第20話 ミキサー
冷やされた新しいジュースは1時間もしない内に話題となる。
「はい、気を付けて持ってね」
「うん!」
蜜柑を潰したジュースを手にした子供が屋台から離れて行く。
ジュースの値段は銅貨3枚。子供でも買えるような値段だ。
お金と引き換えに木を削って造られたコップに注がれたジュースを受け取る。コップは俺たちが用意した物で、飲み終わった後は屋台へ戻さなければならない。が、この方法が最も経費削減出来ている。
「メリッサ、コップが足りなくなってきたからお願い」
「では、接客はお願いしますね」
メリッサが手を翳すと灰色の球体が生まれる。
そこへ回収したコップを放り込んでいく。掌に乗る程度のサイズしかない球体なのだが、何十個というコップを放り込んでも灰色の球体に変化はない。
「【水魔法:水球】、【錬金】」
灰色の球体内へ水と洗剤が注がれる。どちらもメリッサが魔法で生み出した物で魔力と簡単な素材ぐらいしか消費していない。
「【風渦】」
次に渦巻く風が生み出される。本当に弱い風で、僅かな涼しさを感じる程度の力しかない。そんな強さの風だからこそ水を掻き混ぜるのに役立つ。
「【温風】」
暖かい風によってコップについた水が吹き飛ばされ、乾かされる。
周囲に水が飛び散っていてもおかしくないような魔法の使い方をしているが、メリッサ自身や周囲に濡れた様子はない。
その理由は灰色の球体にあった。【空間魔法】によって生み出された球体。収納リングと同様にあらゆる物を取り込むことができる。収納リングと決定的に違うのは、メリッサの魔法によって生み出された空間であるため外からも干渉ができる、という点だった。おかげで水や洗剤を注いで洗うことができる。
本来なら高度な魔法で、家事に使うような魔法ではない。が、メリッサにとっては今さらな話だ。
収納空間から取り出されたコップが屋台に並べられる。
『おお~!』
屋台の前で歓声が上がる。
最初は物珍しさと安さで顔を出した子供たちに売り出しただけだった。ところが、暑さに負けた大人たちが子供たちの間で噂になっている飲み物に釣られて行列を作っていた。
暑さで倒れそうな状況でよくやる。
何もない場所へコップが並べられる光景は、待っている人々にとって娯楽になったようで喜んでいた。
「おい、どきやがれ!」
こうして暑い中で待っていると苛立つ人が現れる。
並んでいた人たちを押し退けて一人の男が押し入ってきた。
「さっさと寄越せ!」
銅貨3枚を置きながら怒鳴る男。
鍛えられた体と剣を装備した軽装でいるところから冒険者だと判断できる。
「申し訳ございません。きちんと並んでください。並ばれていない方にお売りするような商品はありません」
シルビアが営業スマイルを浮かべながら辞退する。
実際には腸が煮えくり返りそうなほど怒っていた。無理に押し入ったせいで並んでいた子供が転んでしまっていた。
「あ!? オレには渡せねぇっていうのか!」
「並んでいただければお売りしますよ」
「チッ、こっちに来れば今の王都よりは稼げるって聞いたから来たっていうのに……こう、暑くちゃやっていられねぇんだよ!」
今の王都はバタバタしていて雑用系の依頼が多かった。王都を治める新しい王族が混乱状態にあるため儲かる仕事が少ない。逆にアリスターの方が安定して稼ぐことができるため噂を聞き付けてやって来た連中の一人だろう。
春は新しく訪れる者が多い季節だが、今年はいつも以上にそういった者が多い。
苛立った男が屋台を強く叩く。
男が叩いた時の感触に驚いている。木製のように見えるが……いや、厳密には木製なのだが、トレントを利用して魔力で強化しているため金属並みの強度を持っているため叩いた男の方が拳を痛めていた。
「ひゃっ!?」
ただ、その音に真面目に並んでいた子供が驚いて身を竦ませてしまった。
その時点で男の判決は決まったようなものだ。
「はい、こっちにいらっしゃい」
「あ、おい……って、どんな力だよ」
アイラに肩を掴まれて広場の奥へと消えていく男。
とにかく死体になっていないことだけを祈っておこう。
「驚かせてごめんなさいね。君たちには無料であげる」
「ありがとう!」
「はい」
転んだ子と驚かされた子にジュースを渡すシルビア。
ジュースの販売では儲けはほとんど出ていない。1杯や2杯程度を無料で渡したところで痛手にはならない。
この屋台は、本当の客を釣る為の餌でしかない。
「いやはや素晴らしい物をお使いですね」
来た――!
