができるなんて……!』
元々フレスヴェルクのいた場所を狙って射られた矢。
下へ落ちるように移動したフレスヴェルクには当たらないはずだった。
予測し切ることのできない軌道はスキルによるものとしか思えなかった。
「勘違いしないで。今のはスキルの力なんかじゃない」
矢の軌道が変わったのはシャルルの技量によるもの。灰色の風の檻を突破する瞬間に発生する衝撃を計算したうえで射られた矢。
突破する際に力を加えている。錬金術師である彼女にはその程度の計算は造作もなかった。
「神様から授かった力。禍を打ち払うのに適した力を持っていた。
神気によってコーティングされた矢は灰色の風の檻を突破する力も持っていた。
あとは、特殊な矢を突き刺せば動くことができなくなる。
『お、うおおおぉぉぉぉぉ!』
翼が凍ったことで地面へと落ちていくフレスヴェルク。
翼を動かして空を飛んでいる訳ではない。風の魔法によって空を自在に飛ぶことができるようになっている。
翼が凍っても落ちてしまう訳ではない。だが、魔法を行使する際に周囲にある風を翼で感じ取っているため魔法の使用に著しい障害が生じてしまう。
結果、体を支えることができずに巨体が落ちてしまう。
『無駄だ。この程度の高さから落ちたところでワシは死んだりせん』
「そうだろうな」
『……!?』
灰色の風の檻を飛び出す人影が見える。
落下しながら見上げたフレスヴェルクが見たのは拳を握り締めたキリエだった。
「ははっ、やっぱりだ!」
灰色の風に触れてもキリエの体が朽ちることはない。
「神気を纏っていれば、この風だって平気だ」
灰色の風の力が及ばない。
意味はなくとも必死に翼を動かして落下する速度を緩めると収束させたブレスを放つ。
「おっと……!」
けれども、せっかくのブレスも神気を纏わせたキリエの拳に弾かれる。
「せっかくだ。その体も頂かせてもらうことにしようか」
『何をするつもりだ……!?』
フレスヴェルクの胸を掴むと勢いを利用して背後へと移動する。
そのまま首に腕を絡めて上下の位置を変えながら力を強める。
『ぐへぇ!』
首を絞めるキリエ。
圧倒的に体格が違うため普通なら腕を絡める……というよりも押し当てたところで絞めることができるはずがない。
だが、喰い込んでしまうほどに強い力はフレスヴェルクにダメージを与えていた。
『こんなことをしたところで……』
「そんなことを考えている時間があるのかな?」
ようやく気付いたフレスヴェルクだったが、既にタイムリミットが訪れていた。
後頭部から地面に叩き付けられるフレスヴェルク。体勢を整えた状態で地面に叩き付けられていれば無事でいられたが、さすがに後頭部から叩き付けられれば無事では済まされない。
目の前にいてダメージを与えるキリエの存在を見過ごすことのできなかったフレスヴェルクは地面までの距離を見誤ってしまった。
『ふふっ、お前も大ダメージではないか……』
「まだ、生きていたか」
『いや、最期に残された力を振り絞っているにすぎない』
数分と経たずに絶えてしまう命。
それでも、自分が犠牲になっただけの価値があった。
『そんな体で、これから先へ進めるのか?』
落ちながら常に灰色の風を振り撒いていたフレスヴェルク。接触していたキリエは灰色の風を浴び続けていたため神気を剥がされ、体の大部分がボロボロに朽ちていた。
風の檻を突破する一瞬だけ耐えることはできたが、常に浴び続けていられるだけの力はなかった。
どうにか叩き付けるだけの力は残す為に右腕と頭に神気を集中させていた。
残されたのは首を掴んでいた右腕から頭部のみ。左腕や下半身は既になくなっている。今の状態が生きているのが不思議なぐらいだ。
『この先で待っている奴はワシ以上に恨みを抱いている。せいぜい簡単に倒されてしまわないよう頑張ることだな』
フレスヴェルクの命が完全に尽きる。
敵の一人を道連れにできたと思って逝ったため満足そうな笑みを浮かべながらの死だった。
山を覆っていた灰色の風の檻が消える。
その事に安心したキリエが倒れる。このまま意識を失ってしまえば、二度と目覚めないような気がするため踏み止まっていると、肩に手が置かれる感触に顔を振り向かせる。
「よくやったな」
ゼオンの【自在】がキリエの体を元に戻す。
「ふぅ、あのまま死んじゃうんないかって思ったよ」
「そんなことをさせるはずがないだろ。危険なことをさせるんだから、きちんと復元ぐらいしてやるさ」
防御の事など棄てて攻撃に集中したフレスヴェルクだったが、キリエを倒すには至らなかった。
「さ、進もうか」
ゼオンが指を鳴らす。すると、上に残ったままの4人も地面へ召喚される。
5階層分の頂上付近から麓まで叩き付けられたフレスヴェルク。
あっさり退場ですけど、スカイダイビング状態から叩き付けられたのと変わらないダメージがあります。