第5話 決着
1VS1決着です。
穴から出ると場外に転移させられたメリッサに駆け寄る。
うん、きちんと息はしているし、目に見える大きな傷もなさそうだ。見た目は血塗れでアウトだが。
リングの上を見るとアイラも同じように穴から出てきてシルビアと対峙していた。
「さっき突然現れたように見えたのがあんたの切り札?」
「切り札、なんて呼べるような代物じゃないわ。わたしが使ったのは父から受け継いだ『壁抜け』よ」
壁抜け。
シルビアの父であるラルドさんも使えたスキルで、魔力を消費することによって壁をすり抜けることができる。
だが、リングの上には何もない。すり抜けるような壁などどこにもない。
「私がすり抜けたのは『時間』という壁よ」
「は?」
壁抜けは、物理的な障害物をすり抜けるスキルであって概念的な障害物をすり抜けるような能力はなかったはずである。
原因があるとすればシルビアがなぜか着替えたメイド服。
あれは、屋敷で働き始めた頃に俺が宝箱でプレゼントした防具で……。
「……スキル強化」
メイドになってすぐにシルビアは『奉仕術』のスキルを手に入れていた。
特に戦闘で役に立つようなスキルではなく、ただ1人の主人を定めて尽くしている時に家事能力が向上する、というものだった。
さらにメイド服には魔力を消費することによって自分の持つスキルを強化してくれる能力があった。その効果を利用して普段からチマチマと少量の魔力を使いながら彼女は家事能力を向上させていた。
その効果を奉仕術ではなく、壁抜けに使用した。
使用に大きく魔力を消費する壁抜けを強化するには限界まで魔力を消費してしまうことになったが、彼女は見事に物理的な壁しか越えられない壁抜けを概念的な壁まで越えられるようにした。
その結果、シルビアは十数秒の時を越えることに成功した。
最強の回避能力とも言える能力だ。
だが、当然のように代償もある。
「安心していいわ。もう時を越えるような真似はできないから」
シルビアの魔力はほとんど残っていなかった。初めて見るメリッサの魔法に対してどれだけの時間を越えればいいのか分からなかったため全力の十数秒を越えることを選択した。
「いいの? そんな簡単にスキルが使えないことを教えて」
「そっちだって明鏡止水は何回使えるの?」
メリッサの魔法を斬る為に明鏡止水を何度も使用した。
魔力量がそれほど多くなく、スキルの扱いを苦手としているアイラは1度の使用に多くの魔力を必要としていた。そのためアイラの魔力も残り少なくなっていた。
「ここからはいつもの喧嘩の延長。スキルの使用もなければ魔法も使用しない。ただ武器を打ち合うだけの戦い」
「上等」
シルビアがメイド服から冒険者として活動する時の動きやすい服に着替える。
着替えは1秒程度で終わるのだが、異常なステータスのおかげで動体視力の向上している俺の目には収納して取り出すまでの間にあった下着姿をしっかりと捉えていた。
アイラも正々堂々と決着を付けるつもりなのか着替えるのを待っていた。
2人が同時に駆け出す。
アイラの剣を受け止めるとシルビアが弾いた時の衝撃を利用してアイラの頭上を跳び越えて後ろへと回る。そのまま背後から奇襲を仕掛けるが、体を回転させながら振るわれた剣がシルビアの攻撃を逸らしていく。
手数では2本の短剣を使うシルビアの方が上回っているが、アイラの力を前に押し切れていなかった。
これはいつもの光景。
だが、やはり限界らしい。
『2人とも随分と消耗しているね』
「仕方ないさ。メリッサを止める為に全力を費やし過ぎた」
2人の動きには精彩が欠けていた。
アイラの頭上を跳び越えた後もいつものシルビアなら一瞬で方向転換できたはずにもかかわらず、足元がふらついてしまっている。
攻撃を受けているアイラも普段ならシルビアの体勢を崩せるほどの力があるにもかかわらず攻撃を逸らすだけで精一杯だ。
それだけ消耗してしまっているのは、メリッサが強かった証拠でもある。
『どうなると思う?』
