第22話 弾丸の価値-前-
アリスターの街を歩く。
辺境にある街だが、豊富な資源によって栄えているため多くの人が住み、街には様々な店が並んでいる。
大通りから奥へ路地を入った先、鉄を叩く音が響くようになる。
この辺は鍛冶通りと呼ばれるほど鍛冶屋が多い地区だった。それというのも、槌の音が煩いせいで周囲からの文句が酷く、このように街の方で一か所に集められるようになった。
武器屋や防具屋が立ち並んでいる。
自分たちの装備品は迷宮の力で用意した方が強力だったため俺たちは装備の手入れに必要な道具を購入する為や旅に欠かせない消耗品の類を購入する目的でしか訪れたことがない。
目的はない。
けれども、目的もなくブラブラしていると思いがけない情報を手にすることがある。
「あ……ネイサンさん」
「マルスか」
外から店に並べられている武器を眺めていると鍛冶屋から出てきたネイサンさんと出くわした。
ブレイズさんのパーティメンバーで、アリスターにいる冒険者の中では上位に位置する冒険者なので、それなりに忙しくしていたはずだ。
ところが、今のネイサンさんは暇そうに見える。
「休暇ですか?」
ブレイズさんたちが受ける依頼はたくさんあっても休まなければ依頼の失敗に繋がることになる。そのため大きな依頼を受けて収入があった冒険者は、しばらく休むのが普通だった。
少し前に『遺跡』攻略の依頼を引き受けたばかりのブレイズさんたち。
あれから半月近い時間が経過していることを考えると、もう依頼を引き受けていてもおかしくない時期だった。
「いや……ああ、しばらくは暇になるだろうな」
最初は否定しようとしたネイサンさんだったけど、すぐに頭を振って自分の言葉を訂正する。
「何かあったんですか?」
頻繁に顔を合わせる訳ではないが、今日のネイサンさんはどこか覇気がないように見える。
普段から言葉の少ない彼だが、身の内には狩人としての闘気があった。
それが全く感じられない。
「実は、ブレイズとマリアンヌの間に子供ができてな」
「よかったじゃないですか」
「それで、危険な依頼とかは受けられなくなったんだ」
パーティメンバーの減少。
安全志向になる意識。
守るべき存在が増えたことで残された者に問題が圧し掛かっていた。
「金の掛かる戦い方をしているからな。弾丸を用意する為にも儲かる依頼を受けたいところなんだけどな」
「それだったらいい物がありますよ」
収納リングから取り出す……ふりをして道具箱から小さな箱を取り出す。
蓋を開けて中に入っていたのは数十発の弾丸。しかも、ちょうどネイサンさんが扱っている銃に適した弾丸だ。
「どうして、お前が弾丸なんて持っているんだ? 誰も使わないだろ」
パーティ内で銃を扱う者はいない。
普通は銃弾なんて高価な代物を余っているように所持しているはずがない。
「迷宮で手に入れた物なんですよ」
「迷宮……たしかに宝箱にならあるかもしれないけど、今までに見つかったなんていう話は聞いたことがないぞ」
「さあ? 今までの話は知りませんけど、鉱山フィールドを探索していたら埋まっていた宝箱を見つけましたよ」
迷宮には『構造変化』がある。
これまでには見つからなかった物がいきなり見つかるようになっても不思議には思われない。
「よければ譲りますよ」
誰も銃弾を必要としていないのだから知り合いに譲ることにも不信感はない。
「いや、さすがにタダで貰うのは悪い」
けれども、先輩としての意地から定価で引き取ることを決めてくれた。
俺としてはタダで譲っても問題なかったんだけど……
「もしかしたら他にも弾丸の入った宝箱があるかもしれませんよ」
「迷宮、か……」
「あれ? あまり迷宮へ行ったことがありませんか?」
アリスターを拠点に活動している冒険者なら大半が迷宮へ行ったことがある。
迷宮主特権でネイサンさんが迷宮へ行ったことがないのは知っている。
「どちらかと言えば、ギルドで依頼を受けて魔物退治を専門にしていたから迷宮へは行ったことがなかったんだな」
迷宮で高価な素材を持ち帰る。
