第42話 迷宮都市前の邂逅
次々と襲い来る魔物を倒しながら迷宮都市イルカイトが見える場所まで辿り着く。
決して終わることのない襲撃。人間がいなくなってしまった国だからこそ魔物は縄張りなど関係なく人間を見つけたら襲い掛かって来る。
様々な魔物の素材が収められている。普段なら後に換金できることを想って喜ぶところだが、今は連戦の疲れから余裕がない。
そんな疲れも、ゴールが見えてきたところで消え去った。
「あれが迷宮都市イルカイトか」
帝都よりも分厚い壁に囲まれた都市。
厳重にされているのは迷宮から魔物が溢れた時に備えた物だったからだ。たとえ迷宮が暴走した場合でも外へ出さないよう閉じ込めておくのが目的だ。
が、人間が想定していた以上に魔物が強力だったため防げていない。
今となっては外壁だった物の一部だけが遺されるだけの都市。
「ちょ、出てきちゃったけどどうするの!?」
今も瓦礫を踏み越えて一つ目巨人のサイクロプスが出てきた。
隣にはアイラとノエルしかいない。あの後、シルビアを伴ってメリッサまで離れてしまった。索敵能力の高いシルビアが一緒にいれば、近接戦闘に弱いメリッサでも後れを取ることはそうそうない。
三人しかいない状況。倒すのは難しくないが、あまり無駄に力を消耗したくない。やり過ごせるならやり過ごした方がいい。
咄嗟に大きな瓦礫の陰に三人で隠れる。
――ギロッ!
それでも、やっぱり気付かれてしまった。
「人間がいなくなった土地だからな。生まれたばかりの魔物でも俺たちの気配に気付くんだろ」
今は魔物の急な襲撃に備えてステータスも抑えていない。
隠れ続けるのが無理だと判断して瓦礫から出る。
サイクロプスがすぐ傍にある巨大な門よりも大きな体を這い出しながら掴み掛らんと手を伸ばす。
標的はアイラ。掴み掛ろうとしたタイミングで上から剣を叩き付ける。
「かた、っ……!」
まるで鎧でも叩いたような感触にアイラが顔を顰める。
「上出来だ」
叩き付けた際に浅いが傷をつけることに成功している。
傷をつけられる、ということは『斬る』ことができるという。【明鏡止水】で斬ろうと考えたアイラが踏み込む。
「やるなら、腕だけにしておけ」
「え、うん……!」
俺の言葉に戸惑いつつもアイラがサイクロプスの両腕を肘から斬り飛ばす。
自らの腕がなくなったことでサイクロプスが叫んでいる。
「うるさいよ」
サイクロプスの頭を蹴って後ろへ倒す。
外壁の無事だった部分も壊しながら自分の出てきた場所を塞ぐサイクロプス。
「なるほど、そういうことね」
「二人とも、塞げ!」
イリスの氷とメリッサの土によってサイクロプスの体が地面と外壁に縫い付けられるように固められる。
もちろんシルビアも一緒だ。
離れた場所にいた三人を【召喚】で喚び出す。
都市から出ようとしていたサイクロプス。さらにサイクロプスの後ろには、複数の魔物が出られるようになるのを待っていた。
こんな近い場所に人間がいるのが分かったため魔物が集まっていた。
明確な脅威が外壁の向こうにいた。
が、そんなのは些細な脅威でしかない。
三人をこんな場所で喚び出してまで対処しなければならない脅威は別にある。
「いやぁ、実に素晴らしい」
パチパチ、とわざとらしい拍手が聞こえる。
拍手のする方へ顔を向ければ外壁の上にゼオンが腰掛けていた。
「そんな、さっきまでいなかったのに……!」
「【自在】だろ」
「その通り」
アイラが気付いたようにゼオンがいる場所には誰もいなかった。そもそも、今のイルカイト周辺には俺たち以外の人間は誰もいない。
本当に今現れたばかり。
「本当に神出鬼没を可能にするスキルだな」
「それが取り柄みたいなところがあるからな」
外壁の上から見下ろすゼオン。
「見事にここまで辿り着くことができたみたいだな」
「ああ」
「それに、俺のスキルへの対策もしているみたいだ」
手をこちらへ向けている。おそらく【武装解除】のスキルを使用したのだろうが、上手く発動しなかったようで困惑している。
こんな魔物の多い場所で武装を解除されるのは困る。
一度見せてもらったスキルには対応策ぐらい用意している。
「たしかに強力なスキルだったけど、効果範囲が広い上に発動対象も多様だ。だけど、さすがに神の力が付与された武装にまで効果を及ぼすことはできなかったみたいだな」
