第31話 ケルディック
ケルディック。
現代でもガルディス帝国の農業を支える地域であり、以前は王都であった都市には収穫された農作物が集められるだけでなく、それらを保存食として加工する為の機能もあった。
魔物に食い荒らされて空になった倉庫。
密室にするのが怖くて今は全ての扉や窓を開放させていた。
「何人生き残った」
夜のうちに走ったおかげで俺たちは夜が明ける前に辿り着くことができた。
そして、昼前になった頃になってホルクス将軍を中心としたグレンヴァルガ軍も到着した。その前に辿り着くことができたガルディス帝国軍の兵士も何人かいたのだが、ガルディス帝国の地理に詳しくない彼らは別の場所へ行ってしまったらしい。本来なら、そういったミスがないよう案内がするのがガルディス帝国軍の役割なのだが、そんな余裕すらなかった。
ケルディックへ辿り着いたグレンヴァルガ軍は、いくつかの倉庫を使用させてもらって兵士を休息させている。
そして、ようやく状況をまとめることができた。
「我が軍の被害は軽微。ここへ辿り着くまでの間に魔物から襲われたことで負傷者は出てしまいましたが、死傷者はおりません。負傷者に関しても出発する明日までの間には回復しているはずです」
「そうか」
ホルクス将軍が側近の報告を聞いて安心した。
やはり、将軍として部下の安否は気になるところ。それに、もう一方のガルディス帝国軍に問題があった。
「向こうはどうだ?」
「それが……」
別の倉庫にもケルディックまで辿り着くことができたガルディス帝国軍の兵士がいた。
だが、彼らが利用している倉庫は一つ。
「資料等がないため概算での報告になりますが、およそ500人程度かと思われます」
「そういうことらしいです」
と、ホルクス将軍が俺たちの近くで蹲っていたホランド将軍に告げる。
今の報告は彼に聞かせる意味もあった。俺に抱えられてケルディックまで辿り着いたホランド将軍だったが、目の前の現実を受け入れることができずに力尽きてしまった。
「ははっ……あれだけいたガルディス帝国軍の兵士が……グレンヴァルガ帝国軍の5倍もいたのに……気付けば50分の1しかいないなんて……」
圧倒的なまでに数が逆転してしまっている。
普通の戦争なら勝敗が決していなければならないほどの戦力差。
「あの女にやられたのか、それとも魔物にやられたのかは分からない」
「あ、あの女にやられたんだッ!」
膝を抱えて俯いたまま叫ぶ体をガタガタ震わせた兵士がいた。
どうやら逃げている最中にリュゼと遭遇してしまったらしく、一緒に逃げていた仲間を十人以上も失ってしまったらしい。無我夢中で逃げていたため仲間が本当はどうなったのか知らない。それでも、リュゼを前にして一人でも逃げられただけ奇跡に等しい。
夜の闇の中で圧倒的な力を持った者に襲われる。
もう、まともな生活ができないほどに怯えていた。
「どうします?」
「どうする、と言われても……」
ガルディス帝国軍は命からがら逃げてきたような状態。
ケルディックから出ることすら叶わない者が多い。
「自力で動けないような者を連れ歩くつもりはない。それに、彼らを守る為だけに我が国の軍を割く訳にはいかない」
「そ、そんなっ!?」
蹲っていたホランド将軍が縋る。
「貴方たちがいなくなったら、我々はどうすれば……」
「軍人なのだから、自分の身ぐらいは自分で守ればいいではないですか」
「今の我らにそんなことができると思いますか?」
おそらく無理だろう。
今のケルディックは魔物の襲撃に耐える為の土壁すらない。土壁に閉じ込められたところでリュゼの襲撃を受けたため、再び出口が限られた状況になることを恐れた兵士が多かったためだ。
俺たちやグレンヴァルガ軍がいなくなった後、数万が暮らせる都市に数百人。
都市の規模を思えば微々たる人数だったが、数日もの間誰もいなかった都市に人が集まったことで魔物を呼び寄せるようになる。
「非情な事を言うようかもしれないが、選択肢は一つしかないぞ」
「ええ」
先を進むグレンヴァルガ帝国軍に無理をしてでも同行する。
リュゼに狙われているガルディス帝国軍と行動を共にするのはリスクが付き纏うことになるが、ここまで怯えた状態の彼らを見捨てるのは忍びない。
「部下たちは私の方で説得します」
