第10話 迷宮管理①
迷宮主になることを了承し、迷宮主となった。
はずである……。
というのも迷宮主になったからと言って体に何かしらの変化があるわけでもなく、内面も変わったようには思えなかったからだ。
「本当に迷宮主になったのか?」
『なっているよ。迷宮主になったからといって肉体が変化するわけでもない。ただ、迷宮主の仕事ができるようにステータスはそれらしくなっているけど、ステータスは強化されても、それが自然体の状態だからね。変化を感じ取ることはないよ』
どうやらステータスは変化しているらしいが、それを感じ取ることはできないらしい。
しかし、俺の手元にはステータス値を確認できるステータスカードがポケットにある。川で流されてもポケットの中に残ったままだったことに感謝しつつ、ステータスについては後で確認することにする。
まずは、迷宮について知ることが大切だ。
「これが、迷宮ができた理由か」
俺の頭へ直接、映像のような物が流し込まれる。
そのイメージを補足するように迷宮核が言葉で説明してくれる。
『今からだと3000年ぐらい前かな? その頃、数年前から続いていた異常気象によって地上は、人が住めるような土地ではなくなり、作物も育たなくなった』
イメージでは、空に暗雲が立ち込め、陽の光が届かなくなっており、異常な風雨によって田畑は荒れ放題だった。
こんな状況では、作物を満足に育てることもできないだろう。
何年もまともに陽の光を浴びておらず、人々の心に絶望が立ち込めた頃、天より光が降り注いだ。ただし、それは陽の光によるものではなく、もっと神々しい者による光だった。
天より声が響き渡る。
『その声の主の導きに従って人々は迷宮のある場所に辿り着いた。地上の様子を憂いた何者かの存在によって迷宮がこの場所に造られ、居住区に人々は住み、作物を育てる為の草原地帯で何年もの間、この迷宮で生活していた』
迷宮の始まりは、災害から逃れる為の居住施設だった。
現在の認識では、1階~10階は洞窟フィールドとなっており、出てくる魔物も弱く、宝箱などの出現頻度も高いため初心者向けの場所となっていた。
11階~20階は、草原フィールドと呼ばれ、様々な種類の植物を採取することができ、出現する魔物も食用に適した物が中心となっていた。
そのような構造になっていた理由は、迷宮が元々は避難施設だったためらしい。
そんな避難生活も十年目を迎える前に終わりとなった。
避難生活が破たんしたわけではなく、地上の異常気象も落ち着きを取り戻し、人々は復興の為に地上へと飛び出していった。
その後、迷宮へは狩りの為に草原フィールドに訪れる者や拡張を続ける迷宮が地上での生活に必要となった鉱石などを産出するフィールドを造り出したことにより採掘に訪れる者が中心となった。
いつしか人々から災害の記憶が薄れ、避難施設だったという記録もなくなった。
「これが迷宮の成り立ちか」
『ま、迷宮の成り立ちなんてどうでもいいんだけどね』
「いや、よくないだろ」
『大事なのは、今だよ。迷宮が避難施設として使われなくなった後でも迷宮はそのままこの場所に残ったんだ。それに、避難施設だった頃から誰かが管理する必要があったんだよ』
迷宮は環境を常に一定に保ち、魔物や植物を生み出し続ける。
――そのエネルギーはどこから来ているのか?
答えは、中にいる人間より吸収した魔力を利用していた。
入り口で教えられた『迷宮に長時間いると魔力を消費する』というのは、迷宮が維持の為に魔力を中にいる人間から吸収している為であった。しかも、深く潜れば潜るほど多くの魔力を吸収するよう設定されていた。もっとも深く潜るだけの実力がある人間は、それだけ強く、魔力も多く持っている。
そのため、迷宮は侵入者を望んでいた。
財宝や貴重な資源で侵入者を集め、迷宮は代わりに魔力を吸収する。
それが迷宮のシステムだった。
そして、根幹に関わる部分は迷宮の創造者によって決定されていたが、基本的な部分を作ったのが最初の迷宮主――目の前にいる迷宮核の元となった人物だった。
『僕は元々ここへ避難してきた人物の一人でね。興味本位から「一番下には何があるんだろう?」って思って最下層まで降りたら迷宮を管理する能力を手に入れたんだ。その時は、中にたくさんの人間がいたから魔力には困らなかったけど、将来のことを考えて色々とやりくりしながら迷宮の設定を決めたんだ』
その時に必要な物だけでなく、自分がいなくなった後でも維持がなされるよう魔力の吸収と迷宮の拡張を常に続けるようにした。
『僕が迷宮に対してできることは、迷宮核に与えられた魔力の範囲内でできることに限られる。今更だけど、君が最下層に到達できるように色々とやったせいで僕に与えられた魔力はほとんど空と言っていい』
だったら、洗剤やら蕎麦は余計だったのではないか?
