第1話 侵入される迷宮
慌てて迷宮の最下層へ戻ると迷宮へ侵入したゼオンたちの様子を確認する。
既に地下1階の攻略を開始しており、迷宮の洞窟を走っている。
「状況は?」
『向こうで彼らが消えたのは目の前で起こったんだから分かるね。その後、すぐに迷宮の近くに姿を現したんだ』
どこにでもいることができる【自在】なら遠く離れた異国の地にある迷宮であろうと一瞬で移動することができる。
消えた場所が分からない、なんて言っている場合ではない。
「奴らの目的は……? いや、それよりもゴブリンたちを移動させろ」
『うん、その方がいいだろうね』
地下1階から10階までにいる魔物を退避させる。
ゼオンたちが相手では時間稼ぎにもならない。
『向こうのレベルを考えると、あっという間に攻略されちゃうかもね』
先ほども柱を巡る戦闘で抜くことができなかった。
『そんな相手を迷宮へ侵入させてしまった時点で厳しいね』
「仕方ないだろ。【自在】を止める方法なんて見つかっていないんだから」
『そうだね。今のところは、事前に防ぐぐらいしか方法がない』
どこへでも一瞬で移動することができる【自在】。けれども、移動できる場所は『一度でも行った事のある場所』に限られる。
いつ、訪れたのか分からないが迷宮の近くを訪れていたのだろう。
「どうして、その時に気付かなかったんだよ」
思わず迷宮核に愚痴を零してしまった。
『仕方ないでしょ。少し前まで敵の正体も分からなかったんだから』
事態が進んだのは、ここ数日の話。
そして、ゼオンも準備に忙しくしていただろうから迷宮の近くを訪れたのは最近の話ではない。
『この数年の間にアリスターまで来ていたのかもしれない、もしかしたら君が迷宮主になるよりも前に迷宮を訪れていたかもしれない、そんな頃の責任を僕に追及されても困るよ』
「うっ……」
迷宮核よりも主である俺の方が気を付けてなければならない事だった。
ゼオンに俺たちの素性が知られているのは考えられた話だ。迷宮主にとって最も困るのは拠点である迷宮へ攻め入られることだ。
絶対に墜とされる訳にはいかない拠点。
「唯一の救いは迷宮の奥まで入られていなかった事です」
『それは間違いないだろうね。少なくとも地下50階よりも先へは進んでいない事は僕が保証してあげるよ』
メリッサの言葉に迷宮核が同調する。
ゼオンがアリスター迷宮の攻略を考えているのなら、わざわざ入口から攻略を始める必要はない。以前に迷宮の奥まで進んでいたのなら、さっさと到達階層から始めればいいだけの話だ。
転移結晶も無視して奥へ進んでいることから入ったことすらない。
『さて、敵が急に現れた理由なんかよりも、君たちには真っ先に議論するべき事があるんじゃないかな?』
「そうだな」
ゼオンの現在位置を確認すると既に地下4階へ到達している。
ちょっと話している間の攻略速度とは思えない。
「今度は防衛側になったけど、あいつらを最下層へ到達させる訳にはいかない。協力してくれ」
シルビアたちを見ると眷属の全員が頷いていた。
ただ、あまり協力的でないのが迷宮核だ。
『君たちがどうやって自分たちよりも格上の相手を倒すのか見させてもらおうか』
「随分とのんびりだな。あいつらが迷宮を攻略すれば、お前は破壊させられるかもしれないんだぞ」
俺たちがイルカイトの迷宮を崩壊させたように、ゼオンがアリスターの迷宮を邪魔に思うようなら迷宮主になるよりも破壊を選ぶかもしれない。
『その時はその時だよ』
「なに……?」
『僕は逆境にあっても諦めない心に感銘を受けたから迷宮主になる、という選択肢を与えた。最近、どうにも危機感が足りていないように思える。ここで僕まで破壊されるようなら僕の人を見る目がなかっただけの話。喜んで……というのは言い過ぎだけど、破壊されることだって受け入れてあげるよ』
迷宮核にも迷宮核なりにルールがあって俺を突き放している。
『ま、率先して意見を言うようなことはしないけど、頼まれたことはきちんとしてあげる。それが迷宮の管理者たる僕の役割だからね』
迷宮の構造を変えたい、と願えば応えてくれる。
