第9話 迷宮主
なぜか辿り着くことのできた最下層。
そこで出会った迷宮核が、俺に資格があるので迷宮主になってほしい、と言ってきた。
「まず、俺のどこに迷宮主になる資格があるんですか?」
自分言っておいてなんだが、俺は生まれも平凡。本来なら村の兵士として一生を終えるような人間だ。
迷宮核から、目はないが何かを確認するような視線を受ける。
『うん。見れば見るほど僕が若かった頃に似ているね』
ニコニコと嬉しそうな声をしているが、俺には何を言っているのか分からない。
「ええと、若い頃っていうことは……人間だったんですか?」
『そうであると言えるし、違うとも言えるかな?』
どっちだよ。
『僕は、大昔に迷宮主をしていた人格や記憶を迷宮核に転写された存在なんだ。だから迷宮主をしていたオリジナルの僕の若い頃に君が似ているっていうだけの話であって、結晶の僕に似ているわけじゃないからね』
それなら、納得できる。
しかし、迷宮主をしていた人物と似ている、か……。
「似ていたから俺を迷宮主に選んだんですか?」
『僕にとっては趣味みたいなものでね。ある条件を満たしていると思った相手には迷宮主になってもらえるよう勧誘しているんだ』
「条件?」
『そこについては、今は伏せさせてもらうよ』
きっぱりと言い放つ迷宮核。
おそらくは問い詰めたところで教えてくれないだろう。
「俺以外に条件を満たした人はいなかったんですか?」
迷宮は、それこそ何千年前も前からあった物もあるらしい。
その永い歴史の中で俺だけというのもおかしな話だ。
『うん。君以外にも勧誘した人物はいたよ。最初に現れたのが今から500年くらい前で、その次が今から200年ぐらい前だったかな? いや~200年前の時はなかなか楽しめたよ。なんせ初めて地下55階まで到達してくれる冒険者が現れてくれたからね。ちょっと意地悪して地下65階で出てくるボスを出したら怖気付いちゃってそれ以上挑まなくなっちゃった。あれは失敗だったな~』
思い出を懐かしんで語る迷宮核だったが、気になる単語が出てきた。
『200年前』。
『地下55階』。
地下55階を最下層だと偽った彼らだったが、実際には想定していた以上の敵が現れたせいで、それ以上の探索を諦めた。
それは、彼らを責めるわけにはいかない。
どちらかと言えばルール違反をして強力な敵を用意した当時の迷宮主と迷宮核にこそ責任がある。
『というわけで、迷宮主は君で4人目だ。彼らは迷宮主になったとしても肉体的には普通の人間と変わらない。だから、既に寿命を迎えて死んでしまっている。僕は空位となっている迷宮主になってほしいと頼んでいるんだ』
「その為に俺に何かしたりしました?」
最上級のポーションを簡単に用意できるような存在をすぐに信じるわけにはいかなかった。
『したと言えば……したかな?』
「……どういうことです」
『前の2人以外にも資格を持った人物が訪れることはあったんだ。けど、その子はたった一度だけ入り口の転移結晶に触れるだけでちょっと探索をしたら転移結晶を使うこともなく、歩いて帰ってしまったんだ。だから自分が最下層に転移できることにも気付かなかった。だから、君には転移結晶を使うように何度も探索に訪れたくなるよう、僕が可能な範囲でだけど、ちょっとビギナーズラックを奮発させてもらった』
迷宮核にできることはあまりに少ない。
俺が訪れたことを察知した迷宮核は、与えられた力をどうにかやりくりしながら地下2階の構造を少しばかり弄り、剣の突き刺さった場所に空洞の部屋を造り出し、宝石の詰まった宝箱を用意した。
そうすることで、俺に「迷宮は儲かる」と思わせ、何度も挑戦させようと思ったようだ。深く潜れば自然と転移結晶に頼らざるを得なくなる。そうすれば自分の行ける階層にも気付く。
『ところが、盗賊紛いの連中が現れたじゃないか。さすがに迷宮の全てを把握できる僕でも、君にばかり意識が向いていた状態だと尾行してる奴に気付くこともできなかったのさ』
どうにか逃がそうと考えた。
そこで、自分にできることを考え、隠し部屋の一か所に地下6階まで続く空洞を造り出し、小川に飛び込めるようにした。その小川は流れに沿えば転移結晶の傍まで移動することができる。
そうして、迷宮核の思惑通りに小川へ落ち、転移結晶へと触れた。
触れてさえいれば迷宮核の持つ権限で、意識のない俺を最下層まで転移させることが可能だった、とのことだ。
迷宮核がしたことは理解できた。
こいつは、俺に最下層の存在に気付けるように色々としていた。だが、俺にとって害になることはなく、むしろ隠し部屋で逃げる為には迷宮核の助けがどうしても必要だった。
「あなたの言いたいことは分かった」
『じゃあ……』
「だけど、俺には迷宮主なんてやっている暇はないんです」
迷宮を探索して一獲千金を夢見たのに迷宮主になるなんて意味が分からなかった。
『本当にそれでいいのかな?』
「……?」
『君が迷宮に潜る理由は大体想像が付く。借金があって、その為に金銀財宝を求めているんだろう?』
「どうして、それを……」
『だって、隠し部屋で宝箱を見つけた時に、借金がどうこうって一人で呟いていたじゃないか』
たしかに宝箱を前にして借金が返せると言っていた。
それだけの状況証拠があれば、俺の目的が借金返済だということは予想できるか。
『そこで、君に勧めたいのが迷宮主だ』
「どうして、そうなるんですか……」
『迷宮主になればこんなことができるよ』
ポーションが入っていた宝箱が出現した時の魔法陣が別の場所に描かれ、再び宝箱が出現する。
中身が気になり、開けてみると……
「おいおい……」
隠し部屋で見つけた物と全く同じ……いや、それ以上の宝石がぎっしりと詰め込まれていた。
『運に身を任せて一獲千金を狙う? そんなことをしなくても迷宮主になれば確実に借金を返せるだけの財宝が手に入るよ。迷宮主の持つ権限を使えば、この程度の財宝を用意するぐらいどうってことないからね。というか、前の迷宮主なんてこんな方法で生活費を稼いでいたぐらいだから』
迷宮に潜って手に入れた財宝だと言って宝石を売れば、生活費など簡単に手に入るということだろう。
この方法なら確実に借金を返すことができる。
ただ、こんな旨い話には必ずデメリットもあると考えた方がいい。
俺がデメリットについて考えようとしていると、迷宮核がイライラとした口調で語り掛けてくる。
『何をそんなに迷っているの? 君にとっては、これ以上ない美味しい話だよ。仕方ないな~、そんな君には迷宮主になってくれたら洗剤をプレゼントしよう。え、足りない? なら、蕎麦もプレゼントだ』
開いた状態で出現した道具箱には、洗濯に使われる洗剤と乾麺が入っていた。
そんな特典を貰えたところで、どうにかなるような問題ではなかったのだが……
『え~、なってよ~、誰もなってくれないと話す相手もいないこんな場所に一人で置いていかれて僕も暇なんだ。なってよ~』
迷宮の核であるにもかかわらず、ウザいぐらいに誘ってくる迷宮核。
そんな声を聞いていると、
「あ~……分かった。なるから、なりますから! それ以上ウザい勧誘をしないで下さい!」
『やった♪』
渋々、迷宮核の営業? を受け入れて迷宮主になるしかなかった。