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プロローグ
昔、信濃戸隠に鬼がいた。京の都より追われし鬼にして、美しき女鬼であった。名を呉葉といい、数人の鬼とともに水無瀬の里に落ち着いた。
数年の後に都に噂が立った。信濃に逃げ落ちた鬼が謀反の軍を率いていると。
すぐに信濃へ都から軍が下った。将は平家の信濃守。一晩の内に呉葉の首は刎ねられ、鬼達は皆殺しにされたという。
いや、皆殺しは不正確だ。鬼は皆死ぬには死んだが、その晩を一人の鬼が逃げ延びていた。これもやはり呉葉と同じく女の鬼で、元は戸隠の修験者の一人であった。
鬼征伐を生き延びたこの鬼は、しかし後悔に喉を突いて死んだという。場所は戸隠の修行寺、季節は冬であったそうだ。
水無瀬の村に伝わる話は異なっている。かの女鬼は生きたと、その後の余生を旅として国々を訪ね歩いたと。
その記録を纏めた者がいた。彼は女鬼と共に旅をしたという。その記録が残っている。
旅の様子を綴った草紙は、作者の何を想ったか、題を「女鬼異婚草紙」という。