正確には神気を纏った武装。
ゼオンを前にした時点でノエルが神気を生み出し、【迷宮同調】を介して俺が神気を保持して、他の眷属にも分け与える。俺以外のメンバーでは神気を扱うことができないが、武装に纏わせることでスキルの防御に利用するぐらいのことはできる。
ほぼぶっつけ本番だったが、成功してくれたみたいで助かる。
問題は知っているもう一つのスキル――【自在】の方だ。対抗策が全く思い浮かばない。
「まったく……元主人に対して失礼な奴だな」
上空から迫る気配に全員が空を見上げる。
太陽を背にして浮かんでいたのは緑色のドラゴン。飢えた目を血走らせて、ブレスを吐くべく力を溜め込んでいる。
今から空へ跳んだのではブレスを止めるのは不可能だ。
防御するべく手を掲げる。
「え……」
ドラゴンから目を離していたのは一瞬。
その一瞬の間にドラゴンが絶命しており、落下を始めていた。
すぐ傍に落ちるドラゴン。アイラが死体の様子を確認するが、既に息をしていないみたいで死んでいるのは間違いない。
急いで外壁の上へ視線を向ける。
「へぇ、本当に俺が現れる瞬間を察知することができるみたいだな」
一瞬前まで外壁の上にゼオンはいなかった。
ドラゴンを見ている間にどこへ行っていたのか?
「お前がドラゴンを倒したのか」
「そうだ。さすがにドラゴンクラスの魔物の心臓に剣を置き去りにするには接近する必要があったからな。ちょっとドラゴンの背後まで移動して、心臓を剣で使い物にならなくさせてもらったさ」
「……!」
それは、シルビアの【壁抜け】のようにスキルさえ発動すれば相手の急所を一撃で仕留めることができる、ということだ。
そこまでの離れ業を行う為には何かしらの制約があると信じたい。
「ま、そんな事はどうでもいい。改めてイルカイトまで辿り着けたことを祝福させてもらおう」
「やっぱり、何かあるんだな」
メリッサが感じたように迷宮を停止させることが罠である可能性が強くなってきた。
「ま、警戒はするだろうな。だけど、迷宮を停止させなくていいのか?」
「……」
そんな選択肢はない。
だから、何も言い返すことができない。
「ようやく攻略に着手することができる。せっかくスタート地点に立つことができたんだから、最下層まで到達することができることを祈っているさ」
そう、ここはスタート地点でしかない。
これからが迷宮攻略だ。
「たしかに前情報もほとんどなしに迷宮を攻略しないといけない。ここまで辿り着くまでだって大変だった。でも、大変だったからこそ分かったことがある」
迷宮攻略にあたって最大の懸念は迷宮主と迷宮眷属の存在だった。
だが、知能が高いはずのドラゴンですら迷宮主であるはずのゼオンへ襲い掛かった。
いや、もうゼオンは迷宮の主ではない。
「どうなっているのか分からないけど、魔物の支配権をお前たちは眷属も含めて失っている。もっと言えば迷宮に関する権限のいくつかを失っているだろ」
「そうだ。だから奴らは平気で俺にも襲い掛かってくる」
ゼオンの手にいきなり短剣が現れる。
それを投げるでもなく無造作に下へ落とすと、背後にある都市で剣の雨が降り、下からゼオンの事を見上げていた魔物たちの悲鳴が上がる。あの気味の悪い叫び声はゴブリンのものだろう。
「たしかに俺たちからの介入はない。それでも、迷宮は今も魔物で溢れ、必死に考えられた罠と侵入を阻む環境が待ち受けている。そんな場所へ本気で行くつもりか?」
「必要な事なら、どんな場所へだって行ってやるさ」
「なら、健闘を祈ろう。俺にとっては、お前たちが攻略に成功しようが失敗しようがどちらでも構わない。見物だけさせてもらうことにする」
外壁の上からゼオンの姿が消える。
おそらく迷宮核を破壊した瞬間にゼオンの用意した罠が発動する。それによって迷宮を停止させることには成功するだろうが、ゼオンにとって都合のいい出来事が起こるのは間違いない。
「どう思う?」
「行くしかない。魔物の排出がいつになったら終わるのか分からないなら、私たちが止めるしかない」
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