4巻
サラはおびえた猫のようにこちらを威嚇してくる。
なんだろう、動物的本能のまま襲いかかりたい自分がいるのだが、それ以上に人として、ものすごく申し訳ない、いたたまれない自分がいた。
「えっと」
ビクッ
話しかけようとしただけでおびえられる。
心が痛い。
この状況を何とかしないと、良心の呵責でつぶれてしまいそうだ。
どうすればいい、何をすればいい?
これほど悩んだことは過去にあっただろうか。
苦悩していると、自然と1つの考えが頭に浮かんできた。
もうこれしかない。
「このたびは誠にすみませんでした。」
土下座である。
人間、最後はこの答えにたどり着くようになっているのだろう。
「え、えっと、頭をお上げ下さい。」
あれ、案外、簡単に許してもらえるのか。
だが、甘えるわけにはいかない。ここはしっかりと謝っておかねば。
「いえ、謝ってすむことではないと思いますが。本当にすみませんでした。」
「やめてください、殿下、王がそのようなことなさってはいけません。」
あーなるほど、王の身分が土下座の価値を跳ね上げていたのか。
恐る恐る顔を上げると、そこには戸惑っているサラがいた。
おかしくないか、さっきまで俺を殺そうとしていたはずなのに。
セクハラしただけであれだけの殺気を出せるとは思えない。
おそらく、サラには俺を殺したい理由がある。
でもそれが揺らいでいる。
俺を殺したい理由はなんだ。
まあ、考えていても仕方がないか。
ここは本人に確かめよう。
「えーと、少しいいかな?」
「は、はい、なんでしょう」
「なんで俺を殺そうとしたんだ?」
サラの顔が真剣になる。
「わからないのですか?」
「ああ、わからない。」
「1年前に何が起きたかご存じですよね?」
「まったく知らない。」
知らなくて当然だ、俺がこの世界に来たのは1週間前。
本物の王なら何か知っていたかもしれないが。
そんな、何も知らなかった。そんなことって。
でも王であるのに直接、頭を下げてくるような人が嘘を言っているとも思えない。
彼女はぶつくさと独り言をつぶやいている。
「えーと」
「申し訳ございません!愚かにも殿下の命を奪おうとしてしまうなど、不忠の極み、死んでお詫びします。」
「待て待て!死ななくていいから、許す、全て許す。」
「いえ、それでは示しがつきません。ですから死んでお詫びします。」
めんどくせえ、このままでは無限ループに入りそうだな。
かくなるうえは
もみ(ムニュー)
「何をなさるのですか!反省なされたのではなかったのですか!!」
とりあえず、無限ループは回避できたようだが。
まずい!また警戒されそうだ。
とりあえず、質問でごまかそう。
「そんなことより、なぜ俺を殺そうとしたのか。あと1年前に何が起きたんだ?」
「え、はい、わかりました、説明します。ことの始まりは初代・・・」
話が長くなりそうなので割愛
要約すると次の通りだ
覇の国の政治は官吏(民間採用)と貴族によって行われていた。
時が経つにつれ官吏側の力が強くなり、貴族の影響力が薄れた。
そこで貴族は1年前に蜂起、だが官吏によって制圧され、一部の貴族を除いて身分を剥奪された。
さらに官吏は情報漏洩、人材流出を恐れ、元貴族の国外への移住を禁止し、宮中の召使や農奴に元貴族を貶めた。
元貴族であった、サラのプライドはこの時点でボロボロだった。
そんな中で、自分達を貶めた奴らに次は娼婦のようなことを強要され怒り爆発ということである。
「でも、元はといえば反乱を起こした貴族にも非はあるだろう。確かに娼婦の扱いをしたことは悪いと思うが、自分たちの勢力が弱まったから反乱って。」
「違います殿下。我々貴族は保身のために決起したのではございません。私腹を肥やす官吏どもを倒し、今一度この国全土に王の権威を取り戻すため戦ったのです。」
「王の権威の復活か・・・・・」
