弾丸(チョーク)
ある日のことだった。
「ちょっと、先生、山谷追いかけてくるから。保健体育の授業、一回中断するな、先生がいない間は学級委員が代わりになって自習をみんなにやらせてあげてくれ、教科はなんでもいいぞ。あっ、あいつ、もうあんなところにいやがる。行っってくるな。」
そう言って私たちの担任 (保健体育の先生でもある)はいってしまった。
まずは、山谷という人物を紹介しておきましょう。
山谷晴樹、中学三年生。
毎回毎回授業をサボリ、時には脱走までも試みるヤツ。一度脱走したら五十分位は教室に戻ってこないことが多い。でもそんなことをしているのにもかかわらずテストの点数は理数系+歴史の戦争の部分だけは学年一位をキープ。しかし、授業態度があまりにも悪すぎるため、評価は毎回1しか取れない。ちなみに提出物も出していない様子。頭は若干良く、運動はできる。しかし部活はコンピューター部。昔はサッカー部にいたそうだが、先生がウザかったそうで、やめたらしい。結構な悪ガキなのでモテない、うん、てかモテるはずがない。しかし、そう思っていた私が後、あんなことになるだなんて…
そして山谷が脱走をし、それを先生が追いかけに行った後、皆は口をそろえて言っていた。
「あいつってさぁ、すぐどっか行くよな。元サッカー部だからめちゃくちゃ足が速いそうだぜ?先生追いつくのか?」
「追いつくに決まってんだろ、うちの担任のあだ名は[桃色のジャガー]って言われるぐらい速いんだぜ?」
「え?[桃色のジャガー]?なにそれ結構ダサい名前だね。」
「おい、そんなこと言ってやるなよ。先生のトレードマークの桃色Tシャツが泣くだろっ」
本当だよ。誰ですか?[桃色のジャガー]なんて名前付けたの。私、山田溥儀子は口には出さなかったが思った。
なんだか皆、自習ではなく[桃色のジャガー]についての話か、山谷君についての話で盛り上がってしまっている。 (学級委員も)今はちょうど隣のクラスが移動教室だったからよかったものの、こんなにもうるさかったら、みんな先生に怒られているところだった。
私は周りに仲のいい友達がいなかったので、話すことがなかった。
なので皆の話の内容を聞いていたら、[桃色のジャガー]の話からだんだんと山谷君がウザいという内容の話に移り変わっていた。
確かに私にとってはどうでもよいことだったが、人の悪口を聞いているのはとても不愉快だった。別に山谷君に好意を抱いているわけだはないけれど。
なんだかとても山谷君のことが心配になってきた、あの[桃色のジャガー]から逃げきれるわけがない。本当にどうでもいいことのはずなのに、山谷君はほぼ毎日脱走をしているからクラスはいつもこの話の話題になってしまうので毎日のようにこの内容を聞いていて昨日までは何も思わなかったのに、今日はなぜかとても心配になってしまう。
何か昨日、特別なことがあっただろうか?
山谷は走っていた。今は三階中央階段を上り切ったところだ。体力のある山谷でも結構きつかった。いつもの癖で両手をポケットの中に突っ込む。するとポケットの中には白色の棒が右に3本、左に四本あった。何かと聞かれれば
「チョーク」
としか、言えない、そう、チョークなのだ。
「[桃色のジャガー]が来たらこのチョークを真っ二つに追って口径10㎜の弾丸をあのキモイ顔面にたたきこんでやる」
「ふう、今ちょうどチョークを真っ二つにしたから弾丸は14発か...」
チョークを弾丸と例えるのは山谷の癖の一つであり、戦争や軍事、特に陸軍についてのことが好きなので、日常のありとあらゆるもののことを軍事的な言葉にして言ってしまう。
「とりあえず[桃色のジャガー]の行動とは反対方向に逃げないとな、結構スリルがあって楽しいなぁ。まぁそんなことを言ってる暇なんてないけどな」
ちょうどそう思った時だった。
「山谷ィィ‼︎さっさとデテコネェエとぶっ殺すぞ、ゴラァ?」
[桃色のジャガー]の声だった。こんな言い方で本当に教師かと疑うほどヤンキーっぽい言い方だった。(逆に教師が言っていると面白くて腹筋がぶっ壊れそうになるが)
会ってみると思うのだが、本当に足が速いさすがジャガー、しかし、そんなことでこの俺の計画、授業妨害をやめるわけにはいかない。俺は階段の上から見ていたので、[桃色のジャガー]の桃色のジャージ(蛍光色)が見えた瞬間、ヤバいと思って走り出した。
