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第95話 砕かれた心

*第95話 砕かれた心*




辺りは騒然とし、悲鳴が響き、パニックに陥る人もいる。救急車を呼ぶ人もいるが慌てているせいでなかなか話が進まないように見える。

腕を引き裂かれた母親の救助にあたる人もいる。


その中で、新は何をしていたか。

ただ、呆然としてるだけだった。

目の前で起きた出来事に頭が追いついてこなかった。

余りに突然で、一瞬の出来事。

たった1秒にも満たない時間で中谷蒼は死んだ。


「………ぁない!!」


「血が止まらない!!」


「誰か救急車を!!」


「誰か手を貸して!!」


「おい、シッカリするんだ!!」


やっと頭の中が整理されてきた気がする。

頭の中に騒ぐ人達の声が響く。

中谷蒼は死んだ。母親は腕が引き裂かれ意識不明。

“助けなきゃ”…

そう思った瞬間…

凄まじいエンジン音が鳴り響き、今まで白い車体に突っ込んでいた鉄板に覆われた車が逆走し、フルスロットルで逃亡する。

その車体の前方には紅の血が滲み、肉片がこべりついていた。


「……っ!」


凄まじい怒りが頭をよぎる。

静かに影からデスサイズの柄が伸び、それを握る。


「っ!!いけません!!マスター!!」


そんな言葉は新の耳に入らなかった。

次の瞬間。超人的力を込められたデスサイズが鉄の車体に向かって発射された。

瞬く間にデスサイズは車体との距離を縮め、そして、厚い鉄板をぶち破る。

たった一撃でデスサイズは車体を貫通し、前方に設置されたエンジンを粉砕、爆破した。

鉄板に覆われていたせいか、爆発は小さく済んだ。


新はデスサイズを振るった腕を痙攣させながら、反対の手で自分の胸を掴み落ち着かせた。

「助けなきゃ。」

ただその言葉だけが頭に響き、朦朧としながら、横たわる母親の元へ歩いた。

先程の姿を見ていた人は少なくない。

青ざめた顔をした野次馬達が新を避け、自然と道ができる。

それに気づいた救助に当たっていた人間は新を止めに入った。


「今はこの人を助けるので手一杯なんだ、頼むから離れていてくれ。」


「邪魔だ。退け。」


「お前には見えないのか!!彼女は死にそうなんだぞ!!頼むから彼女を助けることに集中させてくれ!!」


「だったら聞く。お前が邪魔するせいで彼女が死ぬ。つまり、お前は彼女を殺すことになる。それでも邪魔するというなら俺はお前を殺す。」


「っ!!俺は医者だ!!それでも俺を邪魔だって言えるのか!!」


救助に当たっていた人間は医者だったらしい。

すると、新は懐に手を突っ込んだ。

その瞬間、目の前の人間は身構えた。

しかし、新が取り出したのは一冊の本、死亡予知記録デス・プリダクション・レコードだった。


「検索、中谷蒼の血縁。時刻、志望履歴を記載。以後継続。」



「巫山戯ているんだったら邪魔しないでくれ!!こっちは真剣なんだ!!」


その姿を見た人間は眉間に皺を寄せ、怒鳴った。

しかし、新の次の言葉で表情が変わった。


中谷真子なかたにまこ、2031年5月5日午後3時15分死亡。死因、出血多量。医師、安生智也が止血を行うものの出血は止まらず、救急隊が駆けつける午後3時20分救急車内にて死亡が確認。」


