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ダンジョンマスターのメイクマネー  作者: 新井颯太
第37章 暴走迷宮
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第39話 無能の公爵家

 鍾乳洞のような秘密通路をテュアルに先導されて奥へと進む。

 真っ直ぐに帝都のある方向へ向かっているから間違いではないと思いたい。


「で、敵であるお前がどうして俺たちに安全な道を案内する」

「敵、というのは正しくありませんね。先ほども言いましたが、私たちは目的の為に集まっているだけです。違える事があれば、互いの目的を阻害しない範囲で全く異なる行動をすることもあります」

「ですが、そこには貴女の目的がある」


 鋭い視線を後ろから向けるメリッサに対してぎこちない笑みを浮かべたテュアルが顔を向ける。


「それの何がいけませんか? 人間というのは、全員が己の目的によって敵と味方を分けます。私にとっては、貴方方を無事に帰した方が都合がいいだけです」

「で、その目的とは……?」


 テュアルの言葉から『何か』をさせられるのは間違いない。

 そして、要求を突き付けられるだろうホランド将軍が不安そうに尋ねる。


「その前に私がどういった人物なのかお教えしましょう」


 テュアル・マリエスティル。

 それがテュアルのフルネーム。


「マリエスティル……ということは、無能公爵家の人間?」

「ははっ、本人を前にして『無能』だなんて、よく言えますね」

「あ……! これは……」


 失言に気付いてホランド将軍が口を噤む。


「いえ、いいんですよ。無能なのは事実ですから」


 国から役職を与えられていなければ、領地を任されているわけではない。

 個人的に商売を始めても最初のうちはいいのだが、すぐに借金を抱えることになり失敗してしまう。

 それがガルディス帝国におけるマリエスティル家の評価だった。


「と言っても、無能なのにはカラクリがあるんですけどね」

「カラクリ、ですか?」

「はい。どれだけ画期的な商売を思い付いたとしても絶対に成功するわけがないんです」

「そんな絶対に成功しないなんて……」

「皇帝が頂点に君臨し、貴族が治める帝国で皇帝や貴族から邪魔があって成功すると思えますか?」


 貴族に知られていないうちは成功する。

 ところが、マリエスティル家の成功が知れ渡るようになった瞬間に付き合いのある相手に圧力が掛けられて失敗に終わる。

 この世界において貴族の目に留まらずに一定以上の成功を収めるのは不可能だ。


「どうして、そんなに嫌われて……」

「嫌われて? いいえ、違います。これがマリエスティル家に与えられた役割です」


 ウィングル王家と親戚関係にあったマリエスティル家。

 アムシャス皇帝の手によって国が滅ぼされた後は、王族は責任を取らされて処刑されたり奴隷堕ちさせられたりしていた。


 マリエスティル家も近しい間柄だったため関係者は誰も厳罰を覚悟した。

 だが、実際に厳罰が下されることはなかった。

 ……代わりに残酷な罰が下されることとなった。


「戦争が終わったことで活躍の場がなくなった貴族たちは不満の捌け口を求めました。彼らはプライドだけは異様に高い人たちですから、どんな状況でも蔑むことのできる相手が身近に欲しかったのです」

「まさか……!」

「それこそがマリエスティル家に与えられた役割です」


 仕事がなく、頑張ったところで失敗する。

 そんな嘲笑える対象を身近に置くことでアムシャス皇帝は不満の捌け口にした。


「幼い頃は公爵という地位を誇らしく思っていましたが、実際にどのような立場なのか理解するようになると反吐が出るような思いでした。これでは、奴隷よりも酷い立場ではないですか……!」


 感情に任せて壁を殴る。

 突き出ていた土の棘が粉々に砕けたことで後方を歩いていた兵士の一部が逃げ出していた。だが、逸れてしまえば帰ることができなくなってしまうため、しばらくすれば戻って来るだろう。


「当家の惨状を知ったゼオンが手を伸ばしてくれました。彼のやろうとしている事を思えば、私一人なら協力する気にはなれませんでした」

「だったら、どうして……」

「妹がいますから」


 マリエスティル家にいる幼い女の子。

 妹はマリエスティル家の現状を理解しておらず、毎日を笑顔で過ごしている。


「せめて妹には貴族でなくてもいいから普通の生活を過ごしてほしい。ですが、あの子が1から……いいえ、0から人生を始める為にはガルディス帝国という国が枷にしかならなかった」