「2人とも消耗戦で勝つことを望んでいない。決定的な一撃を叩き込んだうえでの勝利を望んでいるはずだ」
消耗戦では今の状態だとどちらが勝つのか分からない。
今は、お互いに攻めあぐねている状態だが、決め手になる攻撃を使うことになるはずだ。
と、そんなことを考えているとアイラが上に構えた剣を振り下ろす。
受け止められるだけの体力が残っていないシルビアが大きく後ろへと跳ぶ。剣を空ぶって隙ができたところへ踏み込むつもりなのか姿勢を低くしていた。
アイラの剣が空を斬る。
しかし、アイラの剣から剣筋をなぞるように放たれた魔力の斬撃がシルビアの足元にあったリングを砕く。
「……!」
足場が砕かれたせいでシルビアが姿勢を崩す。
そこへ胴を狙ったアイラの剣が迫る。しかもあの魔力の状態からして明鏡止水も使用している。刃が触れるだけでシルビアの体がスパッと両断されることになる。
シルビアも体勢を崩してしまったことによる自分の落ち度を理解しているのか斬られてしまうことを受け入れるかのように目を閉じている。
アイラの聖剣がシルビアの体を捉える。
――スカッ。
そんな音が聞こえそうなほど聖剣はシルビアの体を通過していた。
「へっ、壁抜け?」
聖剣がシルビアの体を通過してしまった原因は攻撃を外してしまったわけなどではなく、シルビアがタイミングを計ってありとあらゆる障害物をすり抜けることを可能にする壁抜けを使用したことによるものだった。
壁抜けを使用している体にアイラの聖剣では傷を付けることはできなかった。
明鏡止水は斬ろうとする対象を認識していなければ発動しない。シルビアの「時を越えるような真似はできない」という言葉を『壁抜けは使用できない』と認識していたアイラの意識から壁抜けの存在がすっかりと抜け落ちていた。
そのためスキルも斬ることができるスキルは発動せず空振る。
致命的なまでの隙。
一瞬の後、シルビアがリングの上に倒れる。
「最初から、これを狙っていたの?」
「隙を作るならこれしかないとは考えていたわ」
たしかに時を越えられるほど大量の魔力は残っていなかった。
しかし、自分の体に剣を通過させるぐらいの魔力なら残っていた。
「……残念」
振り返りながらアイラが呟く。
「うわっ……」
俺の口から思わずそんな言葉が零れてしまう。
振り返ったアイラの手足には10本以上のナイフが突き刺さっている。さらに左胸には短剣が深々と突き刺さっており明らかに致命傷だ。
本当、この戦いが地下57階で行われてよかった。
ついにアイラが立っていられずに倒れる。
直後、倒れた体が光に包まれると俺の傍に転移される。
大丈夫だとは思うが、一応状態を確認する。
手足に突き刺さっていたナイフはアイラの立っていた場所にばら撒かれており、同じ場所に短剣も落ちている。傷も完全に癒えており、体力さえ戻れば普通に起き上がることができるだろう。
うん、大丈夫そうだ。
――カンカンカン!
だから、どうやって鳴らしているんだよ!
『最後までリングに残っていたのはシルビア! ということで勝者の決定だ!』
ステータス上はアイラよりもシルビアの方がボロボロだ。
だが、この喧嘩のルールでは『リングの上に残っていた者が勝者』ということになっている。まだ生きているシルビアに軍配が上がった。
「よかった……」
シルビアが呟くと彼女の体も光に包まれて俺の傍に転移される。
負傷は少なかったが、体力魔力共に一番消費していたシルビアもしばらくは目を覚まさないだろう。
俺の傍には気絶した美少女が3人。
「どうやって連れ帰ろう……」
さすがにこんな場所に気絶した3人をそのままにするわけにはいかない。
ただ、直接迷宮の中に転移してしまったせいで管理人をしているアルミラさんに挨拶をしていないから普通に入り口を使うことはできない。転移も迷宮内への移動のため3人を連れての転移もできない。
「おい、3人に問題がないように見ておいてくれ」
『それぐらいならいいよ』
迷宮核に3人の様子を見ておいてくれるよう言うと1人で屋敷へと戻る。
喧嘩はこれで決着です。