第70話 奪われた神剣
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ヘルアントが神剣を突き出してくる。
上へ跳んで回避すると後ろへと回り込み、蹴りを叩き込む。
「くっ……」
砂で作られた腕の3本に受け止められる。
まだヘルアントには4本の腕が空いている。そのまま体を回転させると左側面を向けて拳を振りかぶる。
だが、攻撃に使用された拳は全て無視だ。神剣を持つ手首を掴む。
「返してもらおうか。それは、お前には過ぎた物だ……っ!」
体の右側面に四発の鈍い痛みが走る。けど、耐えられないほどの痛みではない。
痛みに耐えながらヘルアントの手首を掴んで握り潰す。砂で作られた体は進化前よりも脆くなっており、強く力を入れただけで簡単に崩れる。
手がなくなれば神剣を握り続けることもできない。地面へ落ちる前に神剣を回収する。
「おかえり」
やっぱり、この剣が一番いい。迷宮主となった時から最も長く一緒にいる存在。シルビアたち眷属よりも俺の事を支えてくれた相棒だ。
手を潰され、神剣を奪われたことでヘルアントが離れる。
「さっきはよくもやってくれたな」
砂の体では感情が表に出てくることはない。
それでも、本体が受けた恐怖が砂のヘルアントにも伝わったのか一瞬だけ動きが鈍る。
「潰れろ」
神剣を握っていない手をヘルアントへ向けて握る。
バァン!
遠距離から【虚空の手】によってヘルアントの左側にあった手が握り潰される。
体の半分を失ったところで砂から作られた体が痛みを感じることはない。残された右半分で攻撃しようとする。
「やっぱり、さっきよりも反応が少しだけど遅いな」
ヘルアントの懐へ飛び込んで剣を振り下ろす。
ギリギリ反応したものの手が届くことはなく、体の中心を上から下へ斬られる。
二つに分かれた体。地面へ落ちるよりも早く全身が砂になって崩れる。
「満足?」
同じように斬って砂に戻したアイラが駆け寄ってくる。
「ああ。多少はスッキリした」
魔法によって作られた体。
体を維持、操作する為の力を斬ることでヘルアントの体を元の砂に戻すことができる。
「殴られた所を治療しないと」
イリスが回復魔法を掛けようとする。
「いや、今は先へ進むのを優先させよう」
彼女たちの奮戦で生み出された砂のヘルアントは何体か倒された。
ところが、数が全く減った気がしない。それどころか、最初よりも増えているように思える。
魔力さえあれば無尽蔵に生み出せる。
それが、進化したヘルアントのスキル。
「こんなの相手にしていられない。階層にいないとならない理由がなくなったならさっさと出て行くぞ」
「うん」
砂漠を走る。
正面へ2体のヘルアントが回り込んでくる。
「邪魔だ」
1体を【虚空の手】で潰し、仲間が潰されても気にせず突っ込んでくるヘルアントを斬って崩す。
左右から別の個体がそれぞれ迫って来る。アイラとイリスを先に行かせると魔力の塊を飛ばして体を吹き飛ばす。
まだまだ後ろには多くのヘルアントがいる。けれども、全力で走れば慣れない砂の上でも置き去りにすることも可能だ。
後ろからシルビアと並走して周囲を警戒する。
「……どうやら諦めてくれないみたいです」
「前か!」
100メートル先にある砂丘。その頂上を越えてゾロゾロと姿を現す砂のヘルアント。
「おい、あいつら地図に表示されないぞ」
何体のヘルアントが現れたのか、確認しようとしたところ正面から迫るヘルアントの反応が表示されない。
「地図は迷宮内にある魔力反応から相手の位置を表示させるものですから、あのヘルアントは迷宮の一部として見做されているのでしょう」
階層と一体化したヘルアント。この階層限定ではあるが、迷宮の魔力も自由に利用する権利を得ており、その魔力から作られた砂のヘルアントは迷宮と同じ魔力反応をしていた。
なるほど、道理で『砂のヘルアント』として反応を示さないはずだ。
「どこからでも出すことができるはずだ。絶対に止まるなよ」
最も効率的な俺たちを止める方法は、足元にある砂でも利用してヘルアントを作成することだ。
ただし、そんなことはさせない。
「できなくて焦っているだろうな」
走る先には【迷宮結界】で簡易の道を作成することによって砂の変化を防いでいる。
全ての砂の利用を防ぐのなら階層全体を覆ってしまえばいい。もっとも、魔力が勿体ないため、そんな事はしない。
「道を開けてもらおうか――【隕石雨】」
空から降り注いでくる隕石の雨が正面に落ちる。
隕石に圧し潰された砂のヘルアントが起き上がることはない。潰されて、吹き飛んだ時に砂に含まれているヘルアントの魔力も一緒に霧散してしまっているためだ。