 帝国がマリエスティル家ほど都合のいい存在を逃すはずがなかった。

 皇帝や貴族から逃れて生きていくことができるはずなかった。


 だから、家族の幸せを願うテュアルに採れた手段は一つだけ。


「帝国を亡ぼす……何も知らず、平凡な人生を送っている平民の方々には申し訳ありませんが、一緒に地獄へ落ちてもらうことにしました」


 それが、テュアルのささやかな願い。

 だが、同時に自分たちを虐げてきた貴族たちへの復讐劇でもある。


「ガルディス帝国軍の将軍である貴方にこれを託します」

「収納リング……」


 テュアルがホランド将軍へ渡したのは収納リング。

 中に入っていたのは、とんでもない危険物だった。


「マリエスティル家がこのように不遇な扱いを受けることになったのは、帝都としたウィングル王国の公爵だったからです。その際、皇帝と貴族たちとの間で交わされた『マリエスティル家をどのように扱おうとも帝国が干渉することはない』という約束が交わされた文書が入っています」

「な……!」


 慎重な貴族がおり、後々で問題にされては困るため文書に残そうと考えた。

 それらの書類は、帝都の城の奥深くにある倉庫にしまわれることとなった。


「帝都から人がいなくなった今だからこそ難なく侵入することができました」


 厳重な警備も人がいなくなれば無力だ。


「マリエスティル家と同じような立場にいる貴族は他にもいます。彼らの為にも、このような事実を告発すること。それが、貴方たちを帰還させる条件です」

「で、ですが……」

「尊敬していたアムシャス皇帝を裏切るのが苦しいですか」

「どうして、それを……!」

「これでも帝国で要職に就いている人間の事は一通り調べました。貴方が英雄と持て囃されるアムシャスを尊敬している事ぐらいは知っています」

「……」


 ホランド将軍が迷っている。

 たった二人とはいえ部下を帰すのは将軍の役目。それに、グレンヴァルガ軍にこれ以上の被害を出せば、自分だけでなくガルディス帝国軍から逃げてきた避難民たちの立場が悪くなることになる。

 頭では告発するしかないことは理解できる。それでも、尊敬していた人物を裏切るような行為に踏み切ることができない。


「マリエスティル家がそのような立場にいるのは戦争に負けたからでは、ないのですか……?」

「その通りです。戦争に負けたからこそ勝者の命令には従わなくてはならない。ですが、貴族なら貴族らしい誇りある敗北であって欲しかった――父は常々そのように言っていました」


 迷っていたホランド将軍。

 だが、テュアルの想いも考えて決断した。


「この書類は然るべき手段で私が必ず公表します」

「ありがとうございます」


 と、説明している間も歩き続けていたテュアルの足が止まる。

 その先にあったのは緩やかな坂だ。


「今でこそ地殻変動の影響で道は開かれていましたが、以前は出入りすることのできなかった場所です。この先が城の地下に繋がっています」

「案内はここまでか?」

「あまり慣れ合うのも好ましくありません。帰りに襲わないようリュゼさんやキリエさんに言うのが私の役割です」


 たしかに彼女たち二人から見逃してもらえるだけでも、生還率はかなり違う。


「では、約束を守ってもらえることを期待しています」



 ☆ ☆ ☆



 地下通路から軍が消えたのを見送った後、テュアルは地下を歩き回りながら念話を行う。


「こちらは順調です」

『そうか。こっちの動きを怪しく思った様子は?』

「ありません。私の話を完全に信じ切っていました」

『それはそうだろう。話していた事そのものは真実だ』


 テュアルが語った内容は嘘ではない。マリエスティル家が不遇な立場にあり、妹の事を想って行動を起こし、何があったのか(つまび)らかにする。

 だが、決定的な事実を忘れていた。


「私がここで何をしていたのか誰も気にしていませんでした」

『大方、自分たちの事でも待っていた、とでも思ったんだろ』

「そうだと思います。ただ、彼女まで騙せているといいのですが」

『彼女?』

「いえ、気にしないでください」


 手に持っていた本を広げる。

 本に記されていた内容に頬を綻ばせると閉じる。


『あいつらのせいで計画を実行に移すまで余分に1年の時間を要した。だが、同時にあいつらがいなければ目的を達成するまでに10年は必要だと思っていた計画が一気に短縮された』

「ええ、本当に感謝しかありません」

『それよりも準備を急げ』

「何かありましたか?」

『シャルルが負傷、リュゼの奴は狩に夢中で単独行動。あいつらがやるはずだった作業がほとんど手付かずだ。お前には帝都での作業が終わり次第、あいつらのカバーに行ってもらう』

「あら、仕方ない人たちですね」


 笑いながら本を手にして地下通路を歩きだす。


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