第61話 リオ陣営の戦い-後-
平原の中心。
アイリスの手にする二丁の拳銃から弾丸が放たれる。
真っ直ぐにシャルルを正確に狙われた弾丸。しかし、本人に到達する前にシャルルの持つ弓によって切り払われてしまう。
切られた2発の弾丸が地面に落ちる。
即座に姿勢を変えて、弦を引き絞るシャルル。弓から放たれた1本の矢がアイリスへ迫る。シャルルの使う『神弓』と違い、魔力を込めることで装填された弾丸の性質を変えることができる『魔銃』ではシャルルがしたように銃で矢を撃ち落とすことができない。
立ち竦むアイリスの前に土壁が生まれ、シャルルの矢を受け止める。
さらに土壁の一部が開いて、内側からアイリスが銃弾を浴びせる。
「貫け――」
シャルルの手から橙色の矢が放たれ、迫っていた弾丸を全て弾き飛ばしてしまう。
それでも勢いが衰えることのない矢は、土壁に突き刺さると発生させた衝撃波によって土壁を粉々にして吹き飛ばす。
土壁の内側から出てきたところへ緑色の矢を放つ。加速する矢は、放たれてから一瞬にしてアイリスの胸を貫き……地面へ突き刺さる。矢が貫通したはずのアイリスは何事もなかったように走っている。
「幻覚……随分と精巧なものを作る」
目を閉じて意識を集中させるシャルル。
幻覚を囮にしたということは、どこかに本物がいる。
「これは……!」
気配を感じて目を開ければ、いくつもの土壁が周囲に作られていた。
意識を集中させていた数秒の間で様変わりした周囲の景色を見て驚いている。
ダァン!
背後にある土壁の向こうから銃声、そして銃弾の飛ぶ音がシャルルの耳に届く。
振り向きながら矢を射ると、土壁に突き刺さる。
「銃弾は?」
矢を射った直後の状態を狙ってシャルルの左右と後ろにある土壁からアイリスが飛び出す。
3人のアイリスが同時に駆けている。
先ほどの銃声はシャルルの意識を幻影の出発点から逸らす為に魔法で音だけが発されたもの。
「さっきと同じで二人は幻影」
迫るアイリスが走りながら銃を向ける。
3人ともが同じ動きをしている。見た目には差異など存在しない。
音、走る衝撃、気配――丁寧に作られた幻影には全てが揃っている。
アイリスの掲げる銃から弾丸が発射される。
左右から飛んできた弾丸を後ろへ跳んで回避すると、すぐさま体を仰け反らせて正面から飛んできた弾丸を回避する。
さらに体を起こしながら放たれた黄色の矢が正面にいたアイリスの体を貫き、突き出た直後に二つの矢に分かれ、残りの二人へと迫る。
矢に貫かれた三人のアイリスが倒れる。現実に干渉できるほど、本物そっくりに作ってしまったからこそ、本物のように貫かれたことで幻影も消える。
シャルルが矢を後ろへ向けて掲げる。
「へぇ、今のでも防げちゃうんだ」
背後にいたのは銃を鈍器にして構えていたアイリス。
見えず、聞こえてもいなかったアイリスの存在を察知したシャルルは弓で攻撃を防御していた。
「以前までの私なら気付けなかった」
銃と弓。
二つの武器をぶつけ合う。アイリスは何もないはずの平原で奇襲を仕掛ける為に銃を撃たずに自身の気配をナナカの協力も得て隠すことを選んだ。
周囲にある土壁や幻影はナナカの魔法によるものだ。
殴ることに成功していれば致命的な隙を生み出すダメージを与えていた。だが、奇襲が失敗に終わったことで近接戦へと移行してしまっている。
二人の武器を最も効果的に使うなら離れる必要がある。
しかし、離れた直後を狙われるのは間違いなく、迂闊に動くことができない。
「できれば、どうやってアイを見つけたのか教えてくれる?」
「簡単な話。どれだけ気配を隠していたとしても、押し退けるような真似をすれば気付く」
「それは、どういう--」
話をしてシャルルの注意を惹くことには成功した。
一瞬にしてシャルルの周囲に形成される無数の土の弾丸。引き寄せられるように飛ぶ弾丸がシャルルへ当たる。
さらに後ろへ跳んで距離を得たアイリスが弾丸を放つ。
「う、そ……」
「ぶっつけ本番だったけど、やればできるものなんだ」