「お前、何を言って…」


「さっさと退け。邪魔だ。」


新は安生智也という人間を手で払い無理やり押し通った。

横たわる中谷真子は顔が青ざめ、既に気を失っていた。

傷口は未だ人間が止血しているが、血は漏れ出している。

残り3分15秒で彼女の命は途絶える。

止血を行う人間と交代し、微弱な魔力を込めて止血をする。すると、さっきまで漏れ出ていた血が嘘のように止まった。


「マスターいけません。魔法を使っては…」


嵐が新を止めようと服を掴む。しかし、その顔には迷いがあるように思えた。


「絶対に助ける。魔法はバレない程度で基本は手術を使う。」


「おっけぇよ。」


「仕方ねぇな。」


「リー!!ラー!!」


嵐の抗議を無視して、リー、ラーは、付近に並ぶ店の扉を引きちぎって新の周りを囲むように固定した。

店員は血相を変えてリー、ラーを止めようとするが、機械人形のリー、ラーに適うはずもなく。倒れる中谷真子の姿を見ると、その抵抗をやめた。


壁が完成する直前。安生智也という人間が「彼女を殺す気か!!」と叫んでいた。


だから、新は静かにこう言った。




「君の病院では、もしかしたら君は腕利きの医師だったかもしれない。だけど、ココは君の病院では無い。自惚れるな、人間。」




新は完全にキレていた。

焦りが生じていたせいか、自分とは下位の存在を見下すような口調が混じる。

そんな新に、嵐達は驚きながらも心中を察しているのか何も言わなかった。

自分達も仲の良かった人を目の前で失うという事はとても怖く、どうしようもなく怒り囚われる事を知っていたからだ。

だから、新を責める事は出来なかった。

今でも自分の出来事を思い出す度に胸が苦しくなる。

自分のソレと同じくらい辛いことだったから。


外から聞こえるガヤ音を無視して店から盗んできた机の中に中谷真子を寝かせる。

リー、ラーが準備している間に、新はポケットの中で手術に必要なものを創造した後、囲まれた扉に軽い結界を張り、外側から中を見ると霧のようなモヤがかかって見えるようにした。


「マスター。何を考えているんですか。こんな事しなくても時間を巻き戻せば助けられます。」


確かにそうだとリー、ラーは拳を打った。

しかし、新は準備を辞めない。


「確かに助けられる。」


「それだったら…」


「だけど、助けられるのは、“その世界の中谷真子”だけだ。」


「“その世界”、の?」


「それってどういう事ぉ?」


リー、ラーが首を傾げる。


「俺は未来の書き換えによって時間に置いていかれた。つまりタイムパラドックスにあった。だったら、他にも考えられる可能性があるだろ。」


「可能性?」


「可能性ねぇ?」


「…………っ!!パラレルワールド!!」


「そう。分岐する別世界。ifイフによって生み出された世界がある事が考えられる。俺達が元々居た世界は、中谷蒼が生きていたという“仮定”によって作られた世界だとすると、この世界は中谷蒼が死んで、更に母親の中谷真子も死んだという“仮定”の世界ということになる。

それと同時に、彼女を見殺しにして、時間を巻き戻し彼女を助けたとしても、この世界の彼女は死んだという“仮定”で時間が進んでいく。

たとえ、俺達が中谷真子を助けたとしても、この世界は中谷真子が助かったという“仮定”の下で時間が進んでいく。

たった一人助けたとしても世界には全くと言っていいほど影響はない。

だけど、もしここで助けずに見殺しにしたとしても、この世界は1つの命が欠けたとしても影響が無い。

自分の勝手な意思で人間に関与することは許されない事だ。だけど、見捨てられない。見捨てる訳にはいかない。彼女を……委員長さんを助けられなかった者として。彼女の母親を見捨てる訳にはいかない!!」


最後に聞きたいことも山ほどあると付け加えた。

新は一瞬腕を炎で包み消毒する。

そして、ポケットで創造した治療器具を手に持ち更に炎で包む。


「一応教えておくが、アラクネにオペの方法を教えたのは俺だ。腕には自信があるよ。」


「…………分かりました。私は助手を努めます。リー、ラーはこの中に誰も入らないように見張っていてください。」


「了解よ。」「おう!」


「そっちは任せた。俺達は最善を尽くす。やるぞ嵐。」


「了解しました。マスター。」




* * *




彼の名は中谷健介という。

年はもうすぐ三十路。職業は喫茶店のマスター。オススメメニューは自前のブレンドコーヒーとシナモンを練りこんだ焼きたてのパンとサラダと季節のデザートのモーニングセット。ココ最近、インスタント何とかっていうのに映えるかなんとかで売れ行きがいい。お洒落でボリューム満点。近くに来たならお試しあれ。ランチもやってるよ。


数年前、偶然喫茶店に訪れたた真子と恋に落ちその後結婚。昨年子供も生まれ充実した未だ初々しい新婚生活を送っている。


ん?なんで喫茶店のマスターなのに出勤時にスーツを着ていたかって?気分だ。父親をしてる感あるだろ?


そして、明日は一人娘の蒼の1歳の誕生日である。

父親となってから間も無く1周年という所だ。


今日も腕によりをかけて豆を挽いていた時である。


ふと、近くに設置された古めかしい黒電話が鳴った。

見た目は古いが、中身は最新に近いモデルの見かけ騙しである。

しかし、何故か今日ばかりは美しい黒色に薄くサビがついているように見えた。

手入れを怠っただろうか?そんなはずはない。気に入りの電話だ。手入れはかかさない。

では何故だろうか?


