第80話 鬼巣食う洞
イルカイト迷宮地下56階。
もう限られた者しか到達することのできない階層。そんな場所だからこそ価値のある物が得られる。
56階から60階は洞窟になっている。地下10階までの洞窟との決定的な違いは壁の中に貴重な鉱物であるミスリルが埋められている場所があること。しかも、塊が埋め込まれているため地下56階まで到達できる者の装備を強化する素材として十分に役立てることができる。
地図がある俺たちにはミスリルの埋まっている場所が分かる。少しばかりの期待をしていたのだが、訪れた地下56階の光景は全く異なるものだった。
広大な洞窟内の広場。壁から突き出た松明に灯る火が暗い洞窟を照らしている。
5つもの転移結晶が並べられた場所には祭壇があり、地面の上にいる俺たちは見上げる必要があった。
事前の情報と全く異なる洞窟。
それよりも異様なのが祭壇前の光景だ。
「ようやく来たか、待ちくたびれたぞ」
遠来のように響く重たい声。祭壇の上に置かれた玉座に座る魔物による言葉。
「待ちくたびれた、ねぇ」
「その通りだ」
しかも、こちらの言葉を理解し、自らも言葉を操るだけの知性がある。
「お前たちの活躍は見物させてもらった。偉大なる力を手に入れた私にとって有意義な娯楽となった」
距離があっても開けた場所なら【鑑定】が通用する。
「なるほど。偉大な力、というのも頷けるな」
玉座に座る魔物の姿はオーガのもの。
全身を金色の鎧で守り、頭に金色の王冠を戴いているが、見える顔はオーガに違いなかった。
何より鑑定結果に、オーガという言葉がある。
オーガマスター――迷宮主の力を手にしたオーガ。
「迷宮にいる魔物が迷宮主になるなんてあり得る?」
「さあ? だけど、現実に存在しているんだから認めるしかない」
鑑定結果を信じるならオーガマスターが迷宮主であるのは間違いない。
イリスは鑑定結果に戸惑っているようだが、俺は鑑定結果が正しい前提で動くしかない。
「何よりも目の前の光景が説明つく」
一箇所に集められた5つの転移結晶。
構造を変化させられた階層。
そして――
「こんな階層を埋め尽くすほどの軍勢をどう説明するつもりだ?」
祭壇の前にはオーガがいる。大半がオーガのようだが、中には上位種であるハイオーガやナイトオーガも混じっている。
ただでさえ強い魔物として分類されるオーガ。
それが、数千という数で兵士のように待機していた。
「迷宮の力で生み出したんだろ」
自然に発生する数を大きく超えている。
「そうだ。こんな風に生み出すことだってできる」
祭壇の手前で地面から黒い泥のような物が盛り上がる。
それは、溢れ出てオーガの形を作ると一瞬で命が宿り、黒い泥から真っ赤な肌をした魔物へと姿を変える。
少々歪な光景だったが、間違いなく迷宮主の力だ。
「どうだ? 絶望するような光景だろう」
「絶望?」
「ああ。どうにもならなくなり、自分の無力を嘆く姿を見せてくれ」
「なるほど。それが目的だったのか」
迷宮主の力があれば転移結晶を使用不可能にするのは不可能ではない。
どうにかして帰還できることを目標に下りたところで待ち構える大軍勢。
絶望するには十分な状況だ。
「悪趣味」
「そんなことをして何が楽しいんだか」
ノエルが表情を険しくし、アイラが呆れていた。
そんなことをしなくても大軍勢を率いる能力があるだけで普通の人間は絶望してしまう。
「ほう、これだけの軍勢を前にしても諦めていないか」
「生憎と普通じゃないんだよ」
「お前たち!」
オーガマスターの合図を受けてオーガの大軍勢が咆哮を挙げる。
素手の者は腕を振り上げ、武器を持っている者は装備を掲げている。
それでも、臆さないことにオーガマスターが苛立ちを覚えている。
「上にいたゴブリンエンペラーと同じだ」
「なに!?」
「強い力を手にして試さずにはいられないんだ」
「黙れッ!」
強大な力を手にしたオーガマスター。しかし、その代わりに外へ出る権利を失ってしまったようで迷宮から出るような真似をすれば迷宮主の資格を剥奪されて死んでしまう。
