第56話 ヴェノムドラゴン
地に4本の足をつけた紫色のドラゴン。
雄叫びと共に紫色の煙が口から吐き出される。ドラゴンなら誰しもが使えるブレスによる攻撃だ。効果を確認するまでもなく、色からして触れた瞬間に体が毒に蝕まれてしまうようなブレスだ。
攻撃に威力はなく、遅いブレスなど対処は簡単。しかし、拡散して充満してしまうと今後に支障を来たすため最も簡単な方法を採る。
「燃えろ」
手に灯していた炎を正面に向けて放つ。
炎と毒のブレスの衝突。毒のブレスを炎が瞬く間に飲み込み、自らへと迫る炎を見てヴェノムドラゴンが慌てて後ろへ下がる。
「それは虚仮脅しか」
巨体とはいえ、口から吐き出されたブレスに向かって炎を放ったのだから1歩や2歩下がった程度で回避できるような代物ではない。
口の中へ侵入した瞬間、ヴェノムドラゴンの頭部で爆発が起こる。
爆発の後で残れたのは首から下のみ。
「厄介だな」
頭部が爆散したというのにヴェノムドラゴンが生きている。
警戒して待っていると、飛び散ったはずの毒液が失われた頭部へ集まって元の姿に戻っていた。
あのドラゴンの姿は毒液が形を変えただけに過ぎない。普通のドラゴンのように頭部を失ったところで死ぬはずがない。
復元されたヴェノムドラゴンの口が大きく膨らむ。
「悪いが、毒には散々な思いをさせられたんだ。もう、何もさせるつもりはない」
空中を舞う6本の剣がヴェノムドラゴンの体に突き刺さる。激しく放たれる雷撃が毒液を剥がしていく。
毒液の塊が飛ぶ。
「はい」
アイラの持つ大きな鍋へと放り込まれる。そのまま蓋をしてしまえば鍋がカタカタと揺れているもののヴェノムドラゴンへ戻ることはない。
「パス」
毒液の詰まった鍋がイリスへと投げ渡される。
飛び散っても集めることのできるヴェノムドラゴンだが、さすがに道具箱へ入れられてしまっては力が及ばない。
イリスの周囲に同じような鍋がいくつも置かれていく。アイラだけでなくシルビアとノエルも協力して掻き集めた結果だ。
「次、いきます――」
メリッサの魔法によって風の砲弾が胴体の中心へ撃ち込まれる。貫通して両断することはできなかったが、強い衝撃によって引き剥がすことに成功した。
回収はシルビアたちが行ってくれている。
「おいおい……この程度で戦意を失ったのかよ」
再度、炎を灯した拳をヴェノムドラゴンの胸に叩き付ける。拳を叩きつけた時に発生した胸の大部分を吹き飛ばし、上半身だけとなった状態で這って逃れようとしている。
その姿にドラゴンらしい威厳はない。
「これで分かっただろ。お前は、ドラゴンの姿に憧れただけの雑魚でしかない。どれだけ姿を真似したところで、それは去勢に過ぎない」
情けなく逃げていたヴェノムドラゴンの動きが止まる。自分がバカにされたことぐらいは理解できたのだろう。
「だから、翼があっても飛ぶことができないんだろ」
下半身を吹き飛ばしてもヴェノムドラゴンには翼が残されている。
今の状態でも生きていられることができるのなら翼を羽ばたかせて飛んで逃げた方が逃げられる可能性は高い。
今の状況でもしないのは、できないからだ。
「お前の力はハリボテに過ぎない」
ヴェノムドラゴンが咆哮する。
すると、液体になっていない大気に溶けている毒や地中に染み込んでいた毒も粘液となってヴェノムドラゴンへと集まる。
ただし、ドラゴンの姿を作るのではなく巨大な粘液の塊となっていた。俺の言葉を受けて効率の悪い姿だと思って姿を変えることにしたのだろう。
効率が悪いのは間違いない。
「俺たちにとっても、な」
粘液の塊となった状態で転がりながら襲い掛かって来る。
しかし、その動きがピタッと止まる。
粘液の塊に目があるのか分からない。それでも、下を覗き込んだような感覚がした後で粘液の塊がプルプル震えたのは間違いない。
「地下21階から30階にあった毒のほとんどがお前に集まっていた。お前には、燃え尽きずに残っていた毒を集めるスキルがある」
【毒吸引】。迷宮の魔物なのだから【鑑定】を使用すれば全ての情報を詳らかにすることができる。
