第82話 オーガマスター-前-
「いつまで、そうしているつもりだ!」
オーガマスターに叱責されて3体のオーガが祭壇から飛び降りる。
大剣を手にしたオーガによってイリスの頭上へ迫る。自分の体よりも大きな剣が迫っているにもかかわらず臆することなく冷静に【迷宮結界】を展開すると、剣を受け止めて着地したオーガの足を斬る。
厚いオーガの筋肉。切断には至らなかったが、躍るような動きでオーガの全身を斬り裂いていく。
斬られてばかりでなくオーガも捕まえようとするが、一度見失ったイリスを捕らえるのは困難を極めた。
槍を構えたオーガがノエルへ槍を繰り出す。正確に槍の軌道を見切ったノエルは槍の回避に集中する。オーガの巨体を前にして怯えることなく【舞踊】を続けることができている。地母蛇との訓練が活きていた。
しかし、さすがは迷宮にいる魔物。突きによる猛攻は途切れることがなく、回避に集中していなければならない。
「残念だけど、私一人で倒す必要はないの」
オーガの動きがピタッと止まる。
理由は、オーガの首へ後ろからシルビアが短剣を突き刺していた為だった。
ノエルへの攻撃に集中するあまり気配を消したシルビアを見失ってしまった。
「浅い……!」
問題はシルビアの力では刃を深く突き刺すことができないこと。
首へ短剣を突き刺されたまま、ゆっくりと振り向こうとするオーガ。
「余所見をしている場合?」
正面からノエルが首へ錫杖を叩き付ける。
後ろへ押されたことでシルビアの短剣が沈み込む。さらにナイフを何本も取り出して首を重点的に突き刺していく。
仲間が倒される状況でも冷静さを失わずに……いや、恐怖から必死に魔法を完成させた魔法使いのオーガ。頭上に太陽のように燦々と燃える火球を出現させると、ドラゴンのブレスのように閃光を放つ。
閃光の先にいるのはメリッサ。同じ魔法使いとして最も脅威となる者をメリッサと定めた。
その考えは正しい。迫る閃光に対して風を纏わせた左手を掲げると、目の前まで迫った閃光へ手を叩き付ける。
真っ直ぐに飛んでいた閃光が逸らされると、メリッサの後ろにあった大軍勢の内部に叩き付けられる。数十体というオーガが一撃で倒される強力な魔法。それを苦もなく打ち払うと逆に利用して軍勢を倒すことに役立てた。
「お返しです」
逆にメリッサの右手から放たれた閃光。魔法使いのオーガが必死に魔法を放って撃ち落とそうとするが、逸らすことすら叶わず胸に大きな穴を開けてしまう。
そんな状態でも生きていられるのがオーガ。しかし、間髪入れずに放たれた風が魔法使いのオーガを吹き飛ばす。
吹き飛ばされたオーガがオーガマスターの座る玉座の横を通り過ぎて落ちる。
祭壇で燃えていた松明や祭具が倒されていた。
「バカな……」
後ろで大きな音が立てられてもオーガマスターには振り向く余裕がなかった。
「残念だったな。せっかくの特製の手下がやられて」
大盾、大剣、槍、魔法使いのオーガ。
どれも眷属を作り出すのと同じように迷宮の力を与えて、他のオーガよりも強力になっていた。
しかし、周囲には盾と鎧を砕かれ、全身の至る所から血を流し、首をズタズタにされた上で倒され、胸にポッカリと大きな穴を開けられたオーガが倒れている。
オーガを倒したシルビアたちが俺を守る為に近寄って来る。
「たしかに勿体ない。しかし、余さえいれば、あの程度の部下など簡単に用意することができる」
玉座に座るオーガマスターから魔力が溢れる。
魔力は、俺たちとの間で具現化すると新たな命を生み出し、100体近いオーガが立ちはだかる。
「ふはははっ、どれだけ頑張ったところで無意味だ」
「それは、どうだろうね」
白髪の女性がいつの間にか現れていた。また、勝手に俺たちの居場所を起点に魔法陣を描いて出てきた。
「全て吹き飛ばしてあげるよ」
白髪の女性――賢竜魔女の持つ杖から放たれる白い光。
瞬く間に、新たに現れたオーガを飲み込み、掻き消してしまう。
「こんなものだろうね」
「助けてくれたことには感謝するけど、あまり出しゃばらないでくれよ」
「あいつは暴れているじゃないかい」
