第1話 解放された花畑
祝1000話!
去年実施した花見。
今年も同様に始めてみたところ、去年の話を聞き付けて近隣から先乗りしていた貴族の姿もあって去年以上の盛況となっていた。
その様子を迷宮主としてではなく、花見の参加者の一人として眺めていた。
「今年も盛況なようで何よりだ」
「キース様」
そんなところへ現れたのがアリスターの領主であるキース様。
領主の登場に頭を咄嗟に下げてしまう。
「君は私の部下という訳ではないのだから、頭を下げる必要はない」
言われて俺は頭を上げる。
ただし、家族を連れて来ていた兄だけはそういう訳にはいかない。
「カラリスもだ。今日は非番なのだから、ゆっくり過ごすといい」
「ありがとうございます」
伯爵の傍には護衛の騎士が5人控えている。
他にも見えない離れた場所で控えている気配がある。
騎士それぞれの力量を思えば過剰と言ってもいい戦力だが、領主という立場にいることを考えれば当然の措置と言える。
騎士である兄も本来なら伯爵の護衛をしなければならないのだが、伯爵が言ったように休みで家族と共に遊びに来ているところだったため免除されていた。
「今後も続けてくれるか?」
「構いませんよ。短期間のみ一定範囲で徴収できる魔力量を抑え、魔物の頻度を激減させるぐらいなら問題ありません」
去年のノウハウもあるため今年は問題なく構造変化に合わせて設定することができた。
人々には次の構造変化まで同じことが続くよう説明してある。
1カ月の間、最低限の魔力しか得られないぐらいは今の俺たちにしてみれば苦にもならない。
「エリオット」
「はい」
「もう十分見て回ったな。私は帰らせてもらうが、お前は彼らと共にいて迷宮に慣れておくといい。今後しばらく、お前の代ではここが賑わうことになる」
「分かりました」
騎士に守られていたエリオットが俺たちのいるシートの上へとやって来る。
傍にいた5人の騎士に守られて伯爵がアリスターへ戻る。隠れていた護衛は、エリオットを守る為に残っていた。
「さて、そろそろお昼ご飯にしましょうか」
「はい!」
シエラが小さな手を挙げて笑顔になる。
安全の確保された迷宮に、屋敷で生活しているメンバー全員に加えメリッサの家族も招待していた。
「一年色々あって家族も増え騒がしくなり、迷惑を掛けてしまうことになると思います。今日は、普段の感謝も込めて用意……いや、食事のほとんどを用意したのはシルビアなんですけど……とにかく、これからもよろしくお願いします」
『乾杯』
「かんぱい!」
大人たちが飲み物の入ったグラスを掲げる。
その様子が面白かったのかシエラもジュースの入った小さなグラスを掲げた。
最近は大人たちのやることを真似するのがシエラなりの楽しみになっていた。本当にこのぐらいの年齢の子供は何にでも興味を持つから迂闊なことができない。
「あう?」
「くしゅん!」
シルビアの膝の上にちょこんと座ったアルフとソフィア。
アルフが自分の前に落ちてきた桃色の花に興味を覚えていると、同じように落ちてきた花が鼻の上に落ちてきたソフィアがくしゃみをする。
「大丈夫?」
「あい!」
シルビアが布で顔を拭いてあげると二人は同時に花を落とした木へ興味を覚えるようになる。
「あれは桜って言うの」
「あぅら?」
「そう」
舌足らずながら木の名前を言うソフィア。
惹かれるものがあったのか手と足を器用に動かして桜の樹がある方へ近付こうとする。
桜の樹があるのはシートの向こう。
「こら」
「あう!」
「あそこから出たらダメよ」
「やぁ!」
樹の下には、桜の花がたくさん落ちている。
どうやら、それが欲しいソフィア。
「アルフも」
「う~~~」
ソフィアを止めている隙を突いて同じように行こうとしたアルフだったが、片手でソフィアを抱いたシルビアによって止められていた。
二人とも去年も同じように桜を見たことを覚えているのか気を惹かれてしまっている。
やっぱり一人で二人の面倒を見るのは大変だ。
「アルフは私が見ているから」
「助かるわ」
後ろからアルフを抱えるイリス。
抱え上げられても行きたいらしいアルフとソフィアが二人の腕の中でバタバタと暴れている。
「美味しい物がたくさんあるよ」
まだ赤ん坊と言っていい二人が食べられる物は少ない。
それでも最近では甘い果物を食べられるようになってくれたので、今日のお弁当にはたくさん詰め込んで来ている。
赤ん坊用に小さく切ったみかんをイリスがアルフの口へ運んでいる。
けれども、今は外に興味を覚えてしまっているらしくみかんから顔を離して出て行こうとしている。
