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私、メリーさん。いつになったら振り返ってくれるの?その一

コメディ初めてです。テレビはあまり見てません。

「私、メリーさん。今あなたの会社のロビーにいるの」



 今月に入って早速のコールだ。俺ははあっとため息をついて帰宅準備をする。お疲れ様です、と同僚に挨拶してタイムカードを通す。一切無駄のない挙措で自動ドアをくぐり抜け、爽やかな夜の空気を味わう。今日も月が綺麗だ。



「私、メリーさん。今あなたの後ろにいるの」



 電話を切っていなかったので、そのまま話を続けてくれるそうだ。喉を軽く鳴らしてから返事をする。



「距離は」

「きっかり五十メートルなの。ついでに足音もあなたと揃えてるの」



 鋭敏な俺の耳には、確かに固い靴音が全く俺と同じテンポでアスファルトを叩いているのを感じた。この軽い足取りには聞き覚えがある。寧ろ、ここ二週間毎日聞いている。



「目測じゃ難しいだろ」

「あまりナメない方がいいの。以前目つきのキツいフリーのスナイパーに痛い目にあったの。あれから彼に負けないようにクローン傭兵の下で鍛錬を積んだの」

「お前も大変だったんだな」

「ありがとうなの。今の私なら1/30秒であなたの頭に鉛玉をぶち込めるの」

「早撃ちすげえな。どんだけ負けず嫌いなんだよ」

「あなたにわかる訳が、ないの。『俺の後ろに立つな』って、人形、のように、空洞な目で、見下ろされて、拳銃を、突きつけられる私の、気持ちを、わかる……、グス、なんて」



 思い出しただけで涙目かよ。都市伝説にトラウマ与えてどうすんだ。そいつ本当に日本にいるのか。

 泣き出したら止まらなさそうなので、話を変える事にした。



「掘り返しちまって悪い。それで、今日もか」

「当たり前なの。今日こそあなたを振り向かせてやるの」



 随分強気になって安堵した。こんな些末事で女の子を泣かせるのは俺の趣味じゃない。最初は勝手に無言電話をかけられ、翌朝には『めりーちゃん』と電話帳に追加されていたのには驚きを隠せなかったが、元々独り身だし多少は付き合ってやるか、と楽観視していた。



「そうか。まあ、今日の俺の夕食に付き合ってくれたら、考えてやらんでもないぞ」



 ブツリと電話が切れた。ミッション開始らしい。俺はタッチフォンを胸ポケットに閉まって、夜の繁華街に出た。足音が雑音に紛れてわかりにくいが、あの子の異常な尾行技術は既に確認済みだ。一度大阪に出張した際にも新幹線に潜入していたらしいし、トイレで服装を替えた時も尾行が続いた。静脈センサーが取り付けられた俺のマンションにも難なく侵入し、ご丁寧に家の蛸足コンセントを発信機内蔵型とすり替えていた。隠しカメラも顔が映らない内に潰されており、敷物の下に隠した圧力感知パッドも意味をなさなかった。

 これだけでも十分被害届を出して受理できるレベルなのだが、この間間接的に目を合わせた時が一番酷かったと断言できる。四日前に北経由でヒースロー空港へ飛んでいる時、うとうととうたた寝をしかけていたら、突如電話が鳴ったのだった。糞上司だったらどうしよう、と苛立ちを感じながら画面を見ると、『めりーちゃん』と表示されていた。周囲は皆毛布を巻いて眠っている。この状況でストーカーだろうか。藪を棒でつつく思いでコールを受けると、あのか細い囁きが耳朶を打った。



「私、ザザッ、メ、ザザザッ、リーさん。今、あな、ザッ、たの下に、ザザッ、いるの」



 下と言われても、座席の下は空洞だし床下は機械で埋まっている。じゃあ、どこにいるんだ?