少し気にしながら、いつも通り小さく呼吸を整えてから電話を取った。


「はいこちら喫『中谷健介で間違いないな。』…sA、え?あ、はい。そうですが…」


男の声だ。店の名前の確認をされることはよくあるが、自分の名前を直接聞かれるのは初めての事だった。

普段とは違う違和感のようなものを感じながら営業ボイスで受け答えた。


『今すぐ帰宅しろ。』


「は?え、どういう事ですか?」


『さもなければ、お前の嫁の命はどうとでも出来る。』


「嫁…?真子の命…?お前…真子に何をした…!!」


『詳しくはお前が戻ってから話す。まだやる事があるからな。』


そこで電話は切れた。


「おい、おい!!!!」


電話に叫ぶ自分に近くを通るバイトが驚くことなど気にしなかった。

電話を半分叩きつけるようにガチャりと置くと。

エプロンの紐を解き、バイトに休養で抜けると伝え走り出す。偶然にも厨房を任せることのできるバイトが入っていたのは幸運だった。


必死に健介は走った。

それ程人通りは多くは無いが、行き来する人と人の間を掻き分けながら必死に走った。

途中ぶつかったりする事もあったがそんな事を気にしている暇はない。

命より大切な妻が危険かもしれないのだ。


闇雲に走り続け、息を荒らげながらも徒歩20分の距離を5分短縮して15分でマンションまで到着した。

手馴れたパスコードを震えながら押し、ぶつかるようにエレベーターのボタンを叩き押す。

運がいい事に、エレベーターは一階で止まっていた。


そして、やっと我が家の扉まで辿り着き、ドアノブを握る。

しかし、ドアノブは握ることは出来なかった。

何故なら、自分の動きに合わせたように扉が引かれ、部屋の中へ飲み込まれてしまったからだ。

勢い余って玄関で躓いた。

倒れた先には、一対の足があった。


「思ってたより早かったな。」


目の前に立つその人は、電話で相手をした声とよく似ていた。

汗だくの顔をゆっくりと上げると、そこには白髪の少年の姿があった。

年は16程度に見える、適当に済ませたようなパーカーを着た少年だった。


「妻は…無事なんですよね…!!!!」


「無事とは言い難いがとりあえずは無事だ。」


その言葉を聞いて、力が湧いた。残った力と、湧いた力を振り絞り這うように部屋の中へ入り、妻の名前を叫ぶ。

辺りを見渡し、ようやく妻を見つけた。

テレビの前のソファーの上だ。

シーツをかけられ横たわっていた。

急いで近寄ると、まず息の確認をした。息はある。息を吸うのと合わせて胸が上下しているのも確認できる。

しかし、妻の様子が普段とは違うように感じた。

何故だろうか、息をしている生きているのに違和感を感じる。

そうだ、体のラインだ。何かが足りない。

体の形を隠すシーツをどけるのが怖かった。

恐る恐るシーツを退けると、1番に目に映るのは今朝出ていった妻の服装、しかし、それにベッタリと纒わり付く赤黒い鉄臭いシミ。

そして、彼女の腕が片方、右腕が無いことに気づいた。


「死には至らないよう処置はしてある。あとはそこらの病院でも連れてってやれ。」


「_________のか…。」


声がかすれて聞こえなかった。

しかし、新の立っていた位置からは健介のとある部分が見えていた。だから、何を言っているかは理解した。

彼はこう言った。

「お前がやったのか」と。

その結論に至るのは至極当然のことだろう。

何故なら、突然仕事先に電話され、脅迫されて帰って見れば見知らぬ人が3人居座り、最愛の妻がこの有様だ。


「俺ではない。俺は処置をしただけだ。他にやった事はそれをやった犯人の抹殺だけだ。」


新は読み取った言葉の返答をする。


「だったら…どぉして……」


健介は涙を零しながら膝を着いた。

しかしそれだけでは違和感は収まらなかった。

そこで、ある事に気付いた。

確かに妻は無事とは言い難いが、生きている。この通り、息もしている。

じゃあ、娘は?蒼は何処に行った?