今も大軍勢の中心で戦っている極限盾亀。オーガは取り囲んでいる極限盾亀の方が倒しやすいと判断して攻撃している。しかし、どれだけ殴っても、たとえ武器を手にしていてもダメージを与えることができない。
取り込んでいても極限盾亀の遅い打撃を受けて潰されるだけ。
それでも、優位な状況から離れることができない。いつかは攻略することができるかもしれない、そんな甘い期待があった。
「あいつは軍勢の注意を惹いてくれるからいいんだよ」
しかも、少ない魔力で活動できる、というのがいい。
「仕方ないね」
その気になれば大軍勢も一撃で消し飛ばすことができる賢竜魔女。それでも、消耗を気にしてしまうから一気に勝負をつけることができない。
「それに、奴を倒す準備なら整った」
オーガマスターへ飛び掛かる。
「バカめ!」
防御準備の整っているオーガマスターへの突撃。
また、【迷宮結界】に阻まれるだけだと分かっているオーガマスターは余裕を崩さない。
案の定、見えない壁によって防がれる。
「さて、それはどうだろうか?」
「なに……!?」
阻まれたのは一瞬。
見えない壁の向こうへ沈み込んで行くと神剣を抜く。
「それは……!」
「お前にも見えたようだな」
気付いたみたいだけど遅い。
「【迷宮結界】は同じ【迷宮結界】ですり抜けることができる」
オーガマスターの結界へ触れる瞬間、自分の【迷宮結界】を展開させる。
ただし、普段から使っている【迷宮結界】とは少し違う。今いる階層に満ちる魔力を解析し、同調させた魔力を利用して展開した結界。
つまり、オーガマスターの展開している結界と似た性質の結界。
自動で展開された結界。同種のものだと判断した結界は、俺の結界を防ぐことができない。そして、結界に守られながら進んだ俺も結界の内側へと滑り込む。
「どうやら推論は正しかったようだな」
同じ迷宮主を前にした時、どうすればいいのか?
相手も自分と同じように【迷宮結界】を持っている可能性がある。最も簡単な破る方法は、神剣で斬り裂いてしまうこと。しかし、神剣が通用しない場合も想定して方法はいくつも用意しておかなければならない。
「ふむ。神剣なら斬り捨てるのも簡単」
「きさま……!」
わざわざすり抜けたあとで斬れることを確認する為に神剣を振る。
斬られた結界は、亀裂に耐えられなくなって崩壊した。
「ま、お前の張った結界だから参考にならないな」
「なに!?」
「所詮は手に入れたばかりの借り物の力だ。強度は間違いなく本物だけど、構成に甘いところがある」
たとえ神剣で斬られたとしても、ここまであっさりと崩壊するはずがない。
「バカにするのもここまでだ」
オーガが現れた時とは逆に迷宮内に漂う魔力がオーガマスターへ集まる。
この階層にある魔力だけではない。今までに通ってきた階層にあった魔力まで吸い集めている。
膨大な量の魔力を得たオーガマスターの体が膨れ上がり、10メートルを超える巨体へ変わる。
「踏み潰してくれるわ!」
指だけで人間と同程度の大きさがある足で踏み出してくる。
神剣で斬るにしても大きすぎる。
「むう……」
足首を斬りつけられる感触に眉を顰めるオーガマスター。
この程度ではダメージになっていない。
「これならばどうだ」
オーガマスターの手から溶解液が吐き出される。
見覚えのある溶解液。
「これは--」
デモンプラントの使用していた溶解液。
「そうか。迷宮主を自称するなら使えてもおかしくないよな」
迷宮にいる魔物が持つスキルを使えるようになる【迷宮魔法】。
地下74階や75階にあった転移結晶を使用不能にしていた呪い。死霊術師が使えてもおかしくないスキルだったが、死霊術師を倒した後でも呪いは効果を発揮していた。
呪いを掛けていたのはオーガマスターだ。【迷宮魔法】を用いれば、魔法が苦手なオーガでも呪いを掛けることができる。
溶解液で満たされる祭壇の上。オーガマスターの足も溶解液に触れているのだが、一緒に耐性も獲得しているのか溶ける様子はない。
俺も耐性を再現させると、苦もなく溶解液の上を走る。
☆書籍情報☆
書籍版絶賛発売中!
なろうとは違った結末が読めるのは書籍版だけです!