「どこにもいないぞ」

「前を、見て」



 前にはぐったりした頭しかない。そして、ふと航空機の中央の天井に取り付けられた画面を見て唖然とした。



「えっ。目玉?」



 片目がズームアップで映っているのである。それでも動じずに瞬いていると、画面は下界の暗い北極圏に戻っていた。通話も切れていた。まだ誰も気づいていない。

 とりあえず五、六ヶ所つっこませろ。空港のセキュリティーはそんなに破りやすいのか。職員なにやってんだよ。開拓時代の鉄道じゃねんだぞ。酸素低濃度極寒成層圏で摩擦バリバリの機体表面にしがみついて電話するなんてバカな話があるか。違う意味で化け物だわ。

 誰も聞いてないのをいい事に、思わず独りごちてしまった。しばらくして、また電話が鳴った。



「今度はなんだ。もう驚かんぞ」

「私、メメメリリーさん。今、かかか貨物室に、いるるの」

「入れたのか」

「わわわたしししに不可能はないいの」

「寒いか」

「……うん」

「よく耐えたな。毛布貸すぞ」

「……ありがとう」



 果たして毛布を肘掛けに掛けておくと、寝ている内に毛布を取られていた。それを見て、俺はふふっとほくそ笑んだのだった。



 さて、そんな回想をしながらニマニマ歩いてしまい、周囲の好奇な視線に晒されてしまった俺は、気を取り直して夜景を一望できるレストランに入る。愛想良いウェイターに一人だと告げ、窓際の席に着いた。今夜はあの子と落ち着いて会話をしてみたい。主に、お前は人間なのか、とか、お前は人間なのか、とか。

 一分もしないで着信音が鳴る。ちなみにこのメロディーは『金平糖の踊りオルゴールバージョン』だ。俺の趣味も大概だと思う。



「私、メリーさん。今、あなたの後ろに座ってるの」



 ちょうど背中合わせで話し合っている形になる。もちろんここで振り向くなど野暮な事はしない。



「メニューはどうする。俺は本日のおまかせコースBにするけど」

「私も同じにするの」

「ドリンクは。酒は飲めるか」

「少しなら飲めるの。泥酔する前に吐いちゃうの」



 あの子は軽い下戸なのか。酔い潰す方向はナシで。そっと下を覗くと、青いドレスに黒いヒールが見えた。存在はしている。



「そうか。それにしてもドレスコードを踏むとは思わなかったよ。俺の方がだらしなさそうに見えるじゃん」

「TPOを弁えない都市伝説は失格なの。私、これでも仕事用に百着以上は服を持ってるの。お金はかかるけど、土地を貸してるからモーマンタイなの」

「土地?」

「芦屋の六麓荘なの」



 マジメリーさんカッケーっす。俺より資産家かもしれない。額の汗をハンカチで軽くぬぐう。やって来たウェイターに注文をする。後ろのあの子も蚊が鳴くよりも小さな声で注文していた。俺はあの時から一耳惚れしたんだろうな、と思う。なぜか気になって邪険にできない。かといって、あの子の思い通りに振り返りたくない。手に持った携帯に力が入った。



「すごいな。それにしても、いつメリーさんは、その、ストーカーを始めたんだ」

「受話器が発明された頃からなの」

「早いなオイ」

「電話交換が手動の頃は大変だったの。海外に電話するのが一苦労だったの」

「そりゃそうだな」

「公衆電話が普及してからが私の全盛期だったの。だけど、コードレスとか車載器とか出始めてからややこしくなってきたの。トランクに閉じ込められたり、壁の中に埋まったりするの。仕方なくできるだけ原始的な尾行で済ませてるの」



 世知辛いというか、少し同情する。そして、関心もした。あの子は超能力も使えるのか。



「転位能力があるのか」

「場所によっては難しいの。地球の裏側に転位する時には地球の回転軸をz軸に取って座標変換する必要があるの。自分を原点にしたまま目測計算すると宇宙のデブリになっちゃうの。だから東京からドバイの高層ビルの中とか狙っちゃダメなの」



 あの子は思ったよりも理系だった。どこかのジャッジメントといい勝負ができそうだ。ますますあの子が興味深い。



「へえ、やっぱりただ者じゃないんだな」

「そ、そうですの。私の凄さがわかったか、ですの」

「よくよくわかった。それで、お前の携帯って機種は何使ってるの」



 直後、椅子が微かに揺れた。



「……」

「な、なんて。よく聞こえなかった」

「……PHS、ですの」

「ええええええええ!?」



 もはや日本ではタッチフォンに駆逐されたと思っていた。そんな稀少品を保持し続けているなんて。そろそろ買い換えようよ。お金が勿体無いよ。



「これでも頑張って手に入れたのですよ。以前はポケベルと公衆電話と十円硬貨でしたけど、どんどんボックスが撤去されてトレースしづらくなったですの。災害が起こったらどうするですの。ホント実利主義はダメダメですの」



