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新渡戸の夜 稲造の朝  作者: 紫水ゆうじ
第6章 稲妻のように過ぎ ☯ いないはずの部屋 しらぬはずの過去
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後者-交差する頼み事-

 夢。この文字には二つの意味があります。寝て見る夢と叶える夢──叶わぬ夢の方が馴染み深いでしょうか。私は最近前者の夢を見ます。夢というと私はお菓子の家や雲の上を散歩のようなメルヘンチックな夢を今まで見続けてきましたが、入れ替わり以来……なぜでしょうか、おかしいのです。とてもおかしな夢を見るのです。


 月の光も届かぬ暗い夜。私がベッドで寝ていると、急にお手洗いに行きたくなることから始まります。ベッドから降りると私は、まず部屋の内装が気になります。清水君の部屋にしては鏡の数が少ないのです。普通の部屋にしては多いくらいですがやはり少ないのです。


 次に部屋が大きく感じます。というより身体が小さくなっているのですね。鏡に映る私──清水君は小学校くらいの幼さがあります。……懐かしいですね。私が彼に初めて会ったのも、ちょうどこのくらいの頃でした。などと、懐かしんでいる間に膀胱は限界を告げます。私は部屋を出てお手洗いに向かいます。設計上、一階にしかお手洗いがないため階段を降りるのです。


 間に合った、と清清しい顔で用を足たした私は自室へと戻ります。


 この時です。耳が異変を告げるのは……泣き声が、泣き声が聞こえるのです。それも大人の嗚咽に近い泣き声が──。それだけでも恐怖だというのに音がする場所も追い討ちをかけます。音源は一階お手洗いの斜め前の部屋。ここは空き部屋のはずなのです。人がいないはずなのに声が聞こえる……お手洗いに行った後に気づいて正解でした。危なく床を盛大に濡らすところです。


 恐怖心は好奇心に駆逐され、私はその部屋を覗こうと戸口に手をかけます。片目で覗ける程度の隙間を作り、右目をそこに当てはめました。空き部屋の中は豆電球がついており、視界良好とはいえませんが大よその理解は可能です。中はこざっぱりとしていてベッドと本棚、姿見の設備が見られます。そのベッドの隣には椅子が置いてあり長髪の女性がまるで看護するかのように寄り添っていました。注目すべきはベッドの中に誰かがいる。そして、すすり泣きの音源がそこにある事実です。


「……大丈夫です。ここにいますから──」


 ベッドから出た手に長髪の女性は手を重ねます。そして、優しく語りかけます。


「────僕の顔は、肌はいつもどおりだよな。そうだといってくれ……」


「はい、私が愛したあなたそのものですよ」


「……そうか、だけど僕にはそう思えないんだ。怖いんだ。僕から美しさが抜けてしまったら、君もあの子も離れてしまうのではないか、と」


「そんなことあるはずないでしょう」


「……だけど僕は、君が僕のように重度の皮膚病になってしまったら愛せる自信はないよ」


 なんのことをいっているのでしょうか。声の主が顔を上げると、その肌はなめらかで美しく嫉妬するような美肌です。手も美しくこれが暗闇だからそう見えるというものではありません。


「それでもいいのですよ。私はこのことを理解してあなたと一緒になったのですから」


「すまない。僕も半信半疑だったんだ。……でも本当だったんだな。あんなに美しかった僕が、こんなにも醜く最期を迎えるなんて。──死にたくなんかないんだ」


「私がこの家を、家族を守りますから。それが清水家の女です」


「──すまない。僕はわかっていたというのに僕を信じられなかった。こんな呪い、気合で乗り切れると高をくくっていた。でも駄目だな……負けてしまったよ」


「あなたは綺麗ですよ。私よりもずっと」


「ありがと、な──はっ、はあああああああ! 僕はっ、僕の顔がっ、肌が! やめてくれ僕は悪くないんだ! 死にたくはないんだっ! まだ、死にたくはっ! 死にたくは……」


 ここで夢は終わりです。後味が悪いってものじゃないですよね。ここ最近、毎夜この場面でフィルムが切れ、汗ばんだ身体で目覚めるのです。大人が過度に取り乱すのは見ていて忍びないのです。夢の中の私は何もしてやれないのです。不甲斐ないのです。私の身に余るこの悩みを清水君に相談できれば気が楽になるのですが、高い確率で地雷を踏む恐れがあります。だから、つぐむしかないのでした。そして、私は何事もなかったかのように学校へ向かうのです。


「いいか桔梗。僕がいったように頼むんだぞ」


「……わかりましたが、うまくいくのでしょうか」


 十月十九日月曜。新暦の神無月こと月下祭まで二週間と迫った今日、私たちは〞八乙女〟として一緒に神楽舞を踊ってくれる方を急遽探しておりました。私の手落ちでしたが何とか六人の方に快い返事を貰っています。あと二人ほど心当たりはあるのですが、私としてはどちらも望み薄だと思います。しかし、ぐちぐちいっている暇もなく勧誘に勤しむしかないのです。


