第85話 崩壊する迷宮
迷宮へ入ってすぐの場所にある転移結晶の前まで一瞬で移動する。
かなりの距離を移動しても揺れを感じることができる。だが、今は迷宮の状態を確認するよりも脱出する方が優先だ。
「出るぞ!」
全員が移動していることを確認すると外へ出る。
迷宮へ突入した時と変わらないイルカイトの街。ただし、迷宮の崩壊が街を占拠していた魔物にも伝わっているのか迷宮の入口から逃げるように離れていた。
襲撃がないなら好都合。
「こんな近くにいると私たちも巻き込まれます」
「分かっている」
メリッサに言われるまでも巻き込まれるのを恐れて離れる。
十分な距離を離れた時、迷宮の崩壊による揺れとは別の揺れが周囲を襲った。咄嗟に倒れそうになるノエルとメリッサを抱えると周囲に何もない建物の上へ移動する。
「これは……」
迷宮の入口を囲むように6つの柱が地面から出てくる。
直径5メートル、高さ10メートルの大きな白い柱は、充填させられていた魔力を放つと隣の柱へ魔力を線のようにして伸ばす。
気付けば魔力の線で囲まれる迷宮。
「準備完了。理論上は上手くいくはずだ」
声のする方を見れば隣の建物の屋上にゼオンが腰掛けていた。
「あの柱は何なんだ!?」
「見ていれば分かるさ」
異変はすぐに起きた。
迷宮の入口を吹き飛ばして真っ黒な瘴気が上へ飛び出してくる。雲すらも貫いてしまうのではないか、と思わせるほどの勢い。しかし、飛び出した瘴気は粒子となって柱のある場所へ落ちて来る。その後、瘴気の影響を受けてしまったのか迷宮を囲む魔力の柵も黒く染まり始める。
「まさか、吸収しているのか……?」
「正解」
ガルディス帝国を亡ぼして生まれた膨大な魔力が柱へ吸収されている。
ゼオンたちの目的は、柱を回収することで自分が主でなくなった迷宮へ集められた魔力を使えるようにすること。
「させるか!」
柱に【鑑定】を使用しても情報が開示されない。あれは迷宮由来の設置物なんかじゃない。
具体的な事は分からない。それでも、柱を放置するととんでもないことになるのは目に見えている。
ノエルとメリッサを放して迷宮の入口の向こう側にある柱のある方へ跳ぶ。
「ま、それが今の俺たちにとっては最も困る事だ」
柱の上にゼオンが【自在】で移動する。
神剣を鞘から抜いて柱を斬ろうと剣を振り下ろす。
ゼオンが軽々と掲げる剣によって振り下ろされた剣が受け止められる。だが、目の前に移動された時点で防がれるのは想定できたこと。二人の剣が衝突するタイミングで斬撃を発生させていた。
「なん、で……」
神剣から発生させた斬撃によって柱の後方、それも左右にあった瓦礫が吹き飛ぶことになる。柱そのものには全く当たっていない。
「俺を避けて放たれた斬撃。狙い通りに動いていたなら柱も壊せていたかもしれないな」
しかし、二つに分割された上、俺の思惑とは違う場所へ飛んでいた。
「何をした!?」
「俺の【自在】は力さえ上回っていればどんな物にも干渉することができる。さすがにお前自身はステータスが高すぎるせいで無理みたいだけど、お前の手から離れた斬撃に干渉するのは可能だ」
対象の位置すら変更可能な【自在】。俺が触れている神剣そのものをどうこうするのは不可能みたいだが、斬撃ならどうとでもなる。
ゼオンを相手に斬撃を放つのは危険だ。純粋に剣戟そのもので攻撃する必要がある。
地面へ落ちながら何度も剣を打ち合わせる。
「チッ、最初から防ぐ為の準備はできていたのか……」
バラバラに散って柱を破壊する為に動いたシルビアたち。
だが、それぞれの柱にはゼオンの眷属が既に待機しており、柱を守る為に動いている。
