第15話 ガルディス帝国との戦争状況-中-
今年もグレンヴァルガ帝国とガルディス帝国の戦争が始まってしまった。戦争と言っても本気で相手国を攻め滅ぼすような戦いではなく、国境へ戦力を集中させて互いに戦うのが目的の戦争。
どこか恒例行事みたいな空気がある。
「それは困るんだよ」
当事国の最高責任者に文句を言わずにはいられない。
去年だって戦争が起こっていたからガルディス帝国へ行くことができなかった。
「こっちは攻められた側だ。文句を言われても困る」
常に侵略を行っているのはガルディス帝国の方。
同じ帝国を名乗っていることから目の敵のように襲い続けている。互いの国境線で戦争をしていないのは、雪に鎖される冬ぐらい。
「ガルディス帝国がどういう国なのか知っているか?」
「……」
全く知らないと言っていい。
いや、迷宮のある都市を訪れるつもりでいたため地理なんかは頭に入っているもののリオが言いたいのはそういうことではないだろう。
こういう時に頼れるのはメリッサだ。
「……元々はいくつもの中小国家の一つでしかなかったガルディス王国でしたが、王子の一人が皇帝を名乗って周囲の国を次々と飲み込んでいったことで最終的には大国と呼ばれるほどの規模になりました。ですが、これは今から100年以上も前の出来――5代前の皇帝の偉業です」
偉業を為した皇帝も既に老衰によって亡くなっている。
「統合する前の今ガルディス帝国がある地域は常に戦争が起こっているような場所だったらしい」
「今と変わらないじゃないか」
「そんな生易しい状況じゃなかったらしい。本気で相手を憎み、領土を奪うことを目的にしていたようだ」
南には大国であるグレンヴァルガ帝国。
ここへ喧嘩を売るような真似をする者はおらず、お互いの領土を奪いような凄惨な日々が続いていた。
そんな状況を憂いたのが王子の一人でしかなかった皇帝になる男。
「貴方と似たような立場の方でしたね」
メリッサの視線がリオへ向けられる。
リオも帝位継承権がないに等しい皇子だった。そして、件の王子も継承順位が低いために国王になれる可能性は非常に低かった。
「それでも正義感に溢れていた王子は、争ってばかりで苦しんでいる人々を纏めて近隣諸国を攻め、戦力を増やし最終的には統合を果たすことに成功する。
国境を接するのは大国であるグレンヴァルガ帝国だけとなり、争っていた地域は平和を取り戻すことに成功した。
「それで終わりなのが一般に知られている美談だ。だが、現実はそこまで綺麗には終わらない」
「統合する為に拡大し続けた戦力はどうなると思いますか?」
「それは……」
最終的には数十万という規模にまで膨れ上がった戦力。
用途があった頃はよかったが、平和になったことで使い道のなくなった兵力は不要なものとなってしまった。
しかし、不要だからという理由で捨てられないのが兵力。
結局は民から吸い集めた税で軍費へ費やして兵力を維持するしかなかった。
当然、税を納めている民は無駄飯喰らいの兵士に不満を抱かないはずがない。また、兵士の方も侵略相手がおらず訓練をするばかりの日々に嫌気が差していた。
もちろん皇帝がその状況に気付かないはずがない。
「ウチとの戦争は、膨張し過ぎてしまった軍事力を消耗させる為のものでしかない。ふざけた話だけど、向こうはそんな理由で数十年もの間戦い続けている」
数年前までは小競り合いで戦力を維持する理由を作るのが目的だった。
ところが、発言力を持った貴族の一人が国力を低下させたグレンヴァルガ帝国を狙って攻勢に出た。
「今の敵さんは、治安維持に必要な最低限の戦力だけを残して攻めてきている。もちろん、こっちも相応に対処しないといけないから戦力を投入している。幸いにして今はメティス王国との戦争を考えなくていいから北へ集中させることができることが救いだ」
