第30話 獅子の双拳
地下81階。
廃都市の外には荒野が広がっている。
そこまで移動するよう俺の訓練相手から言われた。
「ここなら、どれだけ暴れたとしても問題ないはずだ」
獅子の姿のまま人の言葉が紡がれると違和感しかない。
「さっさと【人化】しろ」
「む、そうか」
金色の獅子の体が光に包まれる。
光が形を変え、現れたのは全身を金色の毛に覆われた体長2メートルを超える青年。顔や体格そのものは人なのだが、頭の上には丸まった獅子の獣耳があるところを見ると獣人寄りな姿をしていた。
「これでいいか?」
「ああ、問題ない」
獣人を相手に会話をしていると思った方が落ち着く。
「こっちへ来ていいのか?」
獅子型の魔物――黄金の鬣。
彼には処分場の門番を任せていたはずだ。
「あそこには分身体を置いてきた」
分身体、と言っているが魔力をその場に留めておき存在感を持たせているだけの存在。幻、と言ってもいいような存在で何かができる訳ではない。しかし、存在感だけは本物と遜色ない。
「オレの恐ろしさは奴らが分かっている。本物と見分けがつかないなら無謀に挑むような真似はしないだろ」
それに万が一にも黄金の鬣の奥へ辿り着いて転移結晶に触れることができたとしても使用禁止状態であるため地上へ戻ることはできない。
「それで、女たちの鍛錬を見てどうだった?」
「みんな頑張っていることは分かった」
腰に差していた剣を外して拳を構える。
わざわざ彼が出てきたのには理由がある。
「随分と仲間に恵まれたな」
「そうだな。俺には勿体ないぐらいだ」
「お前の役割は分かっているな」
誰かに欠けている能力は他の仲間が補ってくれる。
そして、今のパーティで俺がすべき事がある。
「あのパーティには破壊力が欠けている」
攻撃力ならアイラがいる。
広範囲を殲滅するならノエルやメリッサだっている。
「ゴーレム戦は苦労させられたな」
硬い相手に対する破壊力。
どんなに高い攻撃力を誇る攻撃も当てられなければ意味がない。
「俺は剣士だから格闘術なんて習得するつもりはなかった」
しかし、そうも言っていられなくなった。
「ゴーレムを今のパーティで相手にするなら俺の【魔導衝波】が有効だ。このスキルは魔力量に比例して威力が高くなる。俺の魔力量なら砕けない物はないだろ」
剣で斬れないような相手と戦った時の切り札。
それが、今までの【魔導衝波】の立ち位置だった。
「けど、あいつらの穴を補おうと思ったらそれだと不足している」
自慢ではないが、迷宮主である俺は何でもできると言ってもいい。
だからこそパーティ内で役割を考えた時、自分にできる事よりも他の誰にもできない事を探した。
「威力に関しては申し分ないはずだ。一発で足りないなら二発、三発と叩き込んでいけばいいだけの話だ」
「そうだな」
「だけど、その一発を当てることができないと意味がない」
黄金の鬣もようやく拳を握って構える。
掲げられた両手が曲げられ、拳が視線の横で構えられている。
「オレに一発でも当てられるようになれ」
「一発だけでいいのか?」
「ああ。簡単そうに思えるかもしれないが、その一発すら当てることができないはずだ」
「随分な自信だな」
会話をしながら一気に懐へと飛び込む。
黄金の鬣は未だに正面を向いたまま。その無防備な横腹を殴るように拳を叩き込む。
これで提示された条件は達成される。
「鍛えられたいい拳だ」
伸ばした右腕が斜め上から叩かれて逸れる。
魔力でガードしていたおかげで大きな怪我を負うことはなかったが、姿勢が崩されてふらつく。
どうにか持ち直したところへ顔面を殴られて吹き飛ぶ。
「がぁ……!」