そう、この国の内情はとても不安定な状態だった。
この世界に来た当初、俺はこの国に不審感を持った。
連日行われる豪華な宴会。
毎回参加している宰相や大臣。
王である俺への進言は女のことばかりで、政治の事は一切ふれてこない。
外の民衆の様子は完全にシャットダウン。
これではまるでマンガで見た、<黄巾の乱>が起こる際の腐敗した王朝そのものだった。
※黄巾の乱:後漢(昔の中国)の衰退の契機となり、群雄うごめく三国時代(三国志)の始まりともいわれる反乱。
だが、俺は何もできなかった。しなかった。
この世界の歴史は知らないし、ニートの知識なんてたかが知れている。
結局、現実世界と同様に逃げたのだ、そして自分にとって1番楽な道を取った。
近い将来、破滅がくるとわかっていても。
「殿下、どうかなされましたか?」
「いや、なんでもない。そうだ、今回の件の詫びにお前を貴族に戻してやろう。それとも何か別に望む物はあるか?」
「私の望みは覇国の繁栄を取り戻すことです。殿下、共にこの国の立て直しを。」
サラは平伏した。
「それは無理だ。一度腐った国は滅びるのが定め。そして、英雄達がしのぎを削って新しい国を作るのは歴史の必然だ。」
間違っていないはずだ、歴史の教科書でも開けば一目瞭然
「何をおっしゃいます!!腐っているとわかっているなら、新しくなろうとすればいいだけ、英雄が国を作るのなら自身が英雄となればいいだけです。諦める理由になりません!」
何がサラをここまで駆り立てているのか。
まぶしかった。まぶしすぎて、見ていられない。
サラは能力があるから前向きなんだ。俺とは違う。
「それはお前みたいに、能力があって優秀な者の理論だ。俺みたいな平凡以下の人間には通用しない。」
「私が優秀?何をおっしゃるのか、私が優秀なら反乱に負け、召使になることなどないはずでしょう。それに、さきほども、コホン、殿下の暗殺に失敗したばかりです。殿下はやけに自身のことを卑下なさっておいでますが、たとえば殿下が今、大声で助けを求めれば、優秀なはずの私は捕まるのですよ。私より殿下の方が優秀ではございませんか。」
詭弁だ。
「違う、それは俺の力ではない。家臣の力を使っているだけだ!」
「その通りです。ですが、殿下の大声がきっかけとなったのです。きっかけを作るのに優劣など関係ありません。」
詭弁だ。詭弁だ。
「きっかけを作った後はどうだ、その後に必要な能力が俺にはない!」
「きっかけとは流れです、行きつく先を知っているのは天だけです。人のおよぶ領域ではございません。」
詭弁だ。詭弁だ。詭弁だ。
「では能力とはなんだ。」
「能力とは生きるための力です。」
「俺は能力、生きる力が弱いんだ!!俺には何もできない。」
「??」
サラはとても不思議そうな顔をしていた。
何だ、何か変なことでも言ったか。
「何だ、言いたい事があるなら言え。」
「殿下は生きていらっしゃるではないですか。」
「は?」
「それに、殿下は予言者かなにかですか、まるでこの先、何をしてもダメなのがわかっておいでのようですが。」
「予想ぐらい誰でも出来るだろう。」
「そうです、予想は誰でも出来ます。ですが、予想など誰でも出来る程度のものです。絶対的な物ではありません。」
「お前は何を言いたい?」
「殿下は生きています。生きているならそれだけで、何かを成し遂げるために動けます。」
無理だ、俺は行動できないからニートなんだ。今さら変われない。
「俺には無理だ。俺には出来ない。」
また俺は逃げるのか、きっかけが欲しい、逃げないためのきっかけが。
手が差し出される。
「ですから、殿下一人ではなく、私と共にと言っているのです。」
サラは毅然とした顔で、こちらを見つめている。
やはりサラは優秀だ、こんなダメニートの俺にやる気をださせるなんて。
手を握りしめる。