問題が発生した時に備えて待機しているように見せるため、屋台の傍で立っていた俺に声を掛ける人物がいた。
振り向くと眼鏡を掛けた細身の壮年男性が立っていた。
「あの屋台で使われている魔法道具は何ですか?」
「筒の中に入れられた物を刻む魔法道具です。中にある刃が回転して刻むと同時にすり潰しも行っているので今までにないジュースが出来上がるわけです」
「ほう……!」
今までに見たことのない商人。アリスターを拠点にしている中規模以上の商人なら顔を合わせたことがあるので知っているが、儲かっているように見える商人であるにも関わらず俺の知らない商人だった。おそらく行商で訪れた商人なのだろう。
「あなたは?」
「申し訳ございません。私はユピメス商会で商人をしている者です。こちらへは商談の帰りに立ち寄っただけなのですが、面白い物を見つけることができました」
商人の目は、シルビアの使っている魔法道具へ向けられている。
しかし、意識は俺の方へと向けられている。それも商談相手としてだ。
「さすがは現在のアリスターにおける最強の冒険者。珍しい物も所持しているのですね」
相手はしっかりと俺の事を調べていた。
アリスターへ来たばかりの冒険者は俺たちの事が分からなかったみたいだが、情報に敏感な商人は下調べをしていた。
「この街を訪れるのなら当然知っておかなければならない情報です。アレは、彼が愚かなだけです」
「それよりも商談へ移りましょう」
「ええ、そうですね。商売において時というのは何よりも貴重なものです。可能ならば、あの魔法道具の造り方を教えていただけませんか?」
「それは難しいですね」
今は飲み物を作る為の道具として使用しているから安全性がある。
ところが、本来の使い方のように人間を斬り刻む為に使われるようになれば危険度は一気に上がる。
そんな物を流通させるつもりはない。
「あの道具をそのまま売り出すなら応じてもいいですよ」
「よろしいのですか?」
「ええ。ある存在から譲り受けた技術です。技術というのは広く知らしめる必要があると思っています。ただ、そのまま広めてしまうと俺たちが儲からない」
収納リングから同じ物を5つ出す。
「……最初から私のような者が現れるのを予想していましたね」
「いいえ、待っていたんですよ」
こんな目立つ場所で人を集めて珍しい物を使って商売をすれば商人の意識を集めることができると予想していた。
ジュースを売っているのは、一般人の意識を集める為。誰もが完成したジュースに注目してジュースを作る為の道具を気にしていない。それだけ暑さに参っているということだ。
だが、商売に目敏い商人は、もっと儲けられる物に注目した。
「今、用意できるのは5つまでです。一つにつき金貨2枚で売り出しましょう」
「けっこうしますね」
「こちらも製品化までに金を使いましたからね。安定して用意できるまでは、このぐらいの金額を要求させてもらいますよ」
大嘘だ。
魔法道具を造る為の素材は迷宮から得られた金属。製造方法にしても迷宮が遺してくれたため情報を吸い上げる手間ぐらいしか掛かっていない。
問題は、嘘を見破る為の情報を商人が持っていないことだ。
「あなたなら気付いていると思いますが、店を開いているのは魔法道具の有用性を示す為です。今日の売上を元に明日にはアルケイン商会へ売り込みに行こうと考えています。伝もありますから高値で買い取ってくれるでしょう」
身内という伝もある。
大商会の名前を出されて商人が考え込む。
「いいでしょう。今、売られている魔法道具は買い取らせてもらいます」
「ありがとうございます」
「できることなら次に訪れる時には、もっと多くの魔法道具が売られていると嬉しいですね」
「ええ、ちゃんと用意しておきますよ」
金貨10枚で魔法道具を売り渡す。
商人が離れたところでイリスがボソッと呟いた。
「嘘つき」
「嘘なんて吐いていないさ」
今ある魔法道具は5つで全てだ。
だが、明日には同じ物が二つ出来上がる。アルケイン商会へは、その二つを持って行くことになる。
「あそこには身内価格できちんと売ってあげるよ」




