第83話 オーガマスター-後-
走りながらオーガマスターの足を斬りつける。
鮮血が舞い、溶解液が赤く染まる。斬っているのは間違いないのだが、驚異的な再生能力を以て瞬時に再生されてしまっている。
「お前も平気な攻撃が通用する訳ないだろ」
「だが、そんな地面では気配を隠すのは難しいだろ」
溶解液の上を走っているせいで音が鳴る。それに足を取られてオーガマスターの目にも捉えられてしまう程度の速度しか出せない。
遥か頭上にある手を俺へ向けて狙いを定める。
「ならば、圧倒的なまでの力でねじ伏せるまで」
手の前に現れた魔法陣から閃光が放たれる。
「ドラゴンのブレスか」
【迷宮魔法】で再現したブレス。
圧倒的な効果力が叩き付けられ、溶解液を蒸発させる。
「ふはははっ、さすがはドラゴンのブレスだ」
「ああ、普通ならどうにもならなかっただろうな」
「……!?」
自分では狙っているつもりなのだろうが、使い慣れていないスキルでは粗が生まれる。
巨大化して顔だけでも人間以上のサイズがある高さまで跳び上がる。
「バカな……」
収納リングから取り出したナイフを目へ突き入れる。
「ぐわぁ!」
悲鳴を上げながら目を右手で抑えるオーガマスター。
左手を伸ばして俺をどうにかしようとするオーガマスターだが、体の周りを跳び回る俺を捕まえるには至らない。
神剣を手にあちこちを斬っていく。
「やっぱり……」
最初の方に斬った場所が再生を始めている。
「朽ちることのない体を攻撃したところで意味のない事だッ!」
周囲の気温が一気に低くなる。
なら、逆に炎を出して暖めながら走ればいいだけだ。
「そこだッ!」
温度の変化を敏感に捉えられてしまったのか拳が突き出される。
金属のように硬くなった拳。それでいて速度が落ちるようなことはない。
「邪魔だ」
落下する速度を緩め、突き出された拳へ上から足を叩き付ける。
腕の上を斬りながら走り、全身を斬りつけていく。
「随分と苦戦しているな」
「ウルサイッ!」
「それは、お前が偽物だからだ」
「偽物……?」
「そうだ」
オーガマスターは迷宮主などではない。
たしかに『迷宮主』の称号を持っていて、迷宮に満ちる魔力を操り、利用する力まで持っている。それに構造も変化させられる。
「けど、それだけだ」
迷宮主の力は別にある。
「何を言って……」
それでいてオーガマスターには自覚がない。
「なら、証拠を見せてやるよ」
全身を斬り付たことで場所は分かった。
オーガマスターの再生には場所によって速度に差があった。それは、再生の為に消費される魔力が供給される場所との距離。
足や手は遅く、目に突き刺したナイフは瞬時に傷が塞がっていた。痛みに慣れていないオーガマスターが必要以上にいたがっているせいで再生が遅いように見えてしまった。
「つまりは--ここだ」
頭部まで上り、後ろへ跳ぶと道具箱から取り出した全長3メートルの大きな剣を後頭部へ向かって投げ付ける。
刃が突き刺さる大剣。
だが、その程度では足りない。
「さっさと吐き出しやがれ」
柄を蹴って大剣を押し込む。
「ぐべっ!?」
頭部を貫通して鼻のある場所から出てくる大剣。
同時に大剣の先端から1メートルサイズの球体の“何か”が飛び出してくる。
「なん、だ……それは!?」
顔を押さえて血の流れを止めようとしているオーガマスター。
既に再生能力は失われていた。オーガマスターの再生は、種族特有のスキルによるものではなく膨大な魔力による回復でしかない。
「『偽核』だよ」
偽核。疑似的な迷宮核として用いることができる道具で、いくつかの効果を与えることができる。
オーガマスターは体内に偽核を保有していたからこそ迷宮主の力を使うことができたし、【鑑定】をしても迷宮主として表示された。
「いや、迷宮主だと勘違いしたのは埋め込んだ奴の仕業かな」
「ダレ、か……私を、助けろ!」
「無駄だ」
貫通した剣が地面に突き刺さり、串刺しにされたオーガマスターは伏せた状態になっている。
だから、大軍勢がどうなっているのか分からない。
「もう追加される心配もないからな」
賢竜魔女が暴れてブレスで一掃している。
極限盾亀も巻き込むような攻撃なのだが、盾を持つ極限盾亀はブレスにも耐えている。まあ、迷惑そうな顔をしているので、後で何かしら労うつもりではいる。
側近だった4体の護衛も倒されている。
「ハリボテの主を守る奴はいない」
魔法で生成した何十本という数の剣を上から落とし串刺しにする。
「それにしても、どんな材質を使っているんだろうな」
剣の串刺しにあった祭壇。
偽核を弾き出した大剣以外は祭壇に弾かれてしまっていた。それだけ硬い材質で造られている。普通の材質ではないだろう。
「うん、考えるのは後だ。持って帰ろう」
道具箱へ収納する。
一瞬で消えたということは、生物の類でない事は証明された。
ついでにオーガマスターも収納された。確認はしていなかったが、どうやら無事に倒すことができたようだ。
「おつかれ」
近付いてきたイリスが挨拶をしながら、俺の手にしていた偽核を見る。
シルビアたちは倒したオーガを回収する為に奔走してくれている。賢竜魔女のブレスによって吹き飛ばされてしまったオーガは肉片すら残されていないが、部位が残されているオーガもいる。
「随分と大きな偽核」
これまでに何度か偽核を目にしたことがある。
保有する魔力の量や保有している能力によって大きさは変わる。今までは手の平に乗る程度の大きさしかなかった。それに比べれば、両手で抱え上げる必要があるほどの偽核は大きすぎる。
「大きさは、そのまま魔力量に比例する。【魔力変換】した時が楽しみだろ」
俺もこのまま【魔力変換】してしまうほど馬鹿ではない。
「奴が迷宮主だとは思えなかった。それでも使っていたスキルは本物だったから、何かしらあるだろうと期待していたら想像以上の物が出てきてくれた喜ばしいところだ」
ただし、問題がない訳ではない。
「これを奴に埋め込んだのは本物の迷宮主だろ」
まず間違いなくゼオンの仕業だ。
ゼオンの意図は分からない。それでも、こんな物を仕込んだのなら罠の可能性が高い。
「安全が確認できるまでは保管だな」
丁重に道具箱へ収納する。
「あちゃあ、やっぱり思った通りにはいかないか」
「……!」
声が聞こえ、転移魔法陣のある方を見るとゼオンが立っていた。
どうやって、こんな場所まで来たかなんて考えるだけ無意味だ。
「迷宮主の資格は俺に残したままだ。こうして【転移】で移動するのは簡単なんだよ」
ただし、魔物の制御権は手放していた。
「それを吸収していてくれれば、この後の行動がいくつか省略されたんだけど、そう上手くはいかないか」
「……何の用だ? こっちは続きを攻略しないといけないんだよ」
「その必要はない。もう、お前たちはゴールした」
ゼオンの姿が移動したことで消える。
イリスと顔を見合わせて考えるが、罠が隠されているのか判断することはできない。
「進むしかないか」
道具箱をいくつか出しておく。オーガの回収は雷獣を含めた魔物たちに任せて次の階層へ移動する。
移動した先は、先ほどまで変わらない洞窟。だが、色が白くなっている。
そして、見慣れた神殿に似たものが階層の中心にあった。
「ようこそ、イルカイト迷宮最下層へ」
神殿の前に立ったゼオンが俺たちを迎えていた。
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