第79話 不破加蓮
*第79話 不破加蓮*
「………それじゃあ、すまないが付喪、会長さんのことは頼んだよ。」
「ん。」
「それじゃあ会長さん、また後で。」
「うん。気おつけてね。」
「座敷童子、余計な事言ったら切り刻む。」
「ヒィッ!?言いません言いません!!!私は何も気づきませんでした察しませんでした!!!」
「何の話なの?」
「はーい、メリーちゃんは良い子だから言及しなーい。じゃ、任せたよ。」
何やらよく分からないやり取りと挨拶を済ました後、一瞬にして新の体が青色の炎で燃え上がり、白髪の武装姿へと変貌し、蒼炎の翼を伸ばす。その翼を一翼扇ぐだけで暴風が吹き荒れ、青白い火の粉だけを残し、新は次の目的地、加蓮の屋敷へと飛立った。
あまりにも強い風に思わず目を瞑ってしまった百合華が再び目を開いた時には、その視界には新の姿は無かった。
「行っちゃった…」
まぁ、それはしょうがない事だと納得している。新が付いてきたら殺されるかもしれないと言っていた。
破壊神とは、想像しているような気性が荒く、とても強い神様なのだろう。
例えば…そう、角が生えていて鬼のような顔をしていて…体中刺青まみれで…人の首をもいでは切り口から生き血を啜る感じの……あー、“ヤクザ”みたいな感じなのだろうか?
流石にヤクザでも生き血を啜ることはしないだろうが、破壊神は神様である。そんな事をしていてもおかしくはないだろう。
しかし、新が言うには本来人間は神や幻想種、獣神に関与してはならないようで、今現在の百合華や中谷さん(留学中に知ったと新幹線の中で聞かされた。)は今回の事件の特例であるそうだ。
つまり、いくら破壊神とは言えども、人間に危害は加えられないということだ。
人間に危害は加えられないとしても、うん。女の人とは言っていたがヤクザは流石に怖い。
想像することしか出来ないが少しだけ身震いする。
しかしながら、百合華の見てきた神様は殆どが美形である。
新のお父さん、ゼウスは細目であるがかなりのイケメンだし、弟の希里君も中等部ではかなりの人気らしい。
佐藤さんもサラサラの金髪でアイドルのような可愛い顔をしている。佐藤さんの現在の口調や性格は消えてしまった時に新のお母さんを真似たらしい。現在ではその例のお母さんはロリとしてピンピンしている。
そして、その例の新のお母さん(?)も昔は佐藤さんのような姿だったらしく、小さくなってしまった今でも、赤ちゃんのような水々しいもちもちミルク肌で可愛い姿である。ゆるふわ可愛い子である。
武神さんはゼウスさんとは違いオッサン感があるがこれはこれで渋い顔つきで格好良いと思う。ただ、その性格が顔をぶち壊しているだけだ。致命傷である。
この事から察するに、その破壊神である女性も相当な美人であるのではないかと予想がつく。しかも、新はああ見えても神様の中ではモテると聞く。つまるところ、破壊神にも求婚されているのではないかと心配になってきた。
これが単なる予想で現実に起こらなければいいのだが…。口は災いの元とも言いますし現に口はしっかりと縫い付けてあるかのように閉じている。絶対に言うものか。
そんなことを考えている百合華がオタク用語である“フラグ”を知るのは、かなり先の話である。
さて、新の言うことによればこれから付喪神である付喪さんに山の麓まで案内してもらうことになっているのだが、別に来た道くらい戻れるのにと考えたのだが、先程通ってきた道はどうやら細工がしてあるらしく、私は神隠しに近い状況下にあるらしい。
ここまで歩いて15分とかからなかったが、実際の所、現在居る場所は、そんなたかが15分程度じゃたどり着けない場所らしく、間違ってたどり着いたとしても神や幻想種、獣神の手を借りなければ帰ることは出来ないという。
つまるところ、百合華は新と共に来たから付喪の屋敷へたどり着けた、しかし、新が行ってしまった今、百合華は付喪の手を借りなければ帰ることは出来ないのだ。
先程の会話で新が付喪に頼んでいたのだが、付喪はご覧の通り「ん。」としか言わないため、新の話す言葉から会話を予想するしかない。
見ていた感じだと了承してくれたようだが、付喪は先程から橋の上でケンケンパをしたりくるくる回りながら跳ねてみたりと遊んでいるように見える。
座敷童子とメリーはというと、何処からか竹箒を持ってきて、せっせせっせと掃除している。
oh……なんと気まづい空気である。
話しかけたくても、話しかけづらい。