「あのー、頼みごとがあるんだけどさ。三十一日の月下祭、巫女として神楽舞踊ってみない? もちろん無理ならいいんだけど──」


 無理に決まっています。だって清水君が目星を付けていた方は、巫女というものに縁遠い方でしたから。


「………………………………」


 目もまともに開けていないその方は駄目もとの願いにスケジュール帳を取り出します。


 そして──なんということでしょう。三十一日の空欄に月下祭と書き込みました。

「よろしいのですか! ──ではなく、いいのかっ!」


「…………問題ない」


 あまりの予想を裏切る結果に、私はついつい地を出してしました。だってこの方は──。


「話が分かるようで助かります。今日から放課後毎日練習しますから、ちゃんと休まず来てくださいね。羽嶋君♪」


 そうです。この方は羽嶋頼仁君、男性なのです。巫女を演じるということは女装をするということなのです。確かに身体も華奢で愛らしい眉毛が女装した際に化学変化を起こしそうですが、男性なのです。


「(……清水君、やはり巫女が男というのは、神への冒涜のような)」


 耳打ちしてみたもの私の心配など知ったことじゃないようです。なぜか私は、クラスの同性や部活の方といい得ぬ隔たりがあるため代役を期待できません。それにしても、快い返事を返す羽嶋君にも問題があるのです。この方は病的なまでに他人の頼みを聞いてくれます。良い方なのですが、今回はその人の良さがありがた迷惑です。


「あとはリンだけですね。この調子で頼みますよ」


「そちらが一番の心労です――だ!」


 もう演技すらまともにできなくなってきました。星さんとは、あの一件以来話しかけることすら避けて通りたい道です。ですが、清水君はこの方を信頼しているのですよね。あの一件もそうですし、この件についてもそうです。……避けて通れないのならば一度お話を交えるのもありなのかもしれません。清水君と一緒の道を進むには、あの方の理解は必須事項に思えてきました。


 段取りは清水君が組んでくれたので私は放課後を待つのみですが、どこか待ち望んでいる私がいるのかもしれませんね。


 ──時は過ぎ、白墨の音が鳴り止むとともに学び舎はその役目を一時終えます。


 放課後の教室に残る私と少し距離をおいて座る星さん。教室は私たちを除いた数人だけとなっていました。清水君は羽嶋君と五人の乙女をつれ月下神社へと向かいました。今日から神楽舞の特訓と羽嶋君の女装を完成させるようです。


 と、いっている間に教室は私と星さんだけになってしまいました。おそらく〞スターリン〟の異名を取る彼女から異様に放出されている「帰れオーラ」を気取ったのでしょう。私も危なく帰りそうになりましたが、お話がありますのでそうもいきません。


「誰もいなくなったぞ。太郎はうちに用事があるんでしょ」


 無音の教室で生まれた初めての音は不機嫌そうな星さんの声。私はそれに答えように喉を振るいます。


「十月の終わりに月下祭があるのは知っているよね。そこで踊る神楽舞にリンも参加して欲しいんだ。予定入っているかな?」


「それ嫌味? 私が友達少ないの知っての。だいたいなんで今年に限って月下祭いくのかしらね。私が誘っても面倒がって来なかったくせに。なに、あの秋葉とかいう奴のため?」


「祭りに参加するのに理由なんているかな」


「神様信じていないくせに、祭りなんてバカバカしいっていったのあんたでしょ」


 話を聞くと、やはり私にはない清水君との繋がりが見えてきました。清水君と同じ時間を生きて来たんですね。正直羨ましいです。


「祭りというものに興味が出てきたんだよ。行かず嫌いだったんだって」


「行かず嫌いって、あんた小学校までずっと行ってたでしょ、うちと一緒に──うちだけ覚えていて太郎が忘れてるって、うちバカみたいじゃん……」


 会話の中でなにか引っかかることを聞きました。小学校までは祭りに参加していて、いつからか祭りをバカバカしいと参加を止めた。つまり小学校の時に何らかの事柄が転換期として清水君を無神論へ変えたということです。一体何があったというのでしょうか。


「まあ、太郎がどうしてもというなら、うちだって吝かじゃないよ。でも交換条件としてうちの願いを聞いてくれたらだけど……」


「ええ、私にできる範囲なら」


「なんだよ私って気持ち悪い。いつも通り僕じゃないと調子狂うわ。……一度しか言わないからちゃんと聞いてよ──げ、月下祭、一緒に回ろう……」


「……祭りを一緒に回るだけ?」


「だけって何よっ! だけっていったからには約束は守ってもらうからね」


「ああ、構わないよ。神楽舞をちゃんとしてくれるならね」


 星さんということもあり理不尽な要求が来ると身構えていたら、予想外に安易な願い事でした。ですが、分かるような気がします。私が逆の立場なら今の星さんと同じ幸せな顔をしているでしょうから。どうやら私は星さんを誤解していたようですね。


 私も星さんも変わりない一人の乙女でした。あっさりと交渉も終わり清水君についての情報も入手しこの時間は得たものを大きかったです。星さんと向き合って本当によかった……。


「神楽舞の練習には明日から参加するから。……それと、はいっ、これ」


「なんだ。お茶なんか渡してきて。喉が渇いているからありがたいけど」


「うちは嘘ついたままだと気分が悪いの。だから、ごめん。一応、十倍返しだから……」


 そういうと星さんは煙のように消えてしまいました。嘘の件を私は存じ上げませんが、いただける物はいただきましょう。しかし、心なしか耳が赤かったような気がします。


 私はそんなことを思い浮かべながら八乙女の成立をお茶で乾杯します。


 ふはー。やはり、仕事終わりのお茶は格別でした。


次話掲載

4/27 18:00頃

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