第107話 雨
*第107話 雨*
「さて、新。何でここに呼ばれたか分かっているよね?」
「……。」
天界。死神、新の対面に腰掛ける白いローブを纏った青年は、主神であるゼウス。新の父親である。
ASURAとの戦闘後、新はゼウスによって呼び出されていた。
無論、戦闘の件についてだ。
「何故、地上で人間と戦った?」
「……地上での生活が知りたいからだ。その為には人間としての立ち位置が必要だった。俺自身に都合の良い立ち位置が。」
「それが今回の戦いの理由?だからってやりすぎじゃない?」
「いや、コレで。俺が動きやすくなった。どうせ…」
新は、続きを言おうとしたが、口を噤む。
「どうせ…何?」
「………嫌なんでも。」
ゼウスは、新が何を言おうとしていたのか察した。だが、ゼウスはそれに対してあえて追求しなかった。
「はぁ……頼りにしてくれてるのは嬉しいんだけどさ?流石に、虐殺まではやりすぎだよ?最終的に修復する私の労力半端ないんだから?」
ゼウスはため息混じりに、新を叱る事を諦めた。
だが、新はそれを“否定”した。
「いや……“虐殺犯は俺じゃない”。」
「……何だって?」
「まだ終わっていない。戦いはここからが本番さ。」
新は立ち上がり、下界へと繋がる扉へと歩き始めた。
「ここまでは、俺の立ち位置を作るための戦いだ。」
扉のドアノブに手をかけ開きながら言った。
「ここからは、俺の為じゃない。“彼奴らの戦いだ”。彼奴らの選択見るために戦う。」
***
ASURA元本部。
死神に敗退後、ASURAは実質的な解散となった。
“解散となるはずだった”。
人気の無い研究所の中、たった一人コンピュータと対面し、青白い光に照らされながら操作し続けていた。
「……クハハッ!あれが最高傑作?笑わせるな。私の最高傑作はあんなポンコツじゃない。」
笑いながら、高速でキーボードを叩き、プログラムを構成していく。死神との戦いで得られた戦闘データ、その間のAndroidの思考を全てインストールしていく。
最高傑作をこの手で作り上げる。
なんて楽しい。なんと美しい。これこそ、これでこそ私の最高傑作。
「あとは、コイツらを…」
Android3機を作業しやすいように吊るし、太いチューブコードにつなぎ、データを解析していた。ただ、欲しかったのはデータだけでは無い。欲しかったのはデータ、そして……。
不敵に笑いながら、コンピュータに組み込まれたボタンを押した。
その瞬間、Androidの皮膚を突き破り、黒い何かが吹き出した。
それは、血のようにも見えた。Androidから黒い液体のような何かが滴る。
「……ん?おかしいな?」
違和感を感じた。視線の先には、3機のAndroidがある。
私はそんな操作などしていないし、命令もしていない。
「……何でお前だけ起動した?“1号機”」
1号機が震えながらコードを掴み、無理やり引き抜き、地面に落ちた。
起動ボタンは押していない。先程解析したデータ上でも異常はない。私の想定内の結果しか見当たらない。ましてや、起動できる状態では無い。
だが、現に目の前で1号機は動いている。地面を這って動いている。向かう方向は出口か?逃げようとしているようにも見える。何故?
“理解不能”
自信で理解できない事ほど恐ろしいものは無い。
「本当は、他にも使う予定だったが……。バラバラにして解析してみるか。」
コンピュータを操作し、1号機を拘束するよう命ずる。
複数のロボットアームが、地面を這う1号機を掴み、押さえつける。
だが、1号機の体が淡い光を帯びた。その瞬間、背中のジェットエンジンが起動し、ロボットアームを引きづり、引きちぎりながら暴走する。
「何!?」
そんな力など1号機には残されていないはずだ。データを解析してもそのような結果しか得られていなかった。
有り得ない。
……アイツだ。……アイツが現れてからだ。
アイツが現れてから、おかしな事が起きる。
私の知能を持ってしても、理解が追いつかない。私を嘲笑っているかのようだ。小馬鹿にされているようだ。手が届かないところが痒い。掻きむしりたいのに届かない、あの気持ち悪さ。
まだ私の分からないことがある。私の理解できないものがある。
「実に、面白い……!!」
闇の中、アーノルドは不敵に笑った。
***
「逃、げ…なきゃ…」
体が重い。自分がどこへ向かおうとしているのか、何故、逃げているのか分からない。
分からないけど、逃げなきゃいけない。
ただひたすら飛び続けた。
何も思考していない。だから、エネルギーが有限である事、当たり前の事すら忘れていた。
エネルギーが尽きて、徐々に落下しているのが分かる。
やがて、地面に直撃する。
地面をエグり、エグられながら、何度か地面を跳ねる。失速するまでそれは続き、取れかけていた腕が引きちぎれ、体内の配線を撒き散らしながら静止した。
なんで、私は動けていたんだろ。体が痛い。そもそもなんで痛みを感じているんだろ?そんなプログラムなんて無いはず。体の再生がされない。
意識が保てない。
まだ、逃げなきゃいけないのに…。
何処へ?
逃げても彼奴は絶対に追ってくる…。
逃げられる場所なんて…?
あるの……?
意識が、保てない。
「だれ、か………」
誰でもいい……
「誰、か……」
誰でもいいから……
「たす、けて……」
意識が……
雨が降り始めた。天気予報は、晴れだったはず。
天候のプログラムまで組み込まれた、この世界最高峰の知能をさずけられていた。
天候を外す事など有り得ない…。
「……やっと見つけたッパ。」
「…………本当だ。死神様、見つけたよ。ケロ。」
「え〜、僕が見つけたのに。パッパッ!」
薄れる視界の中、黄緑色の人影のようなものが2つ。見えた気がした。
「ありがとう。河童、大蝦蟇。皆に目標は見つかったって伝えてくれ。この礼は必ず返す。」
「えへへ、そんなのいいケロよ。」
「そうッパ。死神様の役に立てただけで嬉しいッパ!」
「ありがとう。」
最後に見えたのは、私を倒した……アノ……
「やぁ、久しいな。」
死神だった。