百合華がモジモジとしていると、ふと、付喪がピタリと動きを止めた。
キョロキョロと辺りを見渡した後、キュルキュルッ!!とコマのように回りながら一回ジャンプして百合華の目の前で停止する。
百合華はその奇怪な行動に驚き、「うわっ!?」と声を出した後尻餅をついた。
「あ痛たたた…」とお尻をさすりながら百合華は上を向くと、それをのぞき込むように付喪の顔がすぐ近くにあり、また驚き、ひっくり返る。
「いったい何なんですか〜!!」
少し怒り気味に百合華は付喪に言った。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。」
しかし、当然の如く返事は無い。
彼は今のところ「ん。」以外の言葉を口にしていない。
新も彼は無口な奴だと言っていたが、ここまで会話が成り立たないとは思ってもみなかった百合華は、1つため息をつく。この後集合場所まで無事戻ることが出来るのか心配になってきた。
そうこう考えている間も、付喪はじーーっと百合華の顔を覗き込むだけで何も話さない。まるで人形である。人形と言い表したものの、包帯ぐるぐる巻きで甚平姿の人形などを購入する人間は存在するのだろうか?ゾンビやらミイラマニアでもない限り購入する人間はそうそういないだろうと付喪人形の形を思い浮かべる。百合華らしからぬ間抜けな想像である。
その後も間沈黙が続き、ふと、少し強めの風がひとつ吹き抜け、木の葉が空を舞う。
目の前を通過した木の葉につられ、それを視線で追う。
ヒラヒラと木の葉は舞い、くるりと一回転しながら地に落ちる。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………貴様は彼奴のことを好いているのか?」
「………うぇ?…え?うん?え?えぇ!?!?」
唐突に聞かれた質問と、「ん。」としか話さなかった付喪が急に言葉を話し始めたことに驚き変な声を上げてしまう。
その質問の内容も内容で百合華の顔は真っ赤に染まる。
「え…?は、は……」
話せたの!?と言おうとした瞬間、付喪が口を開く。
「……………………………もしそうならば、“諦めろ”。彼奴はお前に惚れることは無い。」
「………え?」
新が百合華に惚れることは無い。どういうことだろうか。何故そんなことを断言出来るのか。彼は何を知っているのか。
彼の言葉は何か確信を持って言っているように聞こえた。
先程もそうだが、百合華自身が新の事が好きであるなどとは口にしていないし、新と付喪の会話にもそんな内容は無かった。
何もかも、百合華の内を見透かされているように感じた。
そう思った途端、百合華は包帯で表情の隠された彼の顔が恐ろしく思えた。
「………………これは忠告だ。彼奴のことは諦めろ。それでも諦めないならば失恋することを覚悟しておけ。」
「なんで……何でそんなことっ!!!」
付喪にそんな
少し苛立つように百合華は言う。
彼の言葉が怖い。それ以上聞きたくない。
お願いだからそれ以上何も言わないで。
そう願うのも虚しく、彼は先程の言葉の核心を口にした。
「彼奴には既に“想い人”が居るんだよ。」
時間が止まった気がした。
新に想い人……つまりそれは…
「その間には誰も割いて入ることなど不可能。彼奴は己の命以上に想い人を“愛している”。
だから、諦めろ。」
ふと、自分の頬から涙が伝っていることに気づいたのはそのすぐあとの事だった…
つまりそれは、新に好きな人がいることを指し示していた。
* * *
「…………………これが今までの騒動の主な内容だ。」
新は何人もの黒服姿の男女に囲まれた中、硝子机の向かいに座る女に言った。
女は煙管をふかし、机の上には球体に削られた氷で冷やされた、ウィスキーの入ったグラスを時々手に取っては、氷の球体をくるくる回し、僅かに口に含む。
女は話を聞きながら何度も足を組み替えたり、煙管を吸ったりしていた。何やら居心地が悪そうである。
彼女の服装は高価そうな赤いレースのドレスである。髪は少しウルフのストレート(?)って言うんだっけ?アニメキャラで言い表すなら、カ〇プロの楯〇文〇に近い感じだ。〇香の前髪が左目だけを隠して、後ろだけ長くして、もっとウルフな感じだ。
うん。ウルフな感じってよく分からんけど。
付喪の屋敷から約2分。京都内のあまり知られていない地域に位置する加蓮こと破壊神の屋敷。屋敷の柵にはデカデカと【Breaker】と書かれた看板が掛けられている。因みにその屋敷の広さは先程の付喪の屋敷の庭を除いた家本体の3分の1程の大きさであるが、それでもかなり広い。