『君にまずやってほしいのは無駄に消費してしまっている魔力の停止だ』
迷宮核として存在し、喋る機能に関しては迷宮の魔力を消費するため、すぐには必要なさそうだ。
無駄に消費している魔力。
(ああ、これはたしかに無駄だな)
迷宮主になったことで迷宮の構造を全て把握することができた。
現在も地下50階より先に挑もうとする冒険者は少ない。
50階より先の情報があまりに少ない。わざわざ危険を冒さなくてもお金を稼ぐだけなら50階までで十分足りるからである。たまに腕試しに挑む者もいるが、彼らも地下55階までで引き返している。
つまり、地下55階より先には全く足を踏み入れられていない。
そんな誰も入ったことがなく、資源を消費されていない場所の補充を定期的に続けるのはエネルギーの無駄遣いである。
「とりあえず構造変化を停止」
これで次の構造変化の時に地下55階より先の宝箱や資源が新しくなることはない。
これだけで今までの何倍もの魔力が迷宮に蓄積されることになる。
その分、俺が自由にできる魔力も増える。
迷宮主は、特権として迷宮が蓄積させた魔力を利用して様々なことができるようになる。俺も迷宮の機能を利用させてもらうことにしよう。
さて、簡単にできてしまった操作だが、この程度のことも迷宮核には利用することもできない。
迷宮核の役割は、魔力を吸収するための装置であり、利用するような機能はない。
そのため誰でもよかったから迷宮主を求めていた。
「他の事については追々進めて行くことにして……早速試してみよう」
迷宮主になったのだから、迷宮の機能も使えるようになっている。
使い方も望めば頭の中に流れ込んできた。
『迷宮魔法:宝箱』
迷宮核が出現させた物と同じ宝箱が出現する。
蓋を開けてみれば俺が望んだ通りに金貨がギッシリと詰まっていた。
これだけの金貨を出現させたにも拘わらず、迷宮が抱える魔力の中では僅かな量の魔力しか消費していない。
「これは、俺が持って帰ってもいいんだよな?」
『もちろん。それは、迷宮主の特権であり、給料みたいなものだよ。ただし、君には迷宮主として迷宮を管理してもらう必要があるけどね』
管理、とは言っても常に迷宮にいて逐一操作する必要はない。
迷宮核にはできない迷宮の設定さえ操作してしまえば、俺が携わることはほとんどない。
俺は、宝箱から金貨を15枚だけ取り出して、残りは宝箱に残したまま宝箱を消す。
『おや、全部の金貨を持って行かないのかい?』
「ああ、大量の金貨を持って帰ったりすれば下手に目立ってしまう。そうすれば、どうやって手に入れたのかしつこく聞かれることになる。もしかしたら、実力行使に出られる可能性もある。そういった事態を避ける為にも必要最低限の金貨があればいいんだよ。ま、借金返済の為に普通では手に入らないような金額の金貨を持ち帰ることにはなるけど、そこは気にしないことにする」
借金返済と当面の生活費として5枚ほど多く持っていく。
これぐらいは、いいだろう。
『お、やっと来たか』
突然、迷宮核が声を上げる。
「どうした?」
『実は君が気絶してからそろそろ24時間が経過しようとしている』
そんなに長い時間気絶していたのか……。
『で、ちょうど今、君が見つけた隠し部屋に盗賊紛いの冒険者連中が戻ってきた』
は? わざわざどうして戻って来たんだ?
『それはね。あんな連中に財宝を全部持って行かれるのは嫌だったから、僕の方であの部屋に罠を仕掛けさせてもらったんだ。罠は、宝箱から一定量の宝を持ち出すと部屋の扉が閉まって出ることができないっていう代物で、地下8階にも同じ物があるから彼らも対処法は知っていた』
限界まで持ち出した状態で外に出て、24時間経過すると再び入れるようになる。
つまり、一度に持ち出せる量が制限されるが、翌日には残りを回収できるようになるため再びやって来た、というわけか。
そうなるよう、なけなしの魔力を使用して俺が落ちた後で罠を仕掛けてくれたのか。
『せっかくだから仕返ししてみないかい?』
「でも、俺は……」
ボコボコにやられてしまった。
『安心していいよ。ステータスが強化されているって言ったよね。ステータスカードで自分のステータスを確認してみるといいよ』
ステータスカードに表示された数値を見て目を見開いた。
なんだ、この人外のステータスは!?
だが、このステータスなら大抵の相手には負けない。
「いいだろう。仕返しといこうじゃないか」
詳細なステータスは後ほど。