ただし、どのように変えるべきなのかといった提案はしてくれない。
「分かった。これは俺たちの問題だ。だから、俺たちだけの力で解決してやるよ」
『その意気だよ』
普段通りの観戦状態に移行する。
完全に俺たちがどうするのか見て楽しむつもりだ。
「で、どうするべきかな?」
仲間へ尋ねる。
「まず、敵をどうするのか決めないことには行動を決めることもできません」
メリッサがそのように言うのは普段とは全く違うからだ。
普段の迷宮は、継続的に冒険者から訪れてもらうようにする為に、それでいて最下層へは到達させない為に程々の強さの魔物を配置し、迷宮が魅力的に映るよう財宝を設置している。
そんな普段とは真逆の事をする。
「奴らの排除が最優先だ。一切の手を抜かず、魔物を配置する」
ただし、今後の事を考えると上層に強力な魔物を配置する訳にはいかない。
今のアリスター迷宮にはゼオンたち以外にも冒険者がいる。今のところ、他の人たちに手を出すつもりはないようだが、彼らの目がある内は派手なことをすることができない。
「迷宮の地下25階までは捨てる」
真っ直ぐに奥へ進んでいるゼオン。
もう地下7階の攻略を終えようとしているところだが、途中にある財宝には全く興味がないのか素通りしている。
「トラップの類も【自在】があるゼオンには効果が薄い」
「強い魔物で倒すのが有効なんだろうけど……」
イリスとアイラが唸る。
自分たちの敵わなかった敵に果たして迷宮にいる魔物たちで太刀打ちすることができるのか、不安になっていた。
「一つ忘れていることがあるぞ」
「なに?」
「ここがホームだっていうことだ」
☆ ☆ ☆
「こんにちは」
「お、初めて見る顔だな」
「ええ、ちょっと噂を聞いて迷宮へ挑戦してみたくなったんです。俺たちと同じようなパーティがこの迷宮では活躍されているんですよね」
「マルスたちの事だな。たしかに、あいつらも男一人に女が5人だ。似ていると言えば似ているな」
迷宮の地下25階を進むゼオン一行。
最奥までの最短ルートも【地図】で知ることができるため、一直線に進んでいると出会った冒険者に話し掛けていた。
既に自分たちが攻略を開始したことはマルスたちにも知られている。
だから、何かしらの手を打って来ると考えていた。
「普段と変わったところは何かありますか?」
「いや、特にないと思うけど……」
「助かりました。それなら情報通りに進んでもいいみたいですね」
事前情報に間違いがないかの情報収集。
表向きの理由も告げることで冒険者の口を軽くしてみたが、やはり普段とは変わりがないように思える、との事だった。
この調子なら安心して進める。
「向こうは私たちの強さを知っていますわ。無駄な事をするような凡愚でもない、と思われます」
「つまり、こんな何もない場所で仕掛けてくることはないっていうこと」
「なんだよ、つまんねぇな」
強い敵も現れない迷宮に飽きてきたのかキリエが頭を掻く。
「そんなに文句を言ってやるな。必死に考えられた策を打ち破るっていうのも楽しいものだ」
「彼らも歯痒いでしょう。迷宮攻略に、数分とはいえ私たちと戦ったことで魔力を消耗していますから自分たちが前に出られないことは自覚しているはずです」
今のマルスたちは著しく魔力を消耗していた。少なくとも、すぐにゼオンたちと戦うことができるほどの余力はない。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
地下25階の最奥。
坑道の壁の間に設置された鋼鉄製の扉から4人の男たちが悲鳴を上げながら出てくる。
「おい、どうした!?」
異様な様子にゼオンが話し掛けた冒険者が助けに駆け寄る。
「い、今までに見たことがないぐらいヤベェ魔物がいやがった」
「ヤベェ魔物……?」
男が出てきたのはボス部屋。
階層の途中にいる魔物とは比べ物にならないほど強い魔物が出るのは普段から変わらない。
「そんなレベルじゃねぇんだ! 悪い事は言わないから今日は帰った方がいいぞ」
「……なるほど、そうきたか」
怯える男を置いてゼオンがボス部屋へ入って行く。
ここからボスのオンパレードになります。