其の一 ホゥムにて
寝台列車などと云うものは初めてだなァ。
F氏は駅のホゥムへと歩く途中そう呟きました。
おゝサムイサムイ。
季節は神無月の中頃で御座いましたので、夜は冷えるのです。
F氏は少しばかり重い鞄を持ち、駅のホゥムに停まる列車の中へと乗り込んでいきました。
列車の出発時刻迄(ルビ:ま-で)はまだ余裕が御座いました。
F氏は乗車すると先ず始めに座席の方へと向かいました。此の(ルビ:こ-の)列車は座席と寝台とが別になっており、乗客は其のどちらでも過ごすことが出来るのです。
どれどれ、よいしょよいしょ。
F氏は適当な座席に腰を下ろしました。車内は暖房が焚かれ暖かかったのですが、寒くも在りました。
F氏は早めに乗車致しましたので、未だ列車の戸は開いており、其処より風がピュウピュウと車内へ吹いてくるのです。
其の為、F氏は着ている上着は脱いでおりません。
座った後でF氏は車内をぐるっと見渡しました。車内は木調模様を主とし、シートは緑色、窓枠は少し錆びた金色から成っておりました。F氏の乗った列車は座席の数は多く、未だ空席の多い座席を暖かな照明が照らしておりました。
暫く(しばら-く)しますと、ぽつぽつと乗客が乗り込んで参ります。若い男子学生、初老の紳士、年輩の老婦人、親子でしやうか、母と兄弟の三人組、F氏と同年代かと思われる壮年の男性等々、年齢は様様で御座いましたが、今夜は男性の乗客がやや多いようです。
そろそろ発車の時刻かな。F氏が自身の懐中時計を覗き込んだ時、眼鏡を掛けた一人の若い男性が息を切らし乗り込んで来ました。然し其の男性は直ぐに寝台車両の方へと消えていきました。
仕事かい。大変だねェ。F氏は誰に言うでもなく、ぽつりと呟きました。
そうこう致しておりますと、車掌の声が車内放送で流れ、戸がゆっくり閉じました。
そして列車は暗闇の中へと進み始めました。
長い長い夜の路(ルビ:みち)、夜行寝台列車はガタンゴトン、ガタンゴトンと音を立て、様々な思いと共に未だ遠い目的地へと人びとを運びます。夜はまだまだ続くのです。