第41話 魔物の氾濫する地
帝都ウィングルを出発する。
最初のうちは魔物の姿もなかったが、十分ほど歩いていると魔物が接近する気配が捉えられた。
近くにある林の茂みがガサガサ揺れる。
「おや、懐かしい」
茂みから飛び出してきたのはフォレストウルフ。森での生活を好み、自分のテリトリーとして定めた場所へ入ってきた相手を狩る性質を持っている。
単独なら下級冒険者でも討伐が可能。
ただし、群れることが多い魔物であるため一斉に襲われることを考えると最低でも中級冒険者の力が必要だと言われている。
俺たちがいる場所は林から離れた街道。フォレストウルフのテリトリーではないはずなのだが、獲物である人間を見つけると敵意を迸らせながら近付いてくる。
爪を鋭く立てて、飛び掛かるフォレストウルフの群れ。
『ギャン!?』
しかし、数秒後には真っ二つに斬られたフォレストウルフの死体が周囲に転がっていた。
全てアイラによって斬られたものだ。
群れで一斉に襲い掛かってきたとしても撫でるように剣を振るうだけで倒せるようになってしまった。
転がるフォレストウルフの死体を回収しようと屈む。簡単に倒せてしまった魔物だが、綺麗な状態なら毛を買い取ってもらうことができる。群れ単位で手に入ったならけっこうな値段で売ることができるはずだ。
金を必要としている迷宮を抱えていることから、つい手が伸びてしまった。
「……ん?」
道具箱を出したところでドッドッドッ、という重たいながら駆ける足音が聞こえてくる。
森とは反対方向から長く太い二本の足で駆ける鳥型の魔物が接近している。
判駝鳥。空を飛ぶことができない魔物だが、強靭な脚を駆使してあちこちを走り回る魔物。攻撃時には強靭な脚で攻撃し、蹴られた場所には脚の跡が残されることからスタンプの名がつけられた。
近くまで来たところで高く跳び上がるスタンプオストリッチ。狙いは、どうやら俺みたいで睨み付けながら脚を鋭く振りかぶる。
後ろへ体を倒すようにして攻撃を回避すると地面に脚で穴を開け、すぐさま跳び退いたことで綺麗な足跡だけが残されていた。
アリスターの迷宮にもいる魔物だが、本気の敵意を向けられたことがなかったため足跡を見ることは今までなかった。
「お返しだ」
「グェェエ!」
胴体を蹴り上げると呻き声を上げながら飛ばされて行く。
飛んだ先にはシルビアがいる。
「いいお肉が手に入りましたね」
気付けば上機嫌で解体を始めていた。
まるで全部を持って帰りそうな雰囲気だったため注意する。
「解体なんて後だ」
「え、でも……新鮮なうちに解体してしまった方が美味しいですよ」
「そんなことをしている暇がないんだよ」
次に見えてきたのはファングボアの大群。
本来は群れる魔物ではないのだが、魔物が氾濫している状況なため似た種類の魔物で集まっているのだろう。
「きっと魔物の血に釣られてきたんだろ」
フォレストウルフを倒した際に血が流れてしまった。
血の臭いは獣型の魔物を呼び寄せやすい。
「貸して」
喉に突き刺さったナイフ以外に大きな傷のないスタンプオストリッチをイリスがシルビアから受け取る。
背中を左手で持つと剣で心臓を一突きにし、さらに首まで落としてしまう。
スタンプオストリッチの胸と首から血がドクドクと流れる。
「私があいつらの注意を惹いてくる」
「あ、おい……」
言うと血を垂らしながら北へと走っていく。
すると、血の臭いに釣られたファングボアたちも進行方向をイリスが向かった方へと変えていた。
本能に忠実な魔物は俺たちの姿が見えているはずなのだが、嗅覚に強く反応した人間の方へと向かって行く。
「次が来たぞ」
上空で待機しているサファイアイーグルと視界を共有すれば状況がはっきりと分かる。
豹型の魔物が凄まじい速度で駆けている。
ストームパンサーだ。まるで嵐が駆け抜けるような速さで駆けることから、そのような名前がつけられたのだが、様子を見ているとどうやら俺たちを追ってきたというよりはファングボアの群れを数頭のストームパンサーで組んで追っていたようだ。
1体が俺たちの存在に気付いた。魔物にとって、他の魔物を喰らうよりも人間を喰らった方が効率はいい。
