第18話 第3王子
「まだ開かないのか?」
「それが……私の力では開きそうに、ありません……」
「どうなっているんだ!?」
砦から出ると俺たちが最初に立っていた場所に第3王子のペッシュ・メティカリアがそこにいた。
彼は、土魔法を使える自分の部下に『壁』に穴を開けるよう命令していた。
目の前にある『壁』が普通の壁だったなら土魔法で開けることも可能だっただろうが、迷宮操作で造り出した壁は簡単に壊せるような代物ではない。あのように人の範疇に収まっている強者では開けることはできない。
「奴らはここから現れたんだ。なら、ここから出入りすることができるはずだ」
「分かっております……」
「それぐらいにしたらどうかな?」
壁に穴を開けて砦から脱出することに必死な彼らに向かって後ろから声を掛けると第3王子とその護衛である5人が振り返る。
取り巻きの彼らは俺たちの姿を知らなかったらしいが、第3王子は砦の中から俺たちの姿をしっかりと認識していたため砦から出てきた俺たちの姿を見て驚いていた。
「お、おまえたちは……」
「俺たちは街道を荒らす盗賊を討伐に来た善良な冒険者だ。お前が盗賊団の団長だな」
「なにを、言って……」
「知らない振りをしても無駄だぞ。1人だけ他の奴らよりも豪華な装備をしていることが何よりの証拠だ」
ペッシュ王子の装備は装飾が施されており、煌びやかだった。
護衛として傍にいる取り巻きも砦の中にいた盗賊よりも強い装備をしているもののペッシュ王子のように煌びやかではなかった。
これが普通の盗賊団なら団長が箔を付ける為に1人だけ豪華な装備をしていると言えるところだ。
ペッシュ王子は息を吐いて冷静さを取り戻していた。
「君たちは自分たちが何をしてしまったのか理解しているのか?」
「盗賊退治だろ」
「残念だが、それは違う」
「いや、そんなはずはない。中には盗賊にしか見えない連中がたくさんいたし、隠し部屋にあった財宝も全て回収してきたから後で確かめれば、それが盗まれた財宝だっていうのは分かることだ」
盗まれた財宝が隠された砦。
盗賊団のアジト以外に考えられない。
だが、ペッシュ王子は別のことが気になってしまったらしい。
「なに!? あれだけあった財宝を持ち帰って来たというのか!」
言いたいことは分かる。
俺たちは装備以外には何も持っていない。
財宝を持ち帰って来られるような余裕はない。
「ああ、俺たちは収納リングを持っているからあの程度は簡単に持って帰ることができるんだよ」
実際には収納限界のせいで道具箱に収納するしかなかったのだが、色々と説明が面倒だったので収納リングのおかげにする。
「そうか、空間拡張系の魔法道具か」
ペッシュ王子の思惑はおおよそ分かる。
俺たちは馬車のような運搬に必要な道具を一切持たずに姿を現した。砦の中に隠してある財宝は見つかったとしても1度に運べるような量ではない。そこで、まずは財宝よりも自分の命を優先させた。
まったく、持ち去った財宝の中に元の持ち主が分かるような代物があったならどうするつもりだったんだ。元の持ち主が見つかれば、財宝が盗まれた物だということになる。自然、この砦も盗賊団のアジトとなり、何度か出入りしていたペッシュ王子にも疑惑の目が向けられることになる。
「というわけで、盗賊団の皆さんには死んでもらうことにしましょう」
分かりやすく手を前に掲げると火球を出現させ、ペッシュ王子に向かって放つ。
「殿下っ」
盗賊に扮した兵士の1人がペッシュ王子の前に出て盾になり、火球を受け止める。当然の如く、火球を浴び炎に包まれた皮膚が焼き爛れ絶命する。
「ふむ、外したか」
もう1度火球を作り出すとペッシュ王子が目に見えて狼狽える。
「ま、待ってくれ……金か? 金が目的ならあるだけ渡そうじゃないか」
「財宝なら全て俺たちが回収した。お前たちが持っている財宝は全て討伐した俺たちに所有権があるから命乞いに金を積んだところで無意味だぞ」
「だったら女は――」
ペッシュ王子がチラッと俺の後ろにいる3人の眷属を見る。
金髪、紅髪、銀髪と揃っているいずれも見目麗しい少女たちだ。信用のならない女を何人も用意されたところで俺には眷属である3人がいれば十分だ。
「きさまたちは何が目的でこんなことをしているんだ!?」
「敢えて言うなら栄誉?」
「なんだと!?」
「街道を利用する商人を困らせていた盗賊問題を解決したとなれば俺たちの名声は上がるだろ。ああ、再発防止の為にも全員ここで死んでもらうことにするぞ」
つまり、彼らには自分たちの命以外に差し出せる物がない。
「そうだ……お前たち、私の下で働かないか!?」
「は、盗賊になれっていうのか?」
「そうではない。私は、このメティス王国の第3王子であるペッシュ・メティカリアだ」
ペッシュ王子がドヤ顔で言う。
もちろんそういう対応をしてくる可能性は考えられたので、バッサリと切り捨てる。
「嘘も大概にするんだな。王子が盗賊団のアジトにいるわけがないだろ」
信じてもらえなかったのが意外だったのか少しの間放心しながらも、王族の証である紋章が施されたペンダントを取り出す。
「嘘ではない。これは、王族だけが持つことを許されたペンダントだ。これこそ私が第3王子であるという証拠に――」
「それが、盗まれた物ではないという証拠は?」
「なに?」
精巧に作られた紋章を見れば誰もが本物だと分かる。
「さっきも兵士の格好をした盗賊に襲われた。おそらく奴らは兵士の装備を盗んだんだろう。それと同じで、そのペンダントも盗まれた物である可能性がある」
「……」
ペッシュ王子は何も言えなくなってしまった。
本物であることを示す物が本物である証拠など持っていない。
「さあ、もう何もないなら討伐されてくれないかな?」
「待て……いや、きさまら……!」
分かりやすく笑みを浮かべながら言ったことで、ようやくペッシュ王子も俺の意図に気付いたらしい。
つまり、最初からペッシュ王子だと分かったうえで襲撃を仕掛けている。
王子の怒った顔が見られたことで俺の方はスッキリした。ここからはメリッサの番だ。横に退いて場所を開けるとペッシュ王子の正面にメリッサが出てくる。
「貴方たちは自分たちのしていることが本当に正しいことだと信じて盗賊行為をしていたのですか?」
「当然だろう。私は将来の国王だ。その礎となれることを光栄に思ってほしいところだ」
俺たちがある程度事情を知っていることを前提にペッシュ王子が語り出す。
「私の部下が領主になったことで栄えた街だってある。村は豊かになった。それの何がいけない!?」
「略奪行為はいけないことです」
領地経営は上手く行っていたのだろうが、そのために1度盗賊として兵士に襲わせている。
その時に何人の人が死んだ?