ソフィアも似たような状態だ。
「もしかして、久し振りの外だからはしゃいでいるの?」
「冬の間は風邪とか引いたら困るから庭へも最低限しか出していなかったし、前に見たのは生まれたばかりみたいなものだし、初めて見る景色みたいなものだから興奮しているのかも」
二人の様子に首を傾げるイリスとシルビア。
だが、二人がどうしても外へ行きたい理由は別にあった。
「あ……」
シルビアもようやく気付いた。
あまりに当たり前となっていた気配だったからすぐに気付けなかった。
「アイラ!」
「なに?」
アイラの名を叫ぶように呼ぶシルビア。
肝心のアイラはミッシェルさんとの酒盛りによって酔っていた。それこそ自分の娘が傍からいなくなっていたことに気付かないほどに。
呼ばれたことでアイラも事態に気付いた。
俺は、シエラがアルフたちよりも先にシートの外へ興味を覚えて出て行くのを見ていたため、最初から気付いていた。
「ただいま!」
てててっ、と走るシエラが戻ってくる。
その場所はアイラの下ではなく、アルフとソフィアの近く。
「はい!」
そう言って差し出したのは二人が手にしようとしていた桜の花びら。
「「おおっ!」」
大好きな姉からプレゼントされたことで二人とも笑顔になっていた。
「これも!」
次いでプレゼントしたのは黄色い花。
他にも花を抱えているシエラ。寝かされていたディオンに白い花、リエルとノナちゃんにオレンジ色の花、レウスと生まれたばかりの兄の娘であるティナちゃんに朱色の花を持って来ていた。
それぞれの髪の色に近い色をした花を摘み取っていた。
色鮮やかな花畑を見た瞬間、プレゼントしたくなっていた。
「シエラ」
「はぁい」
アイラは怒っていた。花見が始まる前に離れないよう注意していた。それなのに離れてしまったので叱らずにはいられない。
だけど、言わずにはいられない。
「今のはシエラから目を離したお前が悪い。今日は自分が面倒を見るって言っていただろ」
アイラの頭をコツンと叩く。
今日は屋敷で子供たちの面倒を見てくれている母たちを労う意味もあってのんびりしてもらおうと思っていた。
そのため子供たちの面倒は全て親たちで見ることにしていた。
「あたしも反省しているわよ」
「はい、おかさん」
「え……」
駆け寄ってきたシエラが差しだしてきたのは赤い花。
ちょうどアイラの髪に似た色をしている。
その後もメリッサ、ノエル、イリス、シルビアへ色違いの花を渡していくと最後にはアイラの膝の上にちょこんと座ってジュースを飲む。
摘み取っている内に疲れていたのかあっという間にジュースは飲み干された。
ペシペシ、とアイラの足を叩く。おかわりを注ぐよう催促されたためグラスにジュースを注ぐ。
「よかったわね」
「ふみゅ?」
ジュースを飲んでいるシエラの隣に母が座る。
「弟や妹がたくさんいてくれて嬉しい?」
「うん!」
「お母さんもたくさんいるもんね」
「おかさんは、おかさんだよ」
自然に言うシエラ。
シエラにとっては複数の母親がいる状況など生まれた時からの当たり前の光景。
今さら言われたところで不思議に思う事などない。
「じゃあ、お母さんの中で誰が一番好きかな?」
「?」
この質問も意味が分からない。
5人共が大好きな母親であることには変わりない。
「ちょっとショックですね」
母親であるアイラにとっては自分を一番に選んでくれなかったことがショックだった。
「何を言っているの」
「いや……」
「この娘は無意識の内に貴女を一番に選んでいるわよ」
「それは、どういう……」
「全員いる状況で、この娘はアイラの所以外には行こうとしないでしょ。用事がある時は別だけど、基本的にアイラの傍にいるの。きっと心のどこかでアイラの傍が最も安心できるって理解しているのね。そうよね?」
「みゅ」
最近になってあちこち移動するようになったアルフとソフィアも自然とシルビアの姿を探すようになっている。
ディオンとリエルにしてもやはり自分の母親に抱かれている時の方が泣き止む。
「そういう訳で、子供たちは大好きなお母さんたちに預けて私たちは騒がせてもらうわね」
ミッシェルさんが用意した大量の酒がある。
祖母連中は本気で騒がしくするつもりらしく、飲み干す勢いで瓶を開けている。
「あれ!」
母たちが飲んでいる物が気になるシエラ。
「アレはシエラにはまだ早いんだ」
「ぷぅ~」
頬を膨らませて不満を露わにするシエラ。
去年、メリッサに頼んで飲ませてもらったのに吐き出して気に入らなかったことで飲ませたメリッサのことを嫌い、ショックを受けさせてしまったことを完全に忘れている。