第50話 レインボールースター
イルカイト迷宮地下15階。
目の前にある草原では長閑な光景が繰り広げられていた。30センチぐらいの兎の魔物が自分と同じくらいの大きさの鳥の魔物に近付いて手を挙げている。魔物なりに挨拶をしているようだ。
ただし、階層の反対側では修羅場が繰り広げられている。ミノタウロスが大木を振り下ろしてオークを叩き潰している。食事の肉を手に入れたミノタウロスがオークの体を掴む。だが、横から突っ込んで来た猪の魔物に吹き飛ばされて獲物を取られただけでなく、牙で串刺しにされてミノタウロス自身も餌になっていた。
弱肉強食の世界。
なぜ、反対側だけかと言えば地下16階との転移魔法陣がある場所から上の階層へ行く為の魔法陣が階層の中心にあり、迷宮生まれの魔物たちは最短距離を進んでいたからだった。
凶暴で、力の強い魔物ほど迷宮の外を目指すようになっている。
それが分かっているからこそ力の弱い魔物は、自分の生まれた階層で食べられないよう隠れて生きている。
今も阿鼻叫喚の状況を作り出しているのは下の階層――草原フィールドのある階層よりもっと深い階層から上がってきた魔物たちだ。
「ねぇ、あっちへ行かなくていいの?」
アイラが疑問を口にする。
いくらシルビアから懇願されたとはいえ今の俺たちに寄り道をしているような時間はない。
「これは不要な寄り道なんかじゃないさ」
「え、でも……」
先へ進むなら戦闘を繰り広げている魔物を駆逐するか、草原をグルっと迂回する必要がある。
どちらも大変なのは変わりない。
「ずっと強い魔物の相手ばかりしていると精神的に疲れるだろ。だから、たまには息抜きが必要なんだよ」
余裕のない状態で攻略を続けていると思わぬミスをしてしまう可能性があった。
今日は続けて走ったため、この辺で休憩するのもいい。
「ちょっとぐらいレアな魔物を探して寄り道するぐらいはいいだろ」
必要な寄り道だと言い訳する。
「でも、レアな魔物なのですよね。そんな魔物が簡単に見つかりますか?」
まだ10分ほどしか探索していないのだが、メリッサが疲労からか否定的な言葉を述べた。
ただし、メリッサの言葉も間違っている訳ではない。
「制限時間を決めて探そう。1時間探しても見つからないようなら……」
「あ!」
何かを見つけた声を出すノエル。
彼女が指差す方を見ると6色に輝く尾羽を持つ真っ赤な毛をした雄鶏がいた。体長は1メートルほどで普通の雄鶏よりも一回りは大きく、真っ黒な瞳で周囲を観察している。実物を見たことはないが、アレが間違いなく虹鶏だろう。
「こんな簡単に見つかるものなのか?」
「運がいいですね」
笑顔になっているシルビア。
俺たちの運がいい、というよりはシルビアの【神の運】のおかげだろう。
「あ、気付かれた」
「何しているの」
虹鶏までの距離は50メートル。相手が目立つ色をしていたから俺たちは気付くことができたが、警戒心が強いのか虹鶏の方も俺たちに気付いて足を止めこちらを警戒して顔を向けていた。
ヒュッ!
虹鶏へナイフが迫る。シルビアの投げた物だ。
「あ、おい……」
虹鶏を見つけた嬉しさから遅れてしまったが、すぐに気を取り直すとナイフを投げて仕留めにいった。
真っ直ぐに虹鶏を捉えているナイフ。
「コォ……!」
虹鶏が体を半回転させて脚でナイフを叩き落とす。
そのまま俺たちの方へ背を向けるとニヒルな笑みを浮かべながら脱兎の如く反対側へ走り出した。
「え、ちょ……」
しかも異様なまでに速い。
あまりに唐突な逃走に数秒は呆けてしまったが、もう数百メートルは離れた場所にいる。
走る虹鶏が姿勢を変えないまま顔だけを傾けて後ろへ向ける。
「あいつ……!」
ドヤ顔だ。人間を馬鹿にして嘲笑っている。
捕まえられるものなら捕まえてみろ。
そんな風に言っているように見える。
「追うぞ」
メリッサも反対することなく追い掛けてくれる。
「コォ!?」
後ろから迫る6人の姿を見て虹鶏が焦る。
普通の人間を想定していたのだろうが、生憎と俺たちは普通の人間ではない。
虹鶏が気迫に負けて加速する。
走っていると前方に白いモフモフな毛をした兎がいた。兎は暢気なもので、虹鶏が迫っていることにも気付いていない様子だった。
「キュ!?」
気付いた時には撥ねられたように宙を舞っていた。
「ノエル?」
「ちょっと、あの子を保護してくる」
無害な魔物が気になったのかノエルが離れて兎を保護に向かう。
「この……!」
虹鶏の背後まで迫ると手を伸ばして捕まえようとする。
「いてっ!」
振り回された虹色に輝く尾羽に叩かれた。
少しだけ叩かれた手が赤くなっており、地味に痛い。
「このっ!」
アイラが捕まえようと左側から飛びつく。
しかし、跳びあがられたことで回避され、地面に転がることとなったアイラの上を悠々と通り過ぎていく。
「何をしているのですか……」
空中で虹鶏の体がピタッと止まる。
メリッサの魔法で作り出された風の手によって拘束されていた。
「よくやった」
これで虹鶏を手に入れることができる。
「どれどれ……」
最後に生意気な顔をもう一度拝んでやろうと瞳を覗き込む。
「コォォォォォ!」
「わ、なにこれ?」
「何も見えない……」
虹鶏の体が強く輝く。
目の前が真っ白になる。いや、何も認識することができないほど目にダメージを負ってしまっていた。
「チッ、油断した……!」
相手は未知の魔物。どんなスキルを保有しているのか分からないのだから慎重になるべきだった。
「ああ、こんな状態じゃあ【鑑定】も使えない!」
最低限の条件として相手の姿を捉える必要がある。だから、目を潰されてしまっては相手のステータスを見ることができない。
目が使えなくなっても耳は使える。
虹鶏が大きな音を立てながら走って逃げていくのが分かる。非常に目立つ色をしているから再び見つけることはできるかもしれないけど、俺たちが見つけるまでの間に他の魔物に襲われてしまう可能性がある。状態なんて考えずに倒された魔物の肉なんて食したくない。
見えていなくてもドヤ顔で逃げていくのが分かる。
「あれ……?」
うるさいほどだった足音が消える。
徐々に再び見えるようになった目で目の前を見てみるとシルビアがナイフを虹鶏の背に突き刺して持ち上げていた。
「ちゃんと仕留められていますか?」
自信なさそうに尋ねてくる。
シルビアも見えていなかったが、気配だけでナイフを振り下ろして仕留めていた。一撃で仕留めるには強く振り下ろす必要があった。仕留める際には相当な自信があったようだが、時間が経つと不安になってきたようだ。
「ああ、ちゃんと仕留められている」
「よかった」
虹鶏を受け取りながら【鑑定】を使用する。どうやら、光のある場所だと尾羽から強力な光を放つことができるらしい。知らずに近付いた者は目を焼かれてしまい、正確な動きができなくなったところで脚で潰されてしまう。
「満足したか?」
「はい。付き合っていただいてありがとうございます」
「ところで、仕留めるのは1体だけでいいのか?」
「簡単に遭遇できたから忘れているかもしれませんが、虹鶏は滅多に出ない魔物ですよ。何体もいる訳が……」
離れた場所からこちらを窺っている虹鶏。
その数は10体に及んだ。
「……全て手に入れましょう」
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