砂からヘルアントを作り出す為には魔力が込められている必要がある。魔力の込められていない砂を操ることはできない。逆に言えば魔力さえ込められているなら、どんな場所からでもヘルアントを生み出すことはできる。
「アレが人型の蟻に拘っているのも元の姿で作った方が動かし易いからでしょう。その方がこちらとしては動きが予測しやすいため対処はしやすいです」
メリッサの指先から放たれた一条の光が砂のヘルアントの頭部を貫き、下へと引かれたことで崩れる。
その後も生み出された直後のヘルアントを俺とメリッサの魔法で潰していく。
「あたしたちも戦いたいけど、接近戦してくれる敵はいないかな……」
「どうやら、お前の願いは受け入れてくれたみたいだぞ」
「いや、あたしは本気で望んでいた訳じゃないんだけどね」
砂丘を越えると遠くにオアシスが見える。
距離は約1キロ。だが、オアシスの手前500メートルほどの場所で砂が盛り上がって巨大な砂のヘルアントが姿を現す。
どこにでも人型の蟻を出現させることができるのだから、スタート地点に置き去りにしてきた巨大ヘルアントをゴール地点で再構成することだってできる。
四方から集まってくるヘルアント。正面にいる巨大ヘルアントから招集でも掛けられているのか数千という異常な数が集まっていた。
「正面にいるデカいのはアイラとイリスに任せた。俺とメリッサはオアシスに近付かないよう妨害する」
「了解」
巨大ヘルアントから繰り出される拳。地面に押し当てられた拳を掻い潜ったアイラが腕を伝って上へ駆け上がっていく。
アイラの乗る腕を引き戻し、他の腕で攻撃するヘルアント。
「よっ、はっ、とぅ!」
腕の上を飛び跳ねながら回避するアイラには当たらない。
頭部の傍まで移動したアイラの剣から放たれた斬撃がヘルアントの頭部にある砂を吹き飛ばす。しかし、再構成された頭部が笑みをアイラへ向ける。
「その体を吹き飛ばしたところで意味がない? そんな事はあたしもイリスも分かっているの」
下ではイリスがヘルアントの脚を斬って凍らせている。
しかし、無尽蔵にある砂が集まって体を構築されてしまう。
「頭にはないか。じゃあ、核はどこにあるかな?」
斬撃を放つ為に足を止めたアイラへ手が伸ばされる。けれども、逆に足場として利用したアイラは巨大ヘルアントの胸へと跳び込む。
「やっぱ、そういうのは心臓でしょ!」
剣で斬り裂きながら左胸を突き進む。
十数秒後、背中からアイラが飛び出してくる。
「ダメ、こっちにもない!」
斬り進んだ勢いのまま外へ飛び出す。
空中にいるアイラへ背を向けたままヘルアントの手が伸ばされる。人間らしい動きを無視した関節の動きだが、砂で作られた体に間接などあるはずがない。
空中における無防備な姿勢ではヘルアントの大きな手を吹き飛ばすには力が不十分。このまま砂に圧し潰されてしまう。
「進化しても弱点をそのままにしておく方が悪いんだからね」
ポタ……ポタ……
ヘルアントの体に空から落ちてきた水が当たる。水の勢いは次第に強くなり、乾いた砂漠を潤していく。
雨だ。
ヘルアントは雨の存在を知らなかった。それは砂漠に雨が降ったことがなかったからだ。
濡れたことでアイラへ伸ばされていた腕が崩れる。
「どうして倒せないと分かっているのにあたしとイリスが攻撃していると思っているの」
二人とも自分たちへ注意を惹く為の陽動でしかない。
ヘルアントを倒す為の本命は――ノエルだ。
「【天候操作】――乾いた砂漠にだって範囲を限定すれば雨を降らせることができる」
砂漠全体へ雨を降らせようと思えば膨大な魔力を消耗することになる。だが、雨を降らせる範囲を巨大ヘルアントのいる場所……もっと言えば、オアシスの周囲に限定することで雨を降らせる為に必要な魔力の量を抑えることができる。
水を浴びたことで砂から操る為に利用していたヘルアントの魔力が消え、ただの膨大な魔力を含んだ砂へと変わる。
地面へ落ちてしまえば再びヘルアントの魔力が与えられてしまう。
それまでは――砂だ。
「いただき」
人が入れるサイズの壺を道具箱から取り出す。
魔法道具の壺は、魔力が込められると吸引力を発揮して周囲にある砂を吸い込んでいく。生物や先ほどのように魔法によって操られている物質を吸い込むことはできないが、遠距離から吸い込むことができる回収用の魔法道具。
大量の砂が壺へ吸い込まれる。
「こんなものでいいだろ」
わざわざ倒さなくてもオアシスへ駆け込めばよかった。それでも、倒す為に雨を降らせたのは砂を回収する為だ。
再度、砂からヘルアントが作られる。
「全員さっさと駆け込め」
オアシスの中心に浮かんだ小さな島。
そこに描かれた転移魔法陣へ飛び込むと砂漠から移動する。
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