敵を強くするスキル。そんなものを使わせるメリットは少ないし、デメリットの方が目立っている。けれども、時には有益な利用方法もある。
「こうして集まったことで多くの毒が手に入った。気体状の毒なんて空間魔法を使用しないと回収できないし、地中に染み込んだ毒なんて土を持って帰ればいいんだろうけど非効率的だ」
液体にして回収した方が効率的だ。
そんな風に進言してきたイリスの案に従ってヴェノムドラゴンを追い詰め、強化するように促した。
「後は根こそぎ頂かせてもらうことにしよう」
毒液の塊へ手を向ける。
イリスとノエル、それに俺とメリッサも加わった冷気を浴びせれば巨大な粘液の塊であろうと全てを凍らせるのに時間はそれほど掛からない。
数分後、氷の中に閉じ込められた毒液の塊が目の前にあった。
「さて、これをどう利用したものか」
「利用するのは難しいかと思われます」
「そうなのか?」
瓶を眼前に掲げて見つめていたメリッサ。
彼女が言うには、毒液の塊は本当にあらゆる種類の毒が集まって生み出された特殊な毒。それ故に、毒を浴びた者を苦しませられるだけの力があるものの一度でも直撃を受けてしまえば、毒で苦しんだ末に亡くなるか、自分から死を望むようになる危険しかない代物らしい。
解毒薬の作れない毒。
「毒を利用する上で必要不可欠なのが解毒薬の存在です。万が一にも自分が浴びるようなことになれば目も当てられない事態になりますし、交渉に利用することもできなくなります」
以前にレンゲン一族からも解毒薬と交換で要求をつきつけられたことがあった。
あのような交渉を行う為には解毒薬の存在が必須だ。
「なによりも強力過ぎます。対策をしていなければ、この階層に留まる事そのものが危険な行為です」
昨日の一件で毒には苦労させられた。
だから、対策として【毒耐性】や【猛毒耐性】のスキルを持つ迷宮にいる魔物の力を常に【迷宮魔法】で再現させていた。
雑魚のような扱いをされていたヴェノムドラゴンだが、普通の冒険者なら近付くだけで毒によって倒すことができていた。なによりも俺たちの魔法並みの威力がなければ毒液の塊を弾き飛ばすことなんてできない。
「全て【魔力変換】してしまうのがいいでしょう。そして、今後は使えないように封印してしまうべきです」
強く言われてしまっては断る理由もない。それに毒を利用した方法は、俺のやり方からあまりやりたくない。
凍らせた毒液の塊も道具箱へ収納する。
「それにしても、ようやく地下30階か。普通の冒険者の基準で考えるなら早い方なんだろうけど、オネイロス平原の事を考えれば急いだ方がいいかもしれないな」
「あ……! そういえば誰か向こうに連絡した?」
イリスが昨日の出来事を思い出して声を出した。
迷宮攻略の進捗状況を報告するようにリオたちから言われていた。急いで『遠話水晶』を道具箱から取り出す。何でも、どれだけでも収納することのできる道具箱だが、亜空間であるため収納している物は取り出さなければ使用することができない、という欠点がある。
リオたちが持つ対の『遠話水晶』から連絡があったとしても、連絡があったことに気付くことができない。
案の定、取り出してみると通信があった記録が残されていた。
『やっと繋がった!』
「カトレアさん?」
聞こえてきた声がカトレアさんのものであることにシルビアが気付いた。
今、『遠話水晶』はオネイロス平原にいるリオが持っているはずだ。皇宮にいるはずの彼女が出られるはずがない。
『毎日、報告は欠かすなって言っただろ』
次いで聞こえてきたリオの声から、カトレアさんもオネイロス平原にいることが分かった。
周囲には他にも何人かがいる音が聞こえる。おそらく、リオの眷属が全員揃っていると思われる。
「何かあったのか?」
『襲撃を受けた。そのせいで、ガルディス帝国の人間が半数近く亡くなることになったんだ』
「なっ……!?」
半数――少なくても数十万人が命を落としたことになる。
「一体、何があった!?」
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