最も力を発揮することができるのは、オーガマスターとなる前のオーガだった頃に生まれた洞窟。
だから、誰かが到達してくれるのを待っていた。
途中の転移結晶を使えなくしたのも自分の所まで少しでも早く来て欲しかったから。
「俺たちに隠し事は通用しないぞ」
心の裡を暴いてやると体を震わせていた。
「お前は、遊びたいだけの子供なんだよ」
「黙れッ!!」
今度はオーガたちが突っ込んでくる。
「さて、迷宮を攻略する手間が省けたな」
想定したのは迷路のようになっている洞窟の攻略。
だが、今の地下56階から60階はオーガマスターが戦い易いように、なによりも観戦し易いようにしたのか広場にされていた。
ミスリルも見当たらない。逆に思う存分暴れられるようになった。
「まずは、お前が時間を稼げ」
頷いた天使が盾を掲げながら正面から迫るオーガの軍勢へ突っ込んで行く。
正面から迫るオーガの拳を盾で受け止め、怯んだ隙に剣で胸を斬る。
周囲のオーガたちは仲間が斬られたというのに臆した様子もなく突撃を続行させている。そこへ女性型天使の魔法が炸裂する。
オーガよりも高いスペックを誇る天使の魔物。
しかし、多勢に無勢により何体か倒したところで潰されてしまった。
被害はオーガの方が大きい。だが、何体か倒されたところで気にしないほどの軍勢を誇っているのがオーガマスターの軍勢だ。
「その程度の力で何ができる?」
迫るオーガの大軍勢に対して誰も一歩も引かない。
「遊ぶには相手が悪かったな」
イリスと共に掲げる手。
あちこちの地面に魔法陣が描かれる。
「むっ……!?」
同じ迷宮主の力を持つ者として何をしようとしているのか察したオーガマスター。
「けど――遅い」
金属を叩く音が響き渡る。
どれもが俺たちの【召喚】した魔物をオーガが攻撃した時の音だ。屈強な肉体を持つ魔物に殴られたが、召喚された魔物はビクともしない。
「何体の生産が間に合った?」
『約100体ってところだね』
「充分だ」
迷宮核からの報告を聞きながら満足して笑みを浮かべる。
オーガの大軍勢に比べれば数は少ない。それでも単体のポテンシャルは十分だ。
「こんな事もあろうかとディアント鋼を使ったのに比べれば劣るけど、先に造っておいて正解だったな」
「お、お前は何者だ……!?」
「お前の先輩だよ」
魔法陣から現れたのは鉄で造られたゴーレム。
あの後も迷宮核には生産を続けるよう言い、順次迷宮を徘徊させるようにしていた。アイアンゴーレムの最大のメリットは、迷宮の魔力を消費しなくても生産が可能なところにある。維持に必要な分さえ与えればいい。
壁を背にした俺たちを守るように扇状に出現したアイアンゴーレム。
オーガたちはゴーレムを突破することができずに苦戦している。
「悪いが、ここで終わるつもりはないぞ。迷宮には、まだ暴れたいと願っている奴がいるんだ」
魔法陣から新たに現れる雷獣と人型になった海蛇。その後ろに炎鎧もいるが率先して前へ出るつもりはないようだ。
『奴ばかり活躍されるのは癪だからな』
活躍できる場を求めていた雷獣。
それに海蛇も同意していた。
最近は炎鎧の放つ熱を必要としている状況が続いたため活躍できなかった2体に鬱憤が溜まっていた。
「お前たちがするべきことは分かっているな」
『当然』
「雑魚をいくら倒したところで意味はない。俺たちがどうしても倒さないといけないのはオーガマスターのみだ」
『露払いは任せてもらおう』
電撃を纏った雷獣がオーガの軍勢へ突っ込んで行く。頭上から迫って来る白い虎に呆気に取られたオーガの1体を踏み潰して突撃すると周囲へ電撃を放つ。
広範囲への攻撃によってオーガの数十体が戦闘不能になっていた。
「さて、倒すだけでいいようになったんだ。一気に突っ込むぞ」
転移結晶が使用不能にされた状況。
普通なら帰還の許されない状況だが、俺たちなら帰還することはできる。だが、突然の事態に戸惑って力を十全に発揮できない今のうちに……
「一気に片付けるぞ」
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