とりあえず今は三階にいる。そして俺の後ろには[桃色のジャガー]、俺のいる学校の校舎はただの直方体の箱ではなく、廊下を走り続けると四回直角に曲がることができ、つまり一周回ることができる。なので、あまりにも速く走りすぎて[桃色のジャガー]との距離を離しすぎると相手に逆回転をされ、そのうち相手と目が合わないはずが合わせることになってしまう。なので一瞬だけ本気を出して走り、ゆっくりと体力を切らしたような感じで走る、を繰り返し相手との距離を十分に保つ作戦でいく。
確か二日ぐらい前も似たようなことがあり、その時はただやみくもに走っていたので相手と目が合ってしまい、腕をつかまれ、本物の手錠をかけられて職員室に送られそうになった(どこまで行っても送られそうになっただけであり、その後クリップを駆使して手錠を解き、逃げました。)
まあ、そんな自慢話はどうでもいい、今は逃げることに必死になり、必死になりつつ、逃げていることを楽しまなければ。
結構逃げた、ズボンのポケットに手を伸ばし、スマホを散りだす。4時間目が始まってからだいたい45分がたっていた。そろそろ給食の時間だ。そう思うと微妙に腹が減ってきた。
しばらくすると授業からの解放の鐘が鳴り響いた。
「キーンコーンカーンコーン」
すると後ろから声が聞こえてきた。
「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ、山谷、今日はこのぐらいにしておいてやるよ。」
[桃色のジャガー]が死にそうな声で言っている。それに対して俺は、
「はぁ?[桃色のジャガー]、何言ってんの?教師の癖に生徒に「負けました」とかダッセェ。」
相手をわざと挑発する。山谷の目的は授業妨害なので十分妨害できたが、山谷はまだ[桃色のジャガー]に対して喧嘩を売るようだった。
「クソぅ、山谷ィィィ、お前よくもぉ、、、、言いやがったな!!!」
[桃色のジャガー]の最後の言葉の「な」が聞き取れた後の瞬間、山谷の顔のすぐ横を何かが高速で通りすぎた。山谷はサッカー部だったのでボールを見ていたため結構胴体視力もよい。なので、いったい何が自分の横を通りすぎていったのかわかった。それは、
チョークだった。
自分が投げようとしていたものを[桃色のジャガー]が投げてきた。
「ちぃ、当たらなかったか。でもまだあと一発分もってるんだ。」
そうして右ポケットから口径10㎜の白い弾丸を取り出す。どうやら[桃色のジャガー]は右ききらしい。
「山谷、このチョークがお前にもしも当たったらお前を今までやってきたことをすべて洗いざらい市に送りつけて少年院送りにしてやりよ!」
なんだか[桃色のジャガー]は切れすぎて頭が狂ったらしい、そもそもその弾丸が俺に当たったらお前こそ市になんかいわれるだろ…
ま、いっか、俺だって弾丸があるしな。
「行くぞ!!山谷ぃ、」
「ちょっと待て、実は俺も弾丸持ってんだ。」
「な、なにぃ」
「こうしよう、それがもし俺に当たったら俺は少年院へ行く、これまで結構なことをやってきたしな。学校で飼育している鶏を近所の焼き鳥屋に売ってみたり。金魚の水槽のところに塩酸ぶちまけたり、アルコールランプと殺虫剤で火炎放射機を作ってみたり、といろいろやってるしな。その代り、もしも俺の弾丸がお前に当たったら、」
「当たったら?」
「[桃色のジャガー]お前、学校くんな」
「俺、教師が大嫌いなんだ」
「いいだろう。受けて立とうじゃないか」
そうして俺と[桃色のジャガー]の一騎打ちが始まった。
一騎討ちの会場は二回中央廊下前
チャイムが鳴った瞬間に投げることにした。
さっきの様子を見る限り[桃色のジャガー]は右きき、つまり体の右側が動きやすいと思う。なのでたぶん避けるときに右に体をずらすだろう。なのでわざとほんの少しだけ右側を狙う。
そして避けるときはしゃがむことにした。あの性格だ、すぐにプッチンと切れてやみくもに顔面を狙ってくると予想した。
チャイムが鳴るまであと10秒
9、8、7、6、………2、1、
「キーンコーンカーンコーン」
チャイムが鳴った、その瞬間、山谷はチョークを投げた。そして[桃色のジャガー]にばれないように体をかがめる。
[桃色のジャガー]も投げた。顔面を狙って思い切り投げた。
二人が投げた弾丸はどちらにも当たることはなかった。
代わりにほかの物に当たった。
ここは二回中央廊下前だ。校内で一番人が通る階段である。教師と生徒はこの大通りでチョークを投げ合ったのだ。
そして二人が気づくとチョークは……
山田溥儀子に当たっていた。
「山谷…君?」
今、溥儀子は何をしているかわからなかったが、体が斜めになり、教師以外の何者かに体を支えられて……