洋風の白い外見の屋敷で周りを槍のような形のした柵で囲われている。
例えるならば、そう、ニ〇コ〇の〇ーハ〇ブ屋敷みたいな感じだ。
いやー、いいよね〇セコ〇。鶫〇士郎ちゃんマジかわゆす。
現在、新は加蓮と会談中である。
“不破加蓮”
彼女はこの屋敷の主で、この“ギャング”、【Breaker】の長をしている。
Breaker=破壊者とは、何ともひねりのないネーミングセンスだが、なかなかしっくりしている。
Breakerは普段、近くにある麻雀やパチンコなどのカジノ系列の店やキャバクラの経営、金融などをしているが、別に悪事ばかりを起こしている訳では無い。
金融に関して言えば、過払い請求なんかはしておらず、金を返せば基本的には何もしない。
しかし、返さないと借りた人間を強制労働としてカジノやキャバクラのバーなんかで住み込みで働くことになる。
キャバクラなんかもボッタクったりしない。調子に乗って金を払わないとツケができる。ツケが貯まりに貯まりまくると、住み込み働き+1週間の『私はツケが貯まって返せませんでした。』という看板を首から下げて店の隅で立たされる+出禁になる。
カジノも同様である。
そうやって店員を増やすことでバイトを雇わずに経営している。
因みにキャバクラに必要不可欠なキャバ嬢は淫魔や山姫、清姫、蛇女やら女性幻想種が進んで行っている。彼女ら曰く、男に飢えているらしい。
『お兄さん今晩どぉ?』なんか言われた日には全力で逃げた。彼女らに捕まったら財布が空になりかねない。武神が大分前に行った時、気づいたら200万飛んだと言って泣きついてきた。何したらそうなるんだよ…シャンパンタワーでもやったのか…?
前回はうまく逃げ切れたが、今回も捕まらないようにしなければ……マッハ360km出せば逃げ切れるだろうけど……逃げ切れるよな?
少しだけ寒気がした。ぅー怖っ。
しかしながら、何故加蓮は不機嫌なのか。先程から、チラチラと此方の方を見ながら眉間に皺を寄せている。
新からしてみれば、身に覚えのない怒りを買われ、とんだ迷惑である。少しの間、加蓮をじっと見ていると。
「そんなジロジロ見るな…」
「ん?あー、すまん。」
ふむ…なるほどなるほど…だいたい理解した。多分。
「ところでその“服”…」
と言いかけた途端、ピクっ!と加蓮が反応し、何やらソワソワし始めた。
よし、多分当たりだ。
「……随分と気合入ってるけど何処か出かけるのか?」
「行かねぇよ!!!!」
眉間にビキッとシワがより怒り出した。
アレ?違うの?
キョトンとしながら新はパチクリと瞬きする。
その姿を見た加蓮はますます眉間にシワを寄せると同時に、近くに置いてあったグラスにヒビが入る。そのヒビから微量のウィスキーが滲み出る。
踏む必要のない虎の尾を踏んだようだ。
「よく分からんけどすまん。」
「色々余計だ!!!!」
「ふむ…?でも、すっげぇ似合ってるぞ?綺麗だ。」
「ッ!?」
「ん?どうした?」
「な、何でもねぇ!!」
少し慌てたように加蓮はヒビの入ったグラスを上から指先で持つようにして、グイッと飲む。
ほんのりと顔が赤くなっていたのは酒のせいだろうか。
口元を手で拭った後、ジト目でこちらを見る。
何かしたかな俺?
「……さっきのは本心か?」
「ん?さっきのって?」
キョトンと首を傾げる。
「そ、その……き、綺麗って…」
「ん?あー、本心だけど?」
「ッ!!」
「まー、加蓮は元が美人だしな。赤は少し派手だと思ったドレスも意外にも似合ってるし、何処に出してもおかしくない、紛れもなく美しく、可憐で、綺麗だと思うぞ?」
「わ、分かった!!分かったからそれ以上口を開くな!!ぶっ殺すぞ!!」
「そんな理不尽な…」
周りの黒服達にチラリと視線を向けると、何やらニヤニヤしている。何か面白いことでもあったのだろうか?
暫くの間、そんなやり取りをした。
たわいもない雑談にも花が咲き、かれこれ一時間ほど話していた。
そろそろ、修学旅行に戻ると加蓮に伝えると、「学生のフリも大変だな」と言われた。
「あ、そう言えば大事なこと忘れてた…」
「んぁ?まだ何かあんのか?」
新は目線で、周りの黒服達を指すと、加蓮が片手を挙げる。すると、黒服達は部屋の外へと出ていく。
「あぁ、くれぐれも他言は控えて欲しい。」
「………分かった。」
そして、新はここに来た“2番目”の理由を口にした。
「“西園寺財閥”について調べて欲しい。頼めるか?」