 あの子にとって、それは切実な問題だった。そして何気なく真っ当そうな理由を後付けする機転も素晴らしい。



「PHSって使いにくくない。電波悪いし」

「えっへん。そこはそれ、見てください」



 ぬいっと差し出された左手は、手の甲から指先まで白くきめ細やかで、ほっそりとしていた。余計なデコレートをしていない爪は健康的な桜色で、怪我をしないように優しく切られていた。

 左手には太い箱のようなピンク色の携帯が握られていた。画面が最低限の文字しか並べられない程度に小さく、メールの文字制限も相当厳しいはずだ。ただし、アンテナは不自然に太くて黒い何かだ。



「これを見てくださいですの。どう思いますの」

「アンテナが、すごく……、大きいです」

「そうですの。これで静止衛星にオンブして世界全域をカバーできるのですの」

「すごいのですの」

「真似しないでくださいですの」



「あっ。お前、素でしゃべってる」



 途端に左手が引っ込んで、後ろの席の足がきしむ。また携帯から声が聞こえてきた。予想以上の慌てっぷりだ。



「謀られたですの。アイデンティティの喪失ですの」

「いや、お前のニアミスだろ」

「はぐらかさないの。このレストランで私が料理されて衆目環視の辱めを受けるの。そして汚い裏路地で嫌々ともがく私を抑えつけて花を散らすの」

「ただの外道じゃん。社会的に死ぬわ」

「……一度だけ、ニートに部屋に引きずりこまれて襲われかけたの。人間の暗黒面は鬼畜ですの」



 これには閉口するしかなかった。人が凶行に走る時には常人にはとても想像できない、できたとしてもする気も起こらない事をやってのける。

 どう切り出そうか考えあぐねていると、向こうから謝ってきた。



「ごめんなさい。気にしないの。私は有って無い、無くて有る存在なの」

「俺の理解を超えてるな」

「あなたが振り向くまで、私は存在があやふやなの。あなたが振り向くと、私が人かどうかが決定するの」

「量子かよ」

「赤く発光して三倍速なの」



 この子が形而上学的存在だと思ったら、機動戦士だった。何を言っているのか俺にもわからないが、幽霊とかそんなちゃちな物じゃない。もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ。

 ようやく前菜が用意された。食前酒を片手に呟いた。



「じゃあ、君との出会いに乾杯」

「か、乾杯」



 テールランプの河が地上を流れ、星の河が空をたゆたう。夜の陰気を払いのける躍動なる人の輝きと、一切の穢れを許さない静謐なる天の煌めきを嗅ぐ心地であった。ほのかに泡立つ酒の滴に夜景の全てが包まれて、ピリッと甘辛い芳香を楽しんでからゆっくり飲んだ。喉を通る熱さが酒の余韻を醸し出し、俺は満足げに鼻から息を吐いた。

 お互い言葉が見つからず、しばらく食器の鳴る音だけが響いた。

 ふと思いついた疑問を口にする。



「あのさ、メリーさんっていつも襲わないといけないのか」

「仕事を果たしているだけで、メリーさんじゃない時は襲ってないの」

「えっ、メリーって名前だよね」

「メリーさんっていう職業なの。ちゃんと確定申告出してる立派なお仕事なの」



 咽せそうになる口を押さえつけてスープを飲み干す。それはあんまりじゃないの。



「本名は別かい」

「鈴木芽莉」

「まんまじゃねえか」

「四文字制限だったからどうしようもなかったの」



 FC時代のRPGかよ。今時のスペックに追いついていないぞ。



「で、でも、ちゃんと人間としての機能は果たしてるの。食べて【検閲により削除されました】して寝てるの。月に一回【検閲により削除されました】も来てるの」

「食事中に下品デス」

「ごめんなさいなの」


感想があると嬉しいです。

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[一言] メリーさん頑張っていますね…… 時折出てくるネタに吹き出しました。
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