第4話 竜の溶かす世界-中-
目のない溶熱巨竜では目の前にいる敵を睨み付けることができない。
それでも、ゼオンたちは目の前にいる相手から睨み付けられたような感覚を覚えていた。
『申し訳ないが、早々に退場してもらおうか』
マグマグランドドラゴンが魔力を自らのいるマグマの河へ流す。
マグマから体を作られたドラゴン。自らの体を構成させると同時にマグマを支配する能力も持っている。
徐々に量を増していくマグマ。魔法で生成した土の道を飲み込んでしまうのに時間は掛からなかった。
「跳べ」
土の道から左右にある壁へ飛び移るたち。岩の壁に掴まっていればマグマに落ちることもない。
「あっつ!」
しかし、岩の壁のように見えて既に岩壁ではなくなっている。
マグマの熱にも耐えられるよう造られた壁だが、その程度の強度なら迷宮主の権限でいくらでも操作が可能になっている。
岩壁からマグマの河へ落ちるゼオン。
完全に落ちてしまう直前で体がピタッと止まる。
『なに……!? 空を飛ぶことができるのか』
「魔法を使って飛ぶこともできるが、もっと簡単な方法がある」
ゼオンの【自在】によって位置を指定する。その場所は、足場のある場所には限られておらず、落下途中であっても体を空間に固定することができる。
空中を歩くように足を前へ出す。
「俺だけじゃないぞ」
眷属の5人もマグマの上で静止している。
『失礼した。今度こそ全力で排除させてもらう』
「これは--」
急に【鑑定】を使用してもマグマグランドドラゴンの言葉が理解できなくなる。
喉を失ってしまったマグマグランドドラゴンは声を発することができなくなってしまった。今はマグマが煮立つ音だけを相手の耳へ届けることができている。
それでも、言語能力を失った訳ではない。心の内では、声にさえすることができれば理解することのできる言葉を紡いでいた。
マルスたちがイルカイト迷宮でしていたように【鑑定】に表示される思いからマグマグランドドラゴンの言葉を受け取っていたゼオンたち。
ところが、表示される言葉がドロドロに溶けてしまったように判別することができなくなってしまう。
『お前たちは私の心を読んでいる訳ではなく、私の情報を読み取っているだけだ。肉体がマグマで作られたせいか、私の意思で精神すらもマグマへ近付けることができるようになった』
半ば迷宮の構造物であるマグマへ近付けることで【鑑定】を妨害することに成功していた。
「さすがに、自分たちが出来ていたことに対策は用意していたか」
実際はマグマグランドドラゴンが思い付きで試してみた事。
それをゼオンはマルスの指示によるものだと思い込んでいた。
「別に攻略情報だけを頼りに進むつもりはないからな」
一気に加速し、マグマグランドドラゴンへ向かって突撃するゼオン。
体に纏う衝撃波がマグマの炎と熱を吹き飛ばし、首にポッカリと大きな穴が開けられる。
マグマグランドドラゴンの後ろまで移動したゼオンが振り向くと、今し方開けたばかりの穴が流れ出るマグマによって塞がれて行くのが見えた。
『無駄だ。この身が滅びることはない』
「なるほど……周囲にあるマグマを利用して体を再生。再生させるのに、相応の魔力を消耗しているんだろうけど、マグマの中にいる間に微々たる量で済ませることができるのか」
マグマグランドドラゴンの声は届かない。それでも、再生に関する事は迷宮主をしていた経験から瞬時に看破していた。
『滅びることがない、となれば攻撃に集中できる』
ドロドロとマグマが流れていた体。マグマグランドドラゴンが意識を集中させることで尖っていたマグマの爪が鋭くなる。
振り下ろされた刃の先から斬撃が飛び、ゼオンの斜め後ろにあった壁に5本の抉られた痕が走る。
『ふむ……さすがに手に入れたばかりの体を、自在に使えるようになるとはいかなかったようだな』
本当ならゼオンを斬り裂くつもりだった斬撃。