柱の防衛が目的のゼオンたち。どうしても、あと1歩が届かずに柱を破壊することができない。
「はぁ!」
剣を持つ手に力を込めると、片手に持つ剣で防いでいたゼオンが仰け反る。
一瞬の隙を衝いて柱へ駆ける。
「おっと」
しかし、柱へ辿り着く前にどうしても回り込まれてしまう。
「滅多に見られない光景がこれから見られる。せっかくだから見ていくといい」
ゼオンの後ろにある柱を見ると魔力の光が徐々に弱くなっていく。
「あ……」
光の柵が完全に消えると迷宮の入口があった場所に人よりも大きな水晶が出現する。
迷宮核に似ている。けれども、迷宮核とは比べ物にならない量の魔力を秘めているのが分かる。
あんな物を渡してしまってはいけない。
奪取、破壊――どちらであっても早々に手を打つ必要がある。
頭で行動を考えるよりも早く剣を振って斬撃を飛ばす。
「だから無意味だって」
「チィ!」
水晶の前へ移動したゼオンの剣によって斬撃が打ち消される。
「これだけの魔力があれば手付かずの迷宮でも一気に地下100階まで成長させることができるだろうな」
その考えに異論はない。
離れた場所から見ているだけでも飲み込まれそうになる。
「これで俺たちの目標達成に近付く」
「近付く? 一体、いくつの迷宮を限界まで成長させるつもりだ」
「全部で5つだな」
イルカイト迷宮も一度は限界まで成長し、その後今回の騒動に合わせて縮小させられた。
そして、今のゼオンが迷宮主を務めている迷宮がある。
「これで3つ目だ」
既に別の場所にある今の迷宮も限界まで成長させられている。
5つの迷宮を限界まで成長させる。他にどんな条件があるのか分からないが、絶対に残り二つまで達成させてはならない、と頭の中で警鐘が鳴っている。
「悪いけど、その願いを叶えさせる訳にはいかない」
「へぇ、どうして?」
「ただの勘だ。けど、お前たちを放置すると世界がとんでもない事になりそうだ。俺は今の平穏な生活が続いてくれるだけで満足なんだ。それを邪魔するって言うなら、俺より強くても関係ない!」
戦って勝つことで平穏を守る。
「……気が変わった」
ゼオンの触れている水晶がパッと消える。
相手は迷宮主なのだから【道具箱】が使えるのは当然だ。
「イルカイト迷宮の崩壊に協力してくれたんだから関わるつもりはなかったけど、ガッツリ関わることにしようか――【自在】」
水晶と同じようにゼオンが消える。さらに彼の眷属たちも一緒に消えていた。
どこへ移動したのかは分からない。
「とりあえず、これで目的は達成できたのか?」
スッキリしない形ではあるもののイルカイト迷宮を消滅させることに成功した。
これからのガルディス帝国では溢れた魔物の掃討が行われることになる。
「その時に発生した魔力も彼らに取られてしまうようです」
「分かるのか?」
「はい。地脈に干渉されてどこかへ運ばれています」
「じゃあ、その流れを追えば……」
「さすがに追跡ができないようにされているでしょう」
ゼオンの管理する迷宮の位置を特定することができれば拠点へ攻め入ることができるようになる。
接触したのは短い間だけ。
それでも愚かなミスをするような人物には思えなかった。
『ええと……緊急事態なんだけど、いいかな?』
「どうした?」
迷宮核からの通信。
緊急事態だと言いながら声に切羽詰まったような様子がない。
『ちょっと困った事態になっていてね』
迷宮内の様子を見せてくれる。
「げっ……」
「どうしますか、これ?」
映し出されたのはアリスター迷宮地下1階の様子。
見慣れた自分の迷宮。問題は、そこへゼオンが眷属を全員連れて訪れていたことだった。
第37章 迷宮暴走編はここまで。
次回から新章突入--迷宮防衛編。