そっちの方がアリスターでは儲けることができる。魔物を討伐して得られる報酬の方が高いのだが、迷宮の場合は方法さえ確率させてしまえば確実に稼ぐことができるため最終的には儲けられる。
「魔物討伐の依頼が引き受けられないなら、迷宮へ行ってみるのも手ではないですか」
「ああ、そうだな。考えておく」
銃弾を受け取って離れて行くネイサンさん。
「おい、ボウズ」
その場に残された俺に話し掛ける人物がいた。
「あ、すいません」
「『すいません』じゃねぇよ。商売の邪魔しやがって!」
現れた赤茶けた髪と髭をもじゃもじゃに生やしたずんぐりむっくりとした背の低い男性。
目の前にある工房で鍛冶師をしている男性だった。
「あいつはオレのお得意様だったんだよ。それをオレが作る弾丸よりも性能のいい物をオレよりも安く売るような真似をしやがって」
「申し訳ないです。あの人には新人の頃、お世話になったもので……」
「お前のことは知っている。マルスだろ」
「あ、知っていましたか?」
鍛冶師の男性とは初対面だ。
「馬鹿言うな。今のこの街でお前たちの事を知らない鍛冶師はいない。オレたち鍛冶師は冒険者も相手にしているんだぞ。お前たちの情報なんて客がベラベラ喋ってくれるさ」
「おいおい……」
ここには個人情報なんて存在しない。
「ま、気にするだけ無駄だ。それに、お前たち自身にも問題がある」
「俺たち?」
「ああ。冒険者なのに武器屋や防具屋、鍛冶屋も滅多に利用しない冒険者。こっちとしては上客には利用してほしいところなんだが、相手が異端とあっちゃ商売ができない」
「こっちにも事情があって利用する機会がなかったんですよ」
「そう言えるだけで異常だっていうのが分かるよ」
鍛冶師の男性が笑みを浮かべながら見てくる。
「何か?」
「紹介が遅れたな。オレは鍛冶師のベスタだ。せっかくこんな所まで来たんだからオレの商品でも見て行ってくれよ」
「あ、ちょっと……!」
そう言って無理矢理工房内へと引っ張っていくベスタ。
工房は奥の方が作業場になっており、手前側に多種多様な武器が並べられていた。商売は武器屋へ卸して行っているのだろうが、自分で売る為の商品もいくつか確保していた。
細身の剣から大剣まで様々な剣が並べられている。
他にも槍や斧といった武器も並べられているが、大半が剣で占められている。
「お前が剣士だっていうことは聞いて知っている。お前の目から見てオレの作品はどうだ?」
「どうだ、って言われても……」
試しに神剣を抜いて見せてみる。
「これは……!」
「この剣は、俺が冒険者になった頃に迷宮で手に入れた物です。アリスターへ来る前にいた村では安物の剣ぐらいしか手にしていなかったので、ここに並べられている剣が上質な代物だっていうことぐらいは分かります。だけど、俺に分かるのはそれぐらいですね」
どれだけ最高の出来だったとしても神剣を越える出来にはならない。
あんな強力な剣を手にしていれば他の剣を必要とする機会などあるはずがない。
「ただ、気になったのはどうしてこんなに剣が多いんですか?」
「オレは元から剣専門の鍛冶師だ。だが、他の武器も見て欲しいって頼まれている内に色々な物にも手を出したんだよ」
「剣専門? でも、だったらどうしてネイサンさんが--」
ネイサンさんの武器は銃。
先ほど自分で『お得意様』と言っていた。銃を整備しているのか、弾丸を用意しているのかは分からないが剣よりもずっと扱いが難しい物と向き合っているのは確かだ。
「奴らはパーティでここを訪れたんだ。最初はブレイズの野郎の剣を見ていただけだったんだが、ガキだったあいつらは遠慮なく自分たちの武器も見るように言ってきたんだよ」
それから十年以上もの間、彼らの専属として装備を見ていた。
親にも近い感情を抱いていた。それが自分の店先で客を奪われるような真似をされれば機嫌も悪くなる。
「あいつから金を貰ったんだ。さっき見せてくれた上等な剣を使っているならオレのなんて必要ないかもしれないだろうけど、予備ぐらいは持っておいた方がいいだろ」
【宝箱】があるから予備も必要ない。
けど、男性の気迫に押されて手近な場所に飾られていた剣を買ってしまった。
「せっかくだから1本貰って行くことにしますよ」




