第3話 竜の溶かす世界-前-
アリスター迷宮地下27階。
マグマの流れる道を迷宮が用意したボートを利用して通ることでショートカットが可能で、別の道を選ぶことも可能だが酷いほど迂回させられてしまうため最悪の場合には1日が終わってしまうこともある。
先へ進みたい者はショートカットを選ぶ。
ゼオンたちも先へ進む事を優先させるためショートカットを選ぶことになった。
「あからさまな罠を用意しやがって」
マグマにも耐えられるボートを蹴って転覆させる。
問題は、普通の冒険者がボートを必要としなければならない道を彼らは必要としなくてもよかったことだ。
マルスは時間の経過によってボートが爆発する罠を仕掛けていた。もちろんこの罠は見破られることを想定して設置した罠で、実際には少ししてボートの一部に穴が開く罠が仕掛けられていた。
罠を一つ見破って安心したところで、本命の罠に陥らせる作戦。
もっとも、そんな作戦もボートを利用してもらわなければ意味がない。
「罠が仕掛けられていますね」
本を見ながらボートを指差すテュアル。
彼女の読んでいる本には、しっかりと罠に関する記載もあった。
「ですが、全ての罠が記載されているとは限りません」
「叡智の書でも無理なのか」
叡智の書――それがテュアルの持つ本の名前。
「はい。私たちに可能な事は相手にも可能だと思った方がよろしいです」
眷属になった時に手に入れることができた本。
様々な情報が自動で記載され、読み取ることで罠すらも看破してしまう。
この本そのものが、眷属になったことで得られた固有のスキルだと言っても過言ではない。
しかし、この本にも限界が存在する。
「本気で隠蔽すれば罠を隠すことはできます」
何らかの方法で本にも記載されないほど強力な隠蔽を施す。
看破した情報を信じて進んだ場合、本命の罠への対処が致命的になってしまう可能性がある。
隠せることは自分たちの迷宮で試しているため間違いない。
「私が見破ることができるのは、自分の力が及ぶ範囲までです。迷宮眷属に敵う力などそうそう存在しませんが、迷宮そのものが持つ力の中でも最上位の力なら隠蔽も可能です」
隠蔽能力が強い迷宮主の力でも見破ることができなくなる。だが、マルスの持つ力の中でも隠蔽に関する能力は低い、とテュアルは見抜いていた。
「用心するに越したことはありません」
最初からボートを使わないのが正解。
「この程度は問題ない。そうだな?」
「はい」
叡智の書は看破するだけではない。
様々な情報を記録し、望んだ時に解放することができる。中でもテュアルが好んで利用しているのが魔法陣を記録することで、適性のない属性の魔法であっても使用することができるようにする、というものだ。
マグマの川に岩で作られた道が出現する。
「本当に迷宮と相性のいい本だな」
「ありがとうございます」
多種多様な環境を持つ迷宮。
迷宮を攻略する為に冒険者は知恵を振り絞り、最適な魔法を使用していた。テュアルは、その痕跡を読み取って本に記録している。本人は【光属性】に対する適性しか所有していないが、叡智の書があるおかげで全属性の魔法を使用することができる。
こうして【土属性】の魔法でマグマに耐えられる道を作ることも可能。
「行くぞ」
作られた道は両手を広げたのと同じくらいの幅。
6人で一直線に並んで進む。
――ドゴォン!!
『――まさか、こんな方法を用いて最速で進んで来るとはな』
マグマの海から押し上げて魔物が姿を現す。
☆ ☆ ☆
本来ならボートの進行を阻むことだけを目的にしているマグマを纏った巨人が待ち構えることになっている。
あくまでも、アトラクションの一部であるマグマの急流。侵入者である冒険者の安全には配慮がされている。
ゼオンたちへの対処をするにあたって、溶熱巨人のセーフティを全て外すつもりでいた。
『だが、それでは足りないだろう』
マルスが手を加えようとした矢先に声が聞こえてきた。
相手は、地下30階にあるマグマの海を根城にしているレッドドラゴン。
「どういうことだ?」
『溶熱巨人は以前にリオ襲撃してきた際に倒されている』
「けど、あの時は競争を目的にしていたから溶熱巨人のセーフティは完全に外していなかったぞ」
あくまでもリオを追い返すことを目的にしていた。
リオたちならボートなしであっても、マグマの上で活動することができた。最強の門番を前にして引き返し、迂回路で時間を稼ぐことが目的だったのだ。
『それでも、だ。全てのセーフティを外したところで劇的に強くなるのか? 敵はリオを片手間に片付けられてしまうほどの強さを持っているのだぞ』
制限がなくなるだけで、そこまで強くなる訳ではない。
『門番にも少し手を加える必要があるだろう』
「けど、一から用意している時間がないぞ」
『そんな手間を掛ける必要はない。今いる強い魔物同士を掛け合わせればいいだけの話だ』
「お前……」
異なる魔物を合体させることで全く新しい魔物を生み出す。
迷宮に備わっている機能で、相応の魔力を消費することになる。ただし、それよりも俺が……俺たちが気にしていたデメリットが、一度でも合体させた魔物は元に戻せないということだった。
レッドドラゴンの提案。それは、自身と溶熱巨人の融合。
両者が組み合わさることによって今まで以上の力を発揮することができるようになる。
その代わりにレッドドラゴンは消滅してしまう。
レッドドラゴンは俺が迷宮主になるよりも前から迷宮にいる魔物。そんな先達を自分の勝手な都合――強い魔物が見たい――で消滅させてしまうことを躊躇っていて手頃な魔物でしか融合は試したことがなかった。
「ダメだよ!」
悲痛な面持ちのノエルが声を荒げる。
迷宮の魔物を家族のように可愛がってきたノエルにとって消えてしまう事態は受け入れられる事ではなかった。
『悲観する必要はない。我の意思は魔石に溶けて新たに生まれる魔物に引き継がれる。溶熱巨人と合わさったことでどのようになるのかは分からぬが、そこに我はたしかにいる――その事を忘れないでいてくれれば、それでいい』
賢く、誇り高い種族であるドラゴンだからこそ自分がどうすべきなのかを理解している。
自分は迷宮の力によって生み出された魔物。
今は迷宮の危機。迷宮を脅かす危機は取り除かなければならない。
「今までありがとう」
迷宮の最下層にいるイリスがレッドドラゴンと握手をするように手を伸ばす。
実際に触れ合えることはない。けれども、二人の間に確かな繋がりがあった。
『ああ』
レッドドラゴンも短く返答する。
氷と炎。対極の属性を扱うからこそ訓練をしていたイリスとレッドドラゴン。肉体が消滅したとしても消える事のない繋がりがある。
☆ ☆ ☆
姿を現したのはマグマを纏うドラゴン。
……ではなく、ドラゴンの形をしたマグマ。ドラゴン特有の鱗がなくなり、同等の硬度を持つほどに圧し固められたマグマで体が構成されていた。全てを噛み砕く鋭い牙や切り裂く爪も消滅している。しかし、マグマで作られているそれらが鋭さを持っている。
ドラゴンの強靭な肉体は消滅してしまった。
それでも、以前よりも強い――溶熱巨竜が立ちはだかる。
溶熱巨竜のビジュアルは、マグマで構成されたグラー〇ンかな?