第69話 進化する蟻
ボロボロになって崩壊するヘルアント。
欠片程度は残してくれたが、素材として利用するには不十分だ。
「ふぅ、どうにか勝つことができたな」
投げ飛ばされた時に肩を痛めてしまったらしく、手を当てて回復魔法を掛けながらメリッサに近付く。
ヘルアントの弱点が【水】なのは分かっていた。ただし、砂漠で水を生み出すのは困難を極めた。それをヘルアント自身も分かっていたからこそ水に対して警戒をしていなかった。
「その気になれば水を出すこともできたはずです。どうして、接近戦が得意だと分かっている相手に剣での戦いを挑むような真似をしたのですか」
メリッサが怒っていた。
罠そのものは早めに準備できていたため神剣を奪われた時点で向かわせても問題なかった。
「あいつ異様に高いステータスをしていただろ。だから、どれぐらい強いのか気になったんだ」
腕を何本か斬ることには成功したが、それだけの犠牲を覚悟したヘルアントからいい様にあしらわれてしまった。
いくら腕を何本も持っているとはいえ、簡単に切り捨てられるのは異常だ。
「たぶんだけど、腕を生やすことができる」
「再生能力持ちか?」
「そういうのとは違う」
説明しながらイリスが斬り落とした腕を持ち上げる。
「こんな断片じゃ判断できないけど、何度も進化をしている」
魔物の中には、進化をした際に体を新生させることができる者がいる。
ヘルアントも元々は弱い魔物だった。ところが、死ぬ一歩手前の状態になりながらも勝利を積み重ねたことで進化を繰り返し、現在の状態にまで強くなった。
そして、メリッサを喰らうことで進化ができると判断ができた。
「小刻みに進化を繰り返していたのか慣れていましたね」
「進化って、そんな簡単にできるものなのか?」
「この個体が特別。それと、この階層の異様な状況を思えば答えは見つかるはず」
砂漠の階層には魔物の反応が全くない。
だからこそ明確に表示される瞬間まで見落としてしまった。
「こいつ、仲間を食い散らかしたのか」
「魔物にとっては、たとえ同種の魔物であっても仲間意識は薄いから急に強くなったことで餌にしか見えなかったんでしょ」
ヘルアントになる前、迷宮の魔力を受けて進化を果たした。
強くなったことで冗長したヘルアントは貪るように魔物を喰うと進化を果たし、次の獲物にメリッサを選んだ。
「それよりも神剣を回収しなくていいのですか?」
「あ……!」
飛んで行ったしまった神剣。
砂漠で落とし物をするなど普通なら絶望するところだが、ここは迷宮内に作られた砂漠。地図に神剣の反応を表示させる。
「あった……」
地図を使用できる状況なら、遠隔から【引き寄せ】で手元へ呼び寄せることが可能だ。
「うん?」
だが、手元へ召喚されない。
それどころか離れた場所へ移動している。
「なんだって言うんだよ……」
仕方なく神剣の落ちている場所へ向かう。
傍から見てみると神剣の大部分が砂に埋もれていた。
「おかしいな……」
神剣の状態を確認した時は、砂に埋もれているせいで呼び寄せることができないと思ってしまった。たしかに迷宮外で【引き寄せ】を使用した場合には、重たい物などに挟まれたり、固定されていたりすると使えないことはある。
しかし、迷宮で使用した場合には今のように砂が絡み付いていた場合でも神剣だけを移動させることができるはずだ。
それでも目の前に神剣がある事には変わりない。
『あれ……?』
イリスの戸惑った声が届く。
「どうした?」
『ヘルアントの魔石だけでも回収しようと思ったんだけど、さっきから探しているのにどこにも見当たらない』
「そんなことはないだろ」
地図を確認してみる。
探索すれば魔石の反応はある。
『私も、そこを探しているけど、何もないの』
「砂に埋もれているんだろ……ん?」
俺も手伝おう、と落ちていた神剣を拾い上げようとする。
しかし、重く圧し掛かっている物があるかのように持ち上げることができない。
「やっぱり……」