人間には意味の分からない声を上げ、仲間へ近くに人間がいることを伝える。
数頭のストームパンサー全員が進行方向を変えて襲い掛かって来る。
「やっぱり、そうくるよな」
迎撃するべく剣を握る手に力を込める。
しかし、直後にガクンと目の前の光景の一部が変わる。まるで、頭をいきなり持ち上げたような動き。俺は頭を正面へ向けたまま、頭の角度を変えたのは視界を共有させたままだったサファイアイーグルの方だ。
「クソッ、姿を見ないと思ったらそんな所にいたのか」
岩山の中腹断崖に開けられた大穴。
そこから飛び出してくる影がある。
「ドラゴン……まさか、こんな時に出てくるなんて」
色は黄。
岩肌に近い色をしており、おかげで岩山に隠れられていた時に見逃してしまっていた。
ドラゴンの頭がゆっくりとこちらへ向けられる。
明らかに俺たちを餌として認識している。
「ブレスがくるぞ!」
黄色ドラゴンの大きく開けられた口からブレスが吐き出される。
迫ろうとしていたストームパンサーが巻き込まれようとも構わないのかストームパンサーと俺たちの間にある地面へ落とすとブレスの方向を変える。
凄まじい速度で走ることができるストームパンサーだが、その速さ故に進行方向を急に変えることができない。進行方向を変えることができずにブレスへと突っ込んで行っている。
地面が抉られて吹き飛ばされる。
「【迷宮結界】」
迷宮の力が付与された土壁を生み出してブレスを受け止める。
「チッ、随分と力を溜め込んでいるじゃないか」
迷宮結界だというのに壁が軋みをあげている。
さらに魔力を込めることで耐える。
自分のブレスが受け止められていることが気に入らないのかドラゴンもブレスに力を込める。
しかし、その間は空中で待機していなければならない。
「【風嵐槌】」
上空にいるドラゴンの高さまで飛び上がったメリッサ。
ドラゴンの側面から風の渦を纏った杖を突き出すと叩き込む。体勢を維持できなくなって落ちてきたところをノエルの投げた錫杖が胴体を貫通する。ドラゴンの巨体を考えれば小さな傷。それでも、心臓を正確に貫いているため致命傷となる。
「ふぅ」
思わず溜息を吐いてしまう。
心の底からこんな場所へ軍を連れて来なくてよかった、と安堵していた。
「ちょっと休憩しよう」
体力、魔力共に余裕はあるが、魔物との連戦は精神的に疲労させられる。
一息吐いて、気を抜く。
――カサカサカサ!
それでも、物音がすれば警戒できる程度の気持ちは持つ。
全員が森の方へと意識を向ける。
茂みを掻き分けながら現れたのは小型の魔物――悪魔蜘蛛。
人間の腰ぐらいの大きさがある蜘蛛型の魔物で、背面にある目に見えるような紋様から魔法を放ち、睨み付けているように見える体勢を取ることで相手を恐慌状態に陥らせることができる。ただし、相手のステータスがデーモンスパイダーよりも高ければ状態異常に陥ることはない。俺たちなら平気だ。
「クモ!?」
「やっぱり、あたしもダメ!」
涙目になったシルビアとアイラが俺の後ろに隠れる。
そういえば女性陣は蜘蛛が苦手だったな。
「ノエルは平気か」
「うん、ちょっと大きくて気持ち悪いけど、蜘蛛ぐらいはどうってことないよ」
以前に大型の蜘蛛と遭遇した時にはシルビアたちと一緒に逃げていたメリッサも今日は冷静……ボッ!
……え?
杖から飛ばされた炎が蜘蛛を焼き尽くす。
よく見てみるとメリッサの目が虚ろだ。
「あのような姿をした魔物はさっさと焼却してしまうに限ります」
燃え尽きたデーモンスパイダーを見て満足そうな笑みを浮かべている。
だが、直後の光景を見て一瞬で凍り付くことになる。
「げっ……森から大量に出て来やがった」
燃え尽きたデーモンスパイダーの後ろから何十匹というデーモンスパイダーが現れた。どうやら、今はデーモンスパイダーの巣窟になっているようだ。
「ふふっ、どうせなら焼き尽くしてしまいましょうか」
森が炎に包まれた。
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