-ショウウィンドウに張りつく美少年-
通学路の歩みを進めると小さくなっていく我が家。和洋折衷といっても日本建築が優位な自宅の外装は昔ながらの木の匂いが香る一軒家。立地が田舎に足を踏み入れていることを加味しても、現代の住宅事情にしては立派なもので、三人家族で住むにはどうも手に余る。そんなことを再確認しながら進む通学路。僕は時間に余裕がないのも忘れてある店の前で立ち止まった。
「……やっぱりいいな」
そこは町唯一の楽器屋。僕はいつもこのショーウィンドウの前で足を止めてしまう。薄いガラスに隔てられた一枚向こうに輝くは値札のマルが異常に多い管楽器。素人目には店長が悪乗りしたようにしか思えない。
「はあー、悩ましい」
吐息交じりの独り言がガラスを曇らし、慌てて服で拭く。
すると同時に、死角からため息交じりの声が肩を叩いた。
「はあー、よく飽きないねえ」
「…………美とは、常に新鮮な発見を魅せ続けるものに与えられる称号だよ。リン」
この呆れ声、聞き違えるはずがない。それこそ呆れるほど聞いてきた。振り返ることもせずに声を返すと、それがしゃくに障ったのか朝から随分な挨拶を背中にふりかけた。
「いい加減にしないと遅刻するぞ、ナ・ル・シ・ス・ト!」
「――誰がナ・ル・シ・ス・トだ! そんなのとっくに卒業した! 僕は耽美主義者、美を愛するものだ。そこを履き違えないでくれないかな」
不躾な挨拶に端整な顔をほんのミクロ単位でひきつり、音源へと首を振る。
そこには僕以上に顔をひきつった少女の姿があった。
「……あの、般若の仮面は外してもらえるかな、公衆の面前ですし」
「――地顔だ、たわけ!」
「ひっ、顔だけは勘弁してくれ――」
予想通りに手が早い少女の予想以上に早い平手は、貌を護るだけで精一杯だった。皮膚の悲鳴が町内に響き、正真正銘の喉から出た悲鳴が後に続く。感覚が正常に機能していることを確認した僕は、痛みの元を危険信号の出した腕をまくり見る。
「な、なんてことを! 僕の白魚の肌が赤魚になってしまったじゃないか、責任とれ!」
そこには本来あるはずの雪色の肌はなく、かわりに腫れ模様の二の腕が顔を見せた。これに一言ある僕は当然リンに謝罪を求める。しかし、リンのふてぶてしい面には一片の謝意もなく片眉を上げ一言。
「なに、責任とって結婚すればいいのか?」
「……責任と罰ゲームの違いくらい予習・復習してくれよ。頼むから」
「――たわけが…………」
これは今思えば、本当に〞たわけ〟だったと回想する。
予習嫌いの復讐好きな彼女は、「自分の手がいかれても構わない」。そんな覚悟が伝わる一撃を、貌を守る僕の二の腕に炸裂させた。
この瞬間、僕は一つの経験を得た。痛覚に極限の衝撃が達した時、人は声を、悲鳴を上げないのだと、ただ受け入れるのだと。これで、また一つ大人になったような気がした。この経験を得るために払った授業料は、けして安くはなかったが……。
しかし、この不幸に思えるでき事も悪いことばかりではない。遅刻間際の学生という立場からすれば「保健室に行ったため遅れました」という口実に無理やり変換することが可能なのだ。不幸中の幸いというには割に合わないが、慰め程度の勘定にはなったであろう。……いや、そう思わないことには、やってられないのだ。
それともう一つ、妥協点を挙げるとするならば〞貌〟を彼女の乱暴なものから護れたことだ。
あの暴力的な少女の名は、星凛。幼馴染といえば聞こえがいいが単なる同郷、吸ってきた空気が、飲んできた水が同じというだけである。彼女は幼少期から乱暴で自己中心的な所があり、小学生時の影のあだ名は報復の執拗さから「十倍返し」、中学に上がるとちょっぴり背伸びした単語を使い「暴君」、高校ともなると英語や世界史の知識を駆使し「スターリン」と相成った。趣向に満ちたこのあだ名は学校内でも満場一致で採用されている。
そんなことを知ってかしらずか、彼女の横暴は日増しにエスカレートし、最近は孤立が目立つようになった。顔は悪くないのだか、あの目つきの悪さがそれを打ち消して余るようで、取りあえず不干渉が平穏な学校生活の最善の手として暗黙されている。
風采はクラスの誰よりも女性の体つきをしているが、リンという人柄にかかればそんなの鎧の延長にしか見えなくなる。よくよく彼女の髪型をみてみるとツインテールというのがまた、鬼の角のようで人相の悪さに拍車をかける。なんでそんな危険人物に朝から絡まれたのかというと、幼馴染という理由しか思い当たらない。付き合いの長さによってリンの数々の横暴を僕が知っているように、リンも僕の過去を知っている。
写真嫌いが祟って昔を振り返る手段は記憶しかないのだが、リンが朝いったように僕は自他共に認める〞ナルシスト〟であった。そう、僕は鏡が好きなのではない、鏡に映る自分が好きなのだ。とくにこの端整な顔立ちが。幼少期は顔が映るものがあるとかならず立ち止まり、時間を忘れ悦に浸った。換言するなら「自惚れ」字の如く「自分」に「惚れて」いたのだ。
しかし、それも若気の至り、稚い(いとけな)ばかりあまりに美しいものに心を奪われてしまったのだ。この「自惚れ」、ナルシストは中学のある時期に卒業した。このままではいけないと、改善しようと思い立ったからだ。
今となっては「……そんな時もあったな」と縁側でお茶をすすれるほどには大人となった。
僕はナルシストに変わるアイデンティティーを手に入れたのだ。
それは〞恋〟無論、自分に対してではない。自分に自分で恋するのは世間ではナルシストと謗りを受ける所業、もう僕はそんな子供ではない。では、誰に恋をしたのか? それが論点となるであろう。答えはシンプル、まさにシンプルisベスト。僕は鏡の中の自分――清水仙太郎に僕は恋をしたのだ!
……なぜだろう、このことを述べると皆一様に「シュノーケルをつけながら登山する人」をみるような目線を向けてくる。この視線を浴びるたびに、世界には凝り固まった脳の持ち主が多いことを思いしらされる。そんな超合金製の脳の方々に「サルでもわかる」──いや、これでは心許ないなんせ超合金だからな。「無機物でもわかる」この考えに至った過程を披露しよう。
次話掲載
4/12 22:00頃




