外伝 或る青年の独白
幻影は街角へと消ゆ
記憶に脚を引き摺(ルビ:ず)られた侭(ルビ:まま)では一向に前へは進めぬのです
何処かで線引きをせねばならぬのです
しかし中々どうして
それが出来ぬのです
色褪せぬ記憶が人をあの時あの場所へ引き留めるのです
どれ程心を傷め苦しもうと
どれ程願い請おうと
あの頃へは二度と戻れぬのです
ベクトルは常に一方向なのです
良い記憶とは常に脚色され甘美なる物として思い出されがちです
しかしそれだけでは生きてはいけぬのです
次の場所を選び置かれた場所で次へ生きていかねばならぬのです
例えそれが可能であろうと無かろうと
然し忘れろとは決して言いませぬ
其れはそもそもが不可能な話なのです
人とはそういう生き物なのですから
季節の変わり目
風のかほり 寒さや暑さ 蝉の声 陽の光
ふとした折々に想い出されることがありませう
唯其の時大切なのは其処で立ち止まらず前へと進む事なのです
何時でも。
もう二度と会う事は無いでしやう
二度とお話しする事も無いでしやう
例え天文学的数字の巡り合わせの下あなたに逢えたしても
意気地無しの私は 私は
私の中であなたの肖像はあの頃で固定されてしまった 永遠に
決して癒えぬ傷と共に人は明日も生きてゆきます
どうか貴方もお元気で