足元に土の弾丸を積み上げたシャルル。その手から10発の弾丸が零れ落ちる。全てアイリスが直前に放った弾丸だ。弾丸が当たる直前、手で飛んできた弾丸を掴み取っていた。
「何かのスキル……?」
銃をシャルルへ向けたままアイリスが慄く。
目のいいアイリスだからこそ、シャルルが凄まじい速さで手を動かし、弾丸を掴み取っていただけなのが見えていた。
壁を作られて防御されるのなら分かる。だが、正確に摘まむような動作で掴み取られてしまうのは解せなかった。
それに当たったはずの土の弾丸も一切のダメージを与えられていない。
「その光っている体が原因?」
目を凝らせばシャルルの体が白い光に包まれているのが分かる。
魔力とは違うエネルギーによって守られていて鎧の役割を果たしている。
「そこまでにしておけ、シャルル」
「ゼオンさん」
錬金術師としての性なのか説明したそうにしていたシャルルをゼオンが止める。
その手に掴まれているものを見て、アイリスとナナカもシャルルどころではなくなる。
「リオ!」
掴まれていたのは体中を切り裂かれたグロリオ。
致命傷は受けていないが、血を流し過ぎたことで意識が朦朧としていた。
「ほら、返すぞ」
物みたいな扱われ方だが、グロリオの処遇には興味がなさそうに返却する。
「……どういうつもり?」
グロリオを受け止めたアイリスだったが、ゼオンの態度が信じられない。
「俺たちにお前たちの主をどうこうするつもりはない」
「もちろん、主が大切にしている眷属もね」
金色の魔剣を手にしたリュゼが合流する。
その身が薄らと白い光に包まれていた。
現れたのはリュゼだけ。戦っていたはずの3人がどうなったのか分からない。しかし、リュゼの言葉を信用するなら無事である可能性が高い。その事に懸けてグロリオを守ることに集中する。
「細かい所では違うが、俺たち全員がガルディス帝国への復讐心を持って動いている。ただ復讐するだけじゃあつまらない。完膚なきまでにユスティオス皇帝に敗北を味わってもらうなら、皇帝を裁いてもらう必要がある」
その為には裁ける人間が必要不可欠となる。
皇帝を裁ける人間など限られている。それこそ、同じように大国の皇帝である必要がある。
「そこにいる皇帝を殺しても生き残っている他の皇族の誰かが皇帝になるんだろうから皇帝不在は免れる」
残念ながらガーディルが帝位を継ぐには幼過ぎる。誰かの後ろ盾があれば可能かもしれないが、かなり強引な方法で皇帝になったグロリオにはそこまで信頼できる後ろ盾が用意できていなかった。
「だけど、そんな成り立ての皇帝じゃあユスティオス皇帝を処断するには不十分なんだ。だから、生かしておいてやる」
「……」
アイリスは何も言い返すことができない。敵の圧倒的な強さを前にして自分たちは何もすることができなかった。少しは善戦することができたのかもしれないが、ほとんど見逃してもらっていたようなものだ。
ボタンが駆け寄ってグロリオの傷を治療している。少し前から意識を少しは取り戻していたおかげで、すぐに覚醒する。
「止めておけ。弱くなったお前たちじゃあ、どうやったところで勝ち目はない」
「弱くなった?」
「そうだ。皇帝は前線から離れて執務に忙しく、眷属は慣れない社交や色々とあったせいで以前ほど動けていなかったはずだ」
たしかに彼らのほとんどが数年ぶりの戦闘と言っていい。
一応、体が鈍ってしまわないよう迷宮で鍛錬は行っていたが、本気の戦闘は依頼を受けていなかったことで全く行っていなかったと言っても差し支えない。
「お前はガルディス帝国が惨めに亡んでいく瞬間を見ているだけでいい。少なくとも今のところはグレンヴァルガ帝国へ直接的な被害を与えるつもりはない」
「……本当だろうな」
「お前たちの動き次第だな。これ以上の妨害をして、俺たちに危機感を抱かせるようなら問答無用で一般人であろうと恐怖に陥れてやる」
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