だが、ゼオンに回避された訳ではなくマグマグランドドラゴンの狙いが逸れてしまったために外れてしまった。
『ならば……』
腕を後ろへ引いた後に前へ出す。
鋭い爪が杭のように打ち出され、真っ直ぐゼオンへ向かう。
「なかなかの強さだ。お前は評価するに値する」
爪が眼前に迫ったところでゼオンの体が消える。
『ふっ』
本当に直前に消えてしまったためマグマグランドドラゴンは捉えたものだとばかり思い不敵に笑う。
串刺しにしたと思っていた爪を突き刺さった岩壁から引き抜く。
『む……』
そこにゼオンの姿がないことを確かめて不審に思う。
何段階もの過程を飛ばした進化を遂げたことで強くなった。しかし、強くなった体に感覚がついて行くことができず、体の使い方に戸惑い、感覚の乏しいマグマの体に慣れていなかった。
「お前はマグマの体ならどんな攻撃も平気だ、って思っているんだろ」
背後から聞こえた声に爪を振り向きながら振るう。
飛び散ったマグマが岩壁を溶かすだけでゼオンを捉えることができない。
「けど、それは間違いだ」
一瞬で離れた場所まで移動したゼオン。その手には、蒼い魔石が握られていた。
空中に浮いたゼオンが蒼い魔石を握って砕く。すると、その場に蒼い輝きを放つ魔法陣が出現し、魔法陣から大量の水が流れ出てくる。
『これは……!』
マグマの河を埋め尽くしてしまうのではないか、と思ってしまうほど大量の水。
河へ落ちると激しく水蒸気を上げながらマグマの熱を下げていく。
「迷宮にある財宝で魔石を砕くことで大量の水を生み出すことができるんだ。造られた時の魔力量次第で水の量は変わるんだが、今砕いた魔石は俺が直々に用意した魔石だ。湖一つ分の水が現れると思った方がいいぞ」
『小癪な……! こんな事をしても無駄だ!』
水はマグマを冷やしている。しかし、マグマの熱の方が強く瞬く間に蒸発させられている。
形勢を逆転させるためマグマを活性化させる。生き物のように蠢くマグマが河から飛び出してゼオンたちへ襲い掛かる。
『これが迷宮と一体化する、ということか』
迷宮にある環境でしかないマグマを手に取るように動かすことができる。
これまで持っていなかった感覚にようやく慣れて来ていた。
「そろそろ、いいだろうな」
しかし、慣れない感覚はマグマグランドドラゴンの視野を狭めていた。
「はい」
蒼い輝きを放つテュアルの本。
記録されていた魔法が発動し、周囲にあるマグマを凍て付かせていく。
数秒でマグマの流れていた河が氷に覆われて雪の積もった氷河へと変わり、襲い掛かっていたマグマの柱が氷の柱へと早変わりしていた。
「バカな奴だな。水の魔石は、このクソ暑くて乾いた空間に水分を増やす為だ。さすがに河の全てを凍らせるような魔法はテュアルにも負担がデカいからな」
「これぐらいの魔法を使うくらいなら平気ですが、まだまだ先は長いですから魔力は温存しておきたいところでしたから助かりました」
空中にいることを止めて氷河の上に降り立つ。
マグマの河が必死に氷を溶かそうとしている。しかし、発生する冷気の方が強いせいで凍った水面を突破して襲い掛かることができない。
迷宮と一体化した今だからこそ階層へのダメージはマグマグランドドラゴンへ響いてくる。
『く、くそっ……』
凍らされるマグマの河以上に厄介なのが、マグマの河から体を出していたマグマグランドドラゴン自身。
彼のドラゴンの体も水面からゆっくりと氷に覆われ始めていた。
「さすがはドラゴン。一気に凍らせることはできないか」
「ですが、これは蘇った氷神が使用していたスキルです。これ以上に強い氷の魔法は存在しないと考えた方がいいですよ」
「……それも、そうだな」
凍らされるマグマグランドドラゴンを前にして魔法の分析を行うゼオンとテュアル。
もう、彼らの目にマグマグランドドラゴンは脅威に映っていなかった。
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