それだけの戦力が集まっているとグレンヴァルガ帝国側の戦力もピリピリして苛立っている。
「可能なら戦争状態の中を抜けることも考えたけど……」
「止めておけ。間諜とか疑われて足止めを受けることになる……間違ってもウチの兵士を殺すような真似はするなよ」
「そんなことはしないさ」
普通の国境を誰にも見つからずに抜ける自信ならある。
だが、さすがに戦争状態で警戒されている中を見つからずに抜ける自信まではない。打ち倒してしまってもいいのなら手段はないこともないが、グレンヴァルガ帝国の兵士を倒してしまうなど今まで築き上げてきた信頼を失うことになりかねない。
できることなら穏便に抜けてしまいたいところだ。
「ま、誰に咎められることもなく戦場へ辿り着く方法ならある」
「本当か!?」
「ああ。俺が同行すれば怪しまれることもないだろ」
「たしかにそうだけど……」
皇帝であるリオが隣にいれば咎められることもない。
「お前たちを護衛として戦場まで連れて行こう。その後は、秘密工作員とでも言うことにして侵入させてしまえば問題ない。帰りは自分たちの【転移】があるんだから戦場を寄る必要もないだろ」
「それなら侵入も可能だろうけど……」
「不満なのか?」
「不満、というよりも……」
「皇帝の護衛に冒険者を雇うのは問題じゃない?」
本来なら皇帝には騎士が護衛に就いていなければならない。
元冒険者で自身が騎士よりも強いリオであっても外聞を気にして普段は近衛騎士に守られている。さすがにプライベートな場所にまで踏み込んで来ないようでこの部屋にはいないみたいだが。
騎士を差し置いて冒険者が護衛に就くのは難しい。
「それなら問題ない。お前たち以外の冒険者だったなら、いくら俺が強く言ったところで部下は言うことを聞かないだろう。だが、お前たちは巨大な山に擬態したカルテアの襲撃の際に助けてくれた。実力は既に見せている。文句を言ってくるような連中がいれば、力でねじ伏せるまでの話だ」
「……いいのかな、それ」
ただし、リオが戦場を訪れるのは既に決定事項。戦場を皇帝自ら訪れることで軍の士気を向上させるのが目的らしい。
表向きにはそういうことになっている。
しかし、実際には俺のことを気遣って本来の予定にはなかった慰問をねじ込んでいた。
そのタイミングに合わせて戦場を訪れることにする。
「こっちも色々と予定がある。戦場を訪れるとしたら1カ月後になるだろう」
「随分と時間が掛かるな」
「俺もこっちを優先させたい。だけど、貴族連中の顔色伺いやら執務なんかでやらないといけないことが山積みになっているんだ。戦場へ行くなら数十日は帝都を離れる必要があるだろうから、訪問に備えて執務も前もって片付けておく必要がある。こんなに大変なら皇帝になんかならない方がよかったって思っていたぐらいだ」
愚痴を言いながら乱暴に紅茶を飲み干すリオ。
空になったカップを差し出すとカトレアさんが微笑みながらカップに紅茶を注いでいた。
「こんなことを言っていますけど、皆さんと会えるのを本当に楽しみにしていたんですよ」
「おい」
「今となっては冒険者の頃のように自由に動き回ることができませんからね。昔の同業者と会うこともできない。そんな状況で対等に話をすることができる貴方は本当に貴重な存在なんです」
「俺は別に……」
そっぽを向いてしまうリオ。
へぇ、そんな風に考えてくれていたなんてちょっと意外だな。
「ま、部屋に閉じこもって執務ばかりで息が詰まりそうになっているのは分かった。ちょっとした息抜きぐらいになら付き合ってやるよ」
「なら、何があったのか話せ。また神様とドンパチしたらしいな」
リオも神様との戦闘経験はない。
俺たちの体験に興味津々だった。
「やぁ!」
最近あった出来事を聞かせているとシエラの大きな声が聞こえてくる。
何かあったのか? 慌てて振り向くとガーディル皇子がシエラに殴り飛ばされるところだった。