どれだけの財宝が奪われた?
きっと殺された人たちにとって、その後の豊かさなど関係ない。財宝が奪われたことによって多くの人が不幸になった。
ペッシュ王子が領地経営をしたことによって多くの人が幸せになったのかもしれない。だが、それ以上に多くの人々を不幸にしてきた。
メリッサは、そんな最初の1人に過ぎない。
「これから死ぬのは第3王子ペッシュ・メティカリアなどではなく、盗賊団の団長です」
「ま、待て!」
メリッサがその場で杖を振り下ろす。
ドサッ、と何かが落ちる音がする。
「射撃系の魔法と違って斬撃系の魔法には慣れていないので訓練が必要そうですね」
ペッシュ王子が音のした場所を見ると自分の右腕が地面にあった。
そのまま視線を右腕があった場所へ移すと肩から斬り落とされ、傷口からは血が大量に流れ出ていた。
「殿下!」
それまで交渉はペッシュ王子に任せていた護衛たちだったが、自分たちの主の腕が斬り落とされた光景にメリッサの前に立ち塞がる。
「貴方たちも盗賊として処理します」
メリッサが手を振るうと護衛たちの体に衝撃波が叩き付けられ、上半身が弾け飛ぶ。
「クソッ、どこで間違えた」
「最初からです」
つまるところ欲を掻いて略奪行為などに走らなければこんなことにはならなかった。
「行きましょう」
「いいのか?」
今のメリッサならペッシュ王子を簡単に殺すことができる。
仇とも言える相手をそのままにしておいてもいいのか?
「構いません。直接手を下すまでもない相手です」
「分かった」
決して見逃すわけではない。
汚物でも見るような目でペッシュ王子を見ていたメリッサを連れて全員でその場を後にする。
迷宮操作で造られた壁は、同じように迷宮操作を使えば簡単に穴を開けることができる。眷属の全員が出てきたことを確認すると再び穴を閉じて、隙間などない壁へと戻す。
『迷宮魔法:跳躍』
視界内ならどこにでも移動することのできる魔法。
その魔法を使ってメリッサと一緒に『壁』の上に降り立つ。
『壁』の上から見る砦は、異様なほど静かになっていた。
ほとんどの者は俺たちの手によって斬り捨てられ、生きている者も災害のような脅威が過ぎ去るのを黙ってやり過ごそうとしている。
だが、そう簡単に済ませるつもりはない。
彼らには最初から全滅以外の選択肢はない。
「俺がやってもいいけど、お前がやるか?」
「やらせてもらえるなら」
「どうぞ」
メリッサが体内で魔力を練り上げ、砦の外で使ったフレアレンズよりも強力な魔法を発動させる。
『太陽の乱気流』
砦の上にもう1つの太陽が出現したかのように思わせる真っ赤に燃え盛る球体が出現する。
赤い球体はギュンギュンと音を立てながら回転を始めると周囲に赤い気流を生み出す。
そこまで見れば十分だ。
『迷宮操作:天井』
そのまま壁の上にいる俺たちの足元から同じ材質の天井が生まれ、砦をすっぽり覆ってしまう。
壁と天井に囲まれた状態では、砦がどういった状態になっているのか分からない。
下で待っていたシルビアたちの傍に駆け寄り、雑談をしながら10分ほど待つ。
「そろそろいいかな」
壁に手を当てて迷宮操作で造り出した天井と壁を解除する。
壁が消えると、その先には草原の中に立つ砦が……
「あ、ぁ……」
その前に消え入りそうな弱々しい声を上げたミイラがいた。
ミイラは俺たちに助けを求めるように隻腕の手を差し伸べていたが、1歩前に踏み出した瞬間、足が崩れてその場に倒れてしまう。
その男が装備していた鎧もボロボロにひび割れ、元の荘厳な雰囲気はどこにも残されていなかった。それ以上に男自身の体が酷かった。
「これが、第3王子――いえ、盗賊団団長の末路ですか」
そう、メリッサが言ったように今倒れたミイラの正体はペッシュ王子。
肉体は見る影もなくなってしまったが、装備品は劣化してしまっているものの王族であることを示すペンダントは一切劣化することなく残っていた。
「これは回収することにするか」
ここで死んでいるのは第3王子などではなく、盗賊の団長でなくてはならない。身元の分かるような物は全て回収する。
第6章のリザルト
・王族のペンダント
・盗賊の金銀財宝
・褒賞金