「あ、蒼は…蒼はどうしたんですか!?」


「……。」


しかし、新達は答えなかった。

どう伝えていいのか迷っていたからだ。


「なんだ…なんだよなんで何も言わないんだ!!!!私の娘は何処にいるんですか!!!!!!」


その姿を見て新は、嘆息混じりに言った。


「“間に合わなかった”。」


「それは…どういう…」


新は、無言で懐を漁ると先程拾ってきた物を外に出した。

それは一足の小さな靴の右足である。

その靴は酷く鉄臭く、シミが残っていた。

しかし、どこが見覚えがる。

そうだ、蒼の靴である。

でもなんでこんなに汚れているのか、そして、娘が間に合わなかったとはなんだろうか。

健介は頭が追いついていなかった。


新は、話を進めるため、残酷にも結論を言った。




「“中谷蒼は死んだ”。」




新は、それを吐き捨てると同時に、ベルトを外した靴を逆さに向けた。

すると、ぼとり、と小さな何かが床に落ちた。

それは小さく痩せ細り。靴によって血を吸われた蒼の右足だった。


「 ____________________。」


声にならなかった、声にならない。何かが自分の胸の辺りを蝕んでいるような感覚。一瞬にして粉々に砕かれた感覚。莫大な喪失感。

悲しみ、哀しみ、かなしみ、カナシミ。

胸を突き刺す痛みと、どうしようもない悔やみと後悔、負の感情が混ざりあった濁流が健介の砕かれた心に押し寄せた。


声も出せず、何も考えられない。

ただ、自然と涙が止まらない。

今の自分にはそれしか出来なかった。


「その上でお前に聞く。“誰から恨みを買った”。」


新の言葉は健介の耳には届かなかった。

その様子を見るなり、新は健介に近寄ると少し軽めに、かつ、痛み多めに健介の顔を蹴り飛ばした。

突然の衝撃に受け身が取れず、床に投げ出される。

嵐が何か言っていた気がするが、新は冷酷にも健介の胸ぐらを掴み持ち上げ、頬を叩く。正気が戻るまで叩き続けること5回、健介はそこでやっと正気を取り戻す。


「もう一度聞く。誰から恨みを買った。平気で殺人を犯す輩だ。そんじゃそこらの馬鹿じゃあここまでしないだろう。

誰から恨みを買った。言え。」


「……そんな事、恨みなんて……」


「立ったら、何故お前の妻と娘が狙われた。他になんの理由がある。」


「……………………あ……」


「言え。」


「………………一つだけ……数年前…私の喫茶店を買い取ろうとした人がいました……確か…“足立コンポレーション”……新しい会社を建てるとかなんとか……でも、断りました……私にも生活がありますから…」


「嵐。検索。」


「はい、マスター。検索結果出ました。足立コンポレーション、海外との物資の通流を主とした大手企業の1社。現社長 足立綾斗(あだちあやと)。30年間足立コンポレーションのトップに立ち指揮をし、入社から3年足らずで現在の足立コンポレーションまで育て上げた逸材。しかし、裏ではヤクザやマフィアとの繋がりがあるとの噂も検出されています。

そして、それを裏付ける情報も見つかりました。

足立綾斗の父親 足立零弦(あだちれいげん)は現在の足利組の一派であり次期組長候補と見られます。」


新はその情報を聞き嘆息つきながら健介から手を離した。


「とりあえず、確かめに行くか。リー、ラー。ここは頼んだ。嵐、案内を頼む。」


「「「了解しました。マスター。」」」


新はそう言うと、リビングの窓を開けそこから飛び立った。それに嵐も続くのだった。


「……ここ、7階なんですけど…」


「大丈夫よ。私達は。」


「そんな事より、アンタ落ち着いてんな。嫁の腕が無くなって娘が死んだのに。」


ラーの素朴な疑問は最もだ。

家族の重症と死亡を告げられたのにも関わらず、健介は自分でも驚くほど落ち着いていた。


「…………もう、何が何だかわからなくなっているんですよ。気持ちが悲しんだらいいのか、怒ったらいいのか。迷っているんです。

今はかえって平然としている自分に恐怖しているんですよ。

妻が目が覚めたらどう話せばいいのか…どう説明すればいいのか…

ところで、彼らは何をしにいったんですか…

それに、貴女達は何者なんですか…」


リー、ラーは答えるべきか迷ったが正直に答えることにした。


「マスターと嵐は恐らく、足立コンポレーションと足利組を“潰しに行きました”。」


「そして俺達は気まぐれで、激おこなマスターの下僕さ。」


「マスターのご意思ならば、その通りに動くだけよ。」


「マスターはアンタの娘の未来の友達さ。」


「その友を失ったマスターは怒って時間を超えてやってきた。」


「マスターは」


「俺達は」


「「アンタの娘を助けるためにここに来たのさ(よ)。」」


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