トボトボとした足取りで離れていくホランド将軍。
明日までに再起させられるかは彼次第だ。
「本当なら、ここでやる事があったんですけどね」
「やる事?」
軍事行動について詳しくは聞いていない。
「ここは農作物の集積地。行軍に必要な食料を少しでも補給するつもりでいたんです」
倉庫を覗いてみたところ魔物によって食い荒らされていた。
俺たちの侵入にも気づかず暢気に昼寝をしていたレッドジャッカルは食糧が得られると期待していた兵士によって倒されている。
「問題は食糧が食い荒らされている事だけじゃないです。食糧を運ぶ為の荷馬車も逃走したことで置いてきてしまいました」
落ち着いていた部隊が轢いてきた荷馬車のみ。
余分な食料を積み込んでいる余裕はなかった。
「幸か不幸か、ガルディス帝国軍の人数が減ったことで必要な食料の量は減りました。手持ちの食料だけでも行って帰って来るぐらいの余裕はあります」
「あの、少しよろしいですか?」
「……ん?」
都市の様子を確認していたメリッサが戻って来た。
「一つ確認していただきたい物があるのですが、よろしいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます」
メリッサに案内されたのは領主の住まう城。
元々は王城だったこともあって、かなり大きい。
迷うことなく城を奥へ進んでいく。すると、ぽっかりと大きな穴の空いた空間があり、アイラが待っていた。
「なんだ、ここ?」
「魔法で調べていたところ地下に空間があることを感知しました。それで、さらに調査したところ階段のようになっている場所を感知したのですが……」
「仕掛けがあるんだろうけど、肝心な仕掛けを見つけることができなかったの」
で、魔法を使って無理矢理空けてしまった、と……
「空けてしまったものは仕方ない。それで、地下には何があった?」
「ついて来れば分かるわ」
アイラを先頭に階段を下りて行く。
だが、しばらく歩いても下につかない。
「随分と深いな」
「それだけ見つかりたくない物があったんでしょ」
「城に地下室があるのは報告を受けて知っていました。たしか騎士団の訓練場だったはずなんですが……」
「そっちは別にあります。今から案内するのは、もっと深い場所にあります」
ようやく辿り着いた場所は床や天井、壁が硬く舗装された広い空間。強度があるため地震が起きても崩壊は免れるだろう。
「これは……」
広い空間には木箱がいくつも並べられていた。
その一つに触れてホルクス将軍が蓋を開けてみる。すると、中には野菜が保管されていた。
「こっちは果物です」
木箱には無事な食料が保管されていた。
さすがに、こんな場所まで魔物が侵入してくることはなかった。
「でも、どうしてこんな場所に?」
「横領ですよ」
メリッサがボソッと呟いた。
「実際の収穫量よりも少なく申告し、隠しておいた分については秘密裏に売り捌いていたのでしょう。それまで別の場所で保管しておく必要があります。ここは、その為の場所だと思われます」
これは横領の証拠になる。
本来なら手を付けるべきではない代物。
「たとえ証拠があったとしても訴えられる者も裁く者もいません。これらの食料は、ここで朽ち果てるだけの代物なのです」
「勿体ない」
そういうことなら有効利用させてもらおう。
保管されていた食料を全て【道具箱】へ移動させると、何もなくなったことで広くなった空間が現れた。
「ホルクス将軍に確認してもらったのは、今のを私たちの報酬に考慮してもらう為です。一時的に預かっただけですが、後に不正は発覚して問題にされることがないよう証言していただきたいのです」
「分かりました。私、立会いの下で回収されたことを報告します」
ホルクス将軍は、今回の行軍における最高責任者。
彼が証言してくれるのなら信用度も高い。
「他の者に見せないのは、これが不正な蓄財だからです。あまり表沙汰にするような事ではないですし、表沙汰にするとしても決めるのは権限のある者です。私たちが勝手に決めるべきではないでしょう」
「もちろんです。今回の件は他言無用でお願いします」
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