口の中に溜まっていた血を吐き出す。
今の一撃で血がでるほど口の中が傷付き、歯も何本か抜けそうになっている。
立ちながら回復魔法で傷を癒し、殴った張本人である黄金の鬣を見ると最初の位置から動くことなく両拳を構えていた。
「攻撃はするのか」
「自分から率先して攻撃するつもりはない。しかし、反撃ぐらいはさせてもらう。それぐらいの緊張感があった方が効果あるだろ」
今の攻撃で黄金の鬣の攻撃力は分かった。
だからこそ迂闊に受けようとは思えなくなった。
「上手く入ったと思ったんだけどな」
「お前にはオレの横腹が無防備に見えたんだろうな」
まるで吸い込まれるように拳を叩き込んでいた。
「よく見ていろ」
「?」
拳を構える黄金の鬣を見る。
目線の高さで構えられた右拳が一瞬だけブレ、顔に衝撃が当たって後ろへ吹き飛ばされる。
手で顔を触ってみると鼻から血が流れているのが分かった。
「今のは……?」
「安心しろ、スキルなんかじゃない――ただ速いだけの拳だ」
「は?」
「今の反応からしてブレるところまでは見えたはずだ」
迷宮主のステータスでも捉えることができないほどの速度。
高速で動かすことによって空気を押し出して相手へ叩き付ける。しかも、俺でもダメージを受けてしまうほどの威力。
「今のは少しばかり手加減をしている。普通の人間が相手だったら軽い攻撃だけで頭部が粉々になるレベルだけどな」
「おいおい……そんな攻撃を使うなよ」
「大丈夫だと思っていたから撃った。けど、今ので分かったな」
反応しておらず、確実に当てられると思えた状態。
そんな状態からでも迎撃できるだけの速度が黄金の鬣にはある。
「不意打ちは通用しないっていうことか」
「それだけじゃない。相手の隙を見抜く力はある。だからこそ、どこを狙って攻撃してきたのか知ることができたんだ」
まんまと誘き寄せられた。
俺の中で、相手は知能の低い魔物だという油断があった。だが、黄金の鬣の力を思えば下手な格闘家よりもずっと多くの事を考えている。
おそらく俺の考えている事程度は読まれていると思った方がいい。
「だったら、こういうのはどうだ!」
黄金の鬣の左胸へ拳を叩き付けるべく腕を伸ばす。
その腕を黄金の鬣の拳によって弾かれる。
「まだだ!」
どうにか踏み止まると、そのまま左腕を伸ばす。
「狙いは悪くない」
伸ばした左拳と正面から撃ち合うように拳が突き出され、再び弾かれる。
だが、その程度で諦めない。何度も両手の拳を突き出して防御の突破を試みる。
「そうだ。ステータスはお前の方が上だ。だが、格闘家としての経験ならオレの方が上だ。下手な事を考えるよりも相手の防御を撃ち抜けるほどの気概を拳に込めろ。そうすれば自然と威力は高まる」
「……簡単に言ってくれる!」
迎撃される度に腕へ激痛が走る。
回復魔法を掛けることで耐え、根性のみで拳を打っている。
「……っ!」
しかし、五発目のところで限界が訪れて連撃が止まる。
痛みに顔を歪め、無防備な体を晒したところで下から蹴り上げられて吹き飛ばされる。
「その程度で限界か?」
「冗談……!」
「オレは女連中には手加減をするつもりがある。だけど、主だからと言って男相手に手加減するつもりはない。ま、訓練で済ませられる程度には手加減をしてやる」
「随分と上から目線だな」
「事実だからな。剣や魔法、スキルありの戦いなら苦戦させられるだろ。だけど、肉弾戦ならオレの負ける要因の方が見つからない」
余裕綽々といった様子の黄金の鬣。
今も腕を組んで俺の回復を待っている。
「ぜってぇ、一発ぶち込んでやる」
「せいぜい待たせてもらうことにするさ」




