第21話 小鬼呪術師
三人称視点です。
姿を消したシルビアが平原を駆ける。
ゴブリンの体は小さく、子供ぐらいの背丈なため背の高い草むらなら隠れることも可能だ。
地形を奇襲に利用した。
奇襲を考えることができたとしても普通のゴブリンの知能では物陰に隠れて待ち伏せするのが精一杯。同行しているオークも同様。奇襲を受けた時点でシルビアはゴブリンたちの背後に奇襲を考えられるほどの知能を持った魔物がいることを想定していた。
ポワ~~~ン。
「……ん?」
奇妙な感覚を受けてシルビアの思考が逸れる。
しかし、目的へ向けて足が止まることはない。それに奇妙な感覚は目的地の方から放たれていた。
「グギャ!?」
奇妙な感覚の直後、一際大きなゴブリンの声が上がる。
向かう先にいるのは髑髏のついた杖を持ち、ボロボロのローブを纏ったガリガリに痩せたゴブリン。
杖は内部から放たれる光が溢れており、ゴブリンがシルビアの方へと向ける。
「気配は消していたはずなんだけどね」
音を立てて草原を走っているというのにゴブリンやオークが気付いた様子はなかった。シルビアの狙いは、敵の指揮官のみ。
小鬼呪術師。
呪術を扱うことができ、肉体の能力は見た目通りで低いが、それを補って余りある知能がある。
そして、呪術によって他の魔物を従えることができる。ゴブリン種の下位なら問答無用で従えることができ、力が強ければゴブリンよりも強いオークすらも従えることができる。
ゴブリンシャーマンの杖が怪しく光る。
「なるほど。迷宮のボスレベルってこと……」
放たれた光がハイオークへと伸び、光を受けたハイオークがシルビアへと迫る。
ハイオークの巨腕が地面へと叩き付けられて陥没する。
「かわいそうに」
しかし、陥没した地面にシルビアの姿はない。
短い言葉だけを残してハイオークから離れていた。向かう先にいるのは怯えた表情をするゴブリンシャーマン。
「操られた状態で戦ったら十全な力は発揮できない。無理矢理従わせているような奴には負けない」
草むらから3体のゴブリンが飛び掛かる。
ゴブリンシャーマンの呪術によって気配を薄くされていたゴブリンだ。最初の奇襲も呪術で気配を消していたからこそ誰もゴブリンアーチャーの存在に気付くことができなかった。
「何度も騙される訳ないでしょ」
飛び掛かって来たゴブリンの体を掴んで後ろへと投げる。
「え、あれ……?」
「ゴブリン?」
投げられた先では十人の兵士が固まっていた。混戦の中、無防備な体を晒しているゴブリンを放置するはずがない。
「もう、終わり?」
「グ、ギィィ!」
薄く笑みを浮かべながら尋ねるとゴブリンシャーマンが激昂する。知能が多少なりともあるからこそ馬鹿にされたことが分かった。
ゴブリンシャーマンの周囲に火球がいくつも生まれる。
「普通の火球じゃない?」
ゴブリンシャーマンへ向かって走るシルビア。
しかし、行く手を阻む為に何十体という数のゴブリンが飛び掛かってくる度に減速を余儀なくされる。
ゴブリンシャーマンの周囲に浮かんでいる火球は紫色をしている。
紫色の火球を見た瞬間、シルビアの胸の中で何かがドクンと跳ねる。
「人魂、ね」
呪術によって作られた炎。
その炎が燃やすのは物質ではなく、魂。
感覚が鋭いシルビアが人魂の火球を見たことで自らの魂を震わさせられていた。
ああ、なんて……
「なんて歪な炎なんだろう」
「グギャッ!」
シルビアの笑みを見て恐怖したゴブリンシャーマンが人魂の火球を放つ。
同時にシルビアがナイフを投げる。一直線に火球よりも速く投げられたナイフがゴブリンシャーマンの眉間へと到達して……
「……刺さらない?」
そのままゴブリンシャーマンの体をすり抜けてしまった。
まるで、シルビアの使う【壁抜け】のよう……
「ううん、違う」
シルビアの眼前まで迫った人魂の火球。
しかし、忽然と形を失って消えてしまった。
「――【虚空の手】」
迫る火球を一瞥しただけで握り潰して無効化すると加速する。
ゴブリンが気付いた時には組み伏せられていた。
「酷い指揮官。部下に奇襲をさせて自分は安全な所から高見の見物。そして、自分の位置がわたしにバレたと知るや否や、自分が逃げる為だけに部下を犠牲にした」
組み伏せられたのはゴブリンシャーマン。
派手な火球によってシルビアの注意を惹く。しかし、浮いていた火球の中心にいたのはゴブリンシャーマンの幻影。シルビアの投げたナイフがすり抜けてしまったのも幻影だったから。
そうして幻影へ攻撃を仕掛け、意識が完全に向けられた隙を狙って別の場所で隠れていたゴブリンシャーマンは逃げ出していた。
混沌とした戦場を放置したまま。
「もう、けっこうな数を人間が倒された。グレンヴァルガ軍がモンストンへの急行を優先させたことから死体を放置して行くだろうと思ったあなたは後から死体を回収するつもりだった」
美味しい人間の肉を喰らう機会は得られた。
後は、無事に逃げ果せることができれば十分だった。
「そういうの、わたしは嫌いなの」
シルビアの短剣がゴブリンシャーマンの首を掻っ切る。
弱々しく痙攣した後でゴブリンシャーマンが息絶える。
「さて、これで--」
奇襲の為に気配を消されていたゴブリンたちの位置が手に取るように分かるようになった。
ちょうど10体ほどのゴブリンが隠れたままの場所に気付く。
そこへナイフを1本投げ入れると――
『グギャ!?』
ナイフに怯えたゴブリンたちが草むらから出て行く。
しかし、どこを見渡しても人間の兵士ばかり。統率されておらず、怯えるばかりのゴブリンたちは兵士にとって格好の餌でしかない。
そうして、隠れているゴブリンたちを脅して炙り出していく。
ゴブリンにとって隠れていた自分たちを追い出すシルビアは恐怖の対象に見えてしまう。
「これだと、わたしが悪いみたいじゃない」
元々ゴブリンは臆病な性格。
今回はゴブリンシャーマンに操られていたから自分たちよりも強い兵士たちを襲うことができていた。ところが、ゴブリンシャーマンが倒されたことで彼らに掛けられていた気力を振り絞る呪術が消えてしまった。
「落ち着いて対処しろ! ゴブリンの数は多いが、こちらの方が数は多い。冷静に対処することができれば生き残ることは難しくない」
ホランド将軍の指揮で崩れかかっていたガルディス帝国も奮戦している。
数人の兵士が協力すればオークを相手にすることもできる。
この戦場で脅威となるのはハイオークぐらいだ。
「ここまで協力してあげたんだし、もう少し手を貸そうか」
「グワァ!」
ハイオークの目にナイフが突き刺さる。
シルビアから放たれる殺気でナイフを投げたのが彼女だと判断したハイオークが目の痛みに耐えながら斧を振り回す。
だが、斧が一周した時には首を斬られていた。ガリガリに痩せていたゴブリンシャーマンと違って屈強なハイオークからは大量の血が流れる。
両手に短剣を持った一人の少女を恐れるハイオーク。
シルビアが次の獲物を定めて踏み出す。
「……! 全員、伏せ……ううん、防御して!」
ガルディス帝国軍へ向かってシルビアが叫ぶ。
次の瞬間、空から光の柱が降って来る。
発売まで、あと10日。
表紙の完成とかギリギリになるみたいです。