神剣の周囲にある砂は普通の砂ではない。
ついには砂がズボッと飲み込んでしまう。どうにか手だけは抜くことに成功したものの神剣がどこかへ運ばれて行ってしまう。
「どうしますか?」
「回収するしかないだろ」
尋ねてきたシルビアに答える。
あの神剣は唯一無二の武器。もう一度、迷宮の魔力で生成できるほどの余裕は既にない。
問題は、何が起きているのか分からないこと。
『全員、聞いて! まだヘルアントは生きている!』
「どういうことだ?」
『魔石がどこにもない!』
イリスの悲痛な叫び。
地図を見れば魔石の反応は確かにある。それでも見つからない。
『迷宮の魔力を得て完全に一体化している』
「クソッ、蟻の魔物のくせにドラゴンよりも厄介なことになっているぞ」
肉体を完全に失ったことで、生存への欲求が強くなり迷宮生まれの魔物としての特性を遺憾なく発揮した。
「その場から離れろ!」
結果、ヘルアントの落ちた水たまりを中心に砂で作られた巨大な蟻人が現れる。
大きさは見上げるほどで、砂で作られた蟻の怪人がゆっくりと口を広げながら威嚇するのは誰だって恐怖を覚える。
「あの野郎、進化しやがった」
ストロベリーラビットの時と同様に迷宮に満ちる膨大な魔力を得ることによって進化を果たした。通常なら、魔力があっても簡単に進化なんてしないだろうが、進化に慣れてしまったヘルアントしか広大な階層にいない状況で、死にたくないと強く願ったことにより進化を果たした。
なによりも厄介なのは死なない体を求めたことにより、階層と完全に一体化してしまっていること。
「シルビア、魔石の位置を特定することはできるか?」
「……あの巨大な蟻から強い気配を感じるのは間違いありません。ただ、魔石ではないと思います」
「完全に同化してやがる」
どこかに核と言える意思は存在する。
問題は、その核がどこにあるのか分からないことだ。
普段なら、このように巨大な魔物を相手にする必要はない。さっさと逃げ出して次の階層へ飛び込んでしまえばいい。暴走状態にある迷宮でも階層と完全に一体化してしまった魔物では、階層を移動することができない。
「今はあいつに構っている余裕はないっていうのに……」
消えてしまった神剣を探す必要がある。
「あれ、こっちに来ている……?」
神剣の反応を追うと、離れて行っていたはずがこちらへ戻ってきていた。
「げっ」
反応のする方を向いて見えたのは、先ほどまで戦っていたヘルアントと同程度の大きさの人型の蟻。ただし、体は砂で作られており、手には神剣が握られている。
流れるような動きで鞘から抜く。
踏み込んでくるヘルアント。魔法で生み出した岩を飛ばしたが、何の抵抗すら見せずに振られた神剣によって斬られる。
だが、岩が飛んできたことでヘルアントの視界を潰すことに成功した。
体を反らして神剣の軌道から逃れる。
「な、に……」
逃れた俺を追って来る神剣。
急な軌道の修正が行われていた。
「そうだ……」
目の前にいるヘルアントは魔法によって作られた砂の人形。本体は別の所にいるため目の前にいるヘルアントの視界を潰したところで意味はない。
このままだとマズい。神剣を相手にした時、防御する術がない。
「ご主人様!」
咄嗟にシルビアが抱き寄せてくれる。
全てを切断する神剣による斬撃が砂漠の砂を吹き飛ばす。
「敵に回すとここまで厄介な剣だったのか」
体に砂を浴びながら神剣を手にしたヘルアントを見る。
「どうするの?」
「奪い返すしかないだろ」
「やるしかないわよね」
ヘルアントを前に剣を手に意気込むアイラ。
だが、目が怪しく光るヘルアントが魔法を使ったことで、戦うどころではなくなる。
「え……」
取り囲むように現れるいくつもの砂で作られたヘルアント。
「ちょっとでいいから時間を稼いでくれ」
周囲のヘルアントはアイラたちに任せ、神剣を持つヘルアントへと向かう。
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