三井 ルート
●プロローグ
魔女服を着ていると人間界で私の姿は見えないようになっているらしい。
よくわからないけどそんなような話を聞いた。
でも路地の裏で誰かに声をかけられてしまった。
「イントネーションに特徴があるので…それは関西弁ですか?」
「大阪といっしょくたにせんでもらえます?
わて、歴史ある京都人どすえ」
「大阪と京都の違いがわかりません」
魔女服を着ていてもはっきり見えているではないか。
●1
人間界に来て三日が過ぎた。
学校に登校したところ新任の教師として金曜日に出会った彼が赴任してきた。
「チョコやろうか?」
チョコレートをちらつかせながらふざけ半分に金代先生は言っている。
突如、三井先生が金代先生の持っていたチョコレートを扇子で弾き、箱に戻す。
「生徒を菓子で手懐け…信用できひん教師どすな」
突然はじまった二人の先生の争いは芳樹先生によって止められた。
「金代センセに飴ちゃんやるいわれても
ついてったらあきまへんえ」
綺麗な扇子を開き、ぱたりとあおぐ。
「大丈夫、お菓子は嫌いですから」
王女たるもの甘い菓子は禁じられてきた。
見てもおいしそうには感じない。
「なら、よろしおすな」
何故か機嫌をよくした三井先生は陽気に去る。
何を言いたかったのか、わからない。
「ちょっといいかな~アタシ隣のクラスの…」
一人の女子に突然にこやかに話し掛けられ、驚きつつ話を聞く。
その子は友達になろうと、言ってくれた。
なにか話そうと言われ、手をひかれながら連れてこられた場所は、プールだった。
「あなた三井先生に好かれてるみたいだねぇ」
カッターナイフを持った女子はニコニコと怖いくらいの笑顔で刃を向けながら私に迫る。
誰かが壁際から私を避けた。
私とは質の違う真っ直ぐ長いつるつるとした髪が頬を撫でた。
刃があたらなかったため女子が体勢をくずす。
「二度と、目の前現れんでくれます?」
私の肩を抱き締めているのは三井先生だった。
白い手からうっすら血が滲んで痛そう。
「三井先生!」
魔力があれば魔法で直せる――――
でも、人間界に魔力はない。
そういえば微かに魔力と似た力を彼から感じる。
だけど彼の前で魔法は使えない。
「ごめんなさい…」
怪我を治せなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ええよ、あんさんにケガぁないなら」
それから暫く壁によりかかったまま、授業のことなど忘れてじっとしていた。
--
睡眠時、今日あったことをふりかえる。
せっかく友達ができると思ったのに、まさかあんなことになるなんて。
「あ?」
手首一面が赤く染まっている。気がつかなかった。
きっと彼の持つ、神力の影響だろう。
神の力は、私の持つ魔の力とは対局にある。
ここは人間界だから、魔力が弱く、神力に相反する作用が低くなり、この程度ですんだのかもしれない。
もう三井先生には近づかないようにしよう。
「おはよう」
なまりある話し方、三井先生だ。
「おはようございます」
挨拶をして、何か話しかけられる前に、そのまま教室に入った。
「このプリントを、職員室の金代先生に…」
茶川くんは体調が悪くなったらしく、相対することになった。
昨日から風邪をひいて具合がよくなかったようで、悪化したらしい。
変わりにプリントを私が持っていくことになった。
金代先生がいない。今いるのは三井先生と寝ている面識のない先生だけだ。
「あの、金代先生を知りませんか?」
「そんなら机に置いとき」
「はい」
といっても金代先生が使う場所がわからない。
きょゅろきょろしていると、三井先生が私から荷物を取りあげる。
そのまま淡々と運んでデスクにのせた。
「すみません、ありがとうございます」
「その腕どないしたん?」
「これは…」
先生の神力のせいだと言っていいのだろうか、彼は自分の力に気がついているのだろうか。
「なんでもないです」
茶川くん、異常なほど女生徒からモテている。
なにか魔の類いにとりつかれているのだろうか。
「三井先生、茶川くんのことなんですが……」
神通力を持つ先生なら、何かを感じられるはず。
「茶川君がどないって?」
三井先生は【タヌキソバ】(なんと読むのかはよくわからない)と器に書かれた食べ物を口にする。
ずるりと音をたてながら、それでいてスープを不用意はねさせずに上品に食べている。
「ですから茶川くんに…」
三井先生はさらに【狐ウドン】と書かれた器を持って食べている。
「これはやれしまへん」
「……いらないです」
「……茶川君がもてはる?」
「はい、そうなんです」
「あんたはんがそないなこと聞いて、どないしはるん?」
「……わかりません。ただ彼が困っていたようなので」
「おなごにモテるのが困るて、贅沢な悩みどすな」
「……」
三井先生はモテるということがないのだろうか?
「ええよ。ついてき」
距離をとりながら後ろを着いていく。
「それはなんですか?」
「札や」
ペラペラの紙をどうするのだろう。
じっと見ていると先生は、茶川くんへ紙を投げた。
「とくになんも、憑いてまへん」
「そうなんですか……すみません」
「……あんたはん、ただの人間やないやろ?」
ドキッ。何も聞かれないから油断していた。
とぼけてみようか。
「……ワレワレハウチュウジンダ」
我々―――いや、私一人だった。
「妖精姫やろか?
次兄の良い人がたしかそんなんやったし……」
「いえ、違います」
それだけはきっぱり断言できる。
妖精姫とはたしか異次元の星にいたとか本に書いてある種族だけど、よく知らない。
「吸血鬼には見えやしまへんし……悪魔いう洋のバケモン……?」
近いけど違います。
もう私がただの人間でないことは、彼の中で確定されてしまったようだ。
「私は魔女なんです……」
●2
妖精姫のことを知っているなら、親族にいるなら、彼が普通の人間でない事は推察できる。
それは魔女のことを教えても問題のない一定ラインの存在であり、うまくやれば協力者にできるのでは……
そう考えて、言った。