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93.四の君のためらい

 故大納言の北の方は四の君に、


「左大臣殿からあなたに、北の方を亡くされた太宰帥殿と再婚なさってはどうかとお話がありました。あなたも世間からみっともない事をしたと思われ、辛い思いをした身なのでこのお話は大変良い話だと私は嬉しく思っているのですが、あなたはいかが思われますか」


 とお聞きになります。四の君は顔を赤らめて、


「確かに良いお話だとは思います。けれど世間からは『懲りない身』と思われるのではないでしょうか。再婚など、どうして出来ましょう。私の過去を帥殿もどう思われる事か。その上縁談を勧めて下さった左大臣殿の恥にもなるかもしれません。そうなれば大変見苦しい事でしょう」


 と言います。そして、


「こんな情けない身の上で、いっそ尼になりたいと思いはしても、母上が御存命の限りはわたくしの事を父上の形見のように見ていて下さっているようなので、わたくしがお傍にいるだけでも親孝行と同じ事と思い、今まで出家もせずにいたのですわ」


 と、涙ながらに語られるので、四の君は御自分のお立場をこうも思い知っておられたのかと、気の毒に思い、少将も涙ぐむのを堪えていました。


 それを聞かされて北の方は、


「ああ、なんて縁起の悪い。どうして尼になろうなどと言うのです。しばらくの間でも良い結婚をして華やかになされば、世間の人も『この方にはこういう良い御運もあったのだ』と思ってくれるだろうに。この母の言葉に従うと思って、再婚しなさい」と言いました。


 少将が、


「お返事は何と申しましょうか」と聞くと、北の方は、


「四の君は『再婚など出来ない』とおっしゃっていると伝えなさい。そして私は『私自身は今度の縁談をとても嬉しく思っております。ただ、ともかく、左大臣殿の御心の思うようになさってください』と伝えるのです」とおっしゃいます。


 少将は「分かりました」と言って、その場を立って離れました。


 ****


 四の君、すっかり自分を卑下してしまっていますね。この時代はまだ貞操観念と言う思想がなかった事はお話しましたが、それでもやはり「二夫にまみえる」と言うのは褒められた事ではなかったのでしょう。口さがない噂なども立つ事もあったのかもしれません。噂が無責任なのは今も昔も変わらなかったことでしょう。

 

 ましてこの人はあの「面白の駒」を身近に近づけて結婚した、浅はかな君と笑われたことでしょうから、また人の噂に立つような「再婚」をするなんて、恥知らずだと言われたりしたらどうしようと脅えているのかもしれません。何より結婚そのものにも懲りているんでしょうね。

 今のように恋愛をしたりするわけじゃありませんから、「新たな恋」で傷心が癒やされるわけではありません。ひょっとしたら男性不審気味になっているかもしれませんし。


 けれど、四の君にとってこれほどの名誉回復のチャンスはそうそうありません。この時代の名誉や権威がいかに重要かはこれまでお話してきたとおり。北の方も、少将も、すっかりその気で喜んでいます。何より左大臣に頼って暮らしている以上、逆らうような返事ができるはずもありません。

 それでも四の君の母として、北の方も以前とは違う気遣いができるようになっています。

 自分達は喜んでいて、左大臣に逆らう気は毛ほどもないものの、四の君自身にはためらいがある事を伝えるように言っています。以前のこの人だったら、問答無用で四の君の言葉など気にも留めなかっただろうと思うのですが、やはり様々な出来事と苦難の末、我が子を気づかう心が現れるようになっていたのでしょう。


 けれど、やはり左大臣の持ってきた縁談を断るわけにはいきません。北の方も左大臣の思うようにして欲しいと、控えめながらも賛成の意を伝えさせます。この時代は本人の意思より、こういう人間関係が重要視されてしまうのは仕方がない事だったんですね。


 ****


 少将は三条殿に参上すると、故大納言邸であったやり取りをご説明しました。左大臣の北の方は四の君のおっしゃったことをお気の毒に思い、


「そう思われるのも仕方ないことですけれども、世の中を生きている人に、こういう事も多いものだと思い直していただきたいものです」とおっしゃいます。


 左大臣もお聞きになると、


「北の方だけでもそうおっしゃっているのであれば、四の君ご本人の気が進まずとも、話しを進めた方がいい。帥殿はとても良い人物なのだから。『十一月中には筑紫に下るので、同じ事なら早く』とおっしゃっていた。早く四の君をこちらにお移しください」


 と少将におっしゃいます。少将は早速暦を取りに行かせると、婚姻の吉日を調べ始めます。

 すると今月の七日が最も良い日だと分かりました。この日なら何の障りもありません。

 四の君の侍女の装束はこちらの方で用意して、西の対で婚儀を行おうと左大臣は考えました。さっそく西の対を婚儀に相応しく飾らせます。


 左大臣が、


「四の君、早くこちらにおいで下さい」と言うと、母の北の方も、


「早く、早く」


 と急がせますが、四の君にとっては不本意な事なので、とても辛く苦しく思えて、


「今、今行きますから」


 と言葉ばかりお返事しながら、一向にお出かけになろうとしません。とうとう北の方は、


「この事でなくても左大臣殿が『おいで下さい』とおっしゃれば、行かない訳にはいきますまい。まあ、ひねくれて」


 と言って、四の君を半ば強引に行かせてしまいました。大人を二人、童を一人お供に付けて送りだします。

 四の君の娘は十一歳になり、とても可愛らしく成長しています。この姫君も母の後をついて行きたがりましたが、婚儀に前の夫の子がいては具合が悪いだろうと、許してもらえません。四の君は大変悲しく思い、ふと、涙をこぼされました。


 左大臣は待ち構えていたので、さっそく四の君と対面をし、婚儀の手はずなどを説明なさいますが、四の君は初めにした面白の駒との結婚の時よりも、さらにはしたないような、恥ずかしい思いがしてお返事も、なかなかする事が出来ませんでした。

 四の君は左大臣の北の方の三つ年下で、二十五になられます。面白の駒と結婚なさった時は、十四歳でいらっしゃって、姫君をお産みになったのは十五の時です。左大臣の北の方は二十八でいらっしゃいます。


 ****


 本人の意思とは逆に、話はどんどん進んでいきます。何と言っても太宰帥が下向する日が迫っているのです。

 それに当時は占いに左右される生活を送っていますから、互いの都合がつけば結婚出来ると言う訳にはいきません。人が移動して歩くのに支障の無い日で、祝い事に向いた日で、双方の身内に忌日が重なる事がなくて、三日目には宴を開いても差し支えのない日。なんだか気が遠くなりそうです。当時は暦を睨みながら、こうして吉日を選んだんですね。


 こんな風にバタバタと日取りも決められてしまっても、四の君はその気には一向になれずにいます。それでも準備を整えた左大臣からは、矢のような催促があるようです。

 本来なら向こうから文の一つも贈られて、良く検討してから行われるはずの結婚が、こんな風に慌ただしく勧められては四の君は余計に戸惑ったことでしょう。『今々』とばかり言って、一向に出かける支度をせずにいたようです。とうとう北の方が無理にでも三条邸へと向かわせます。そんな時に四の君の娘の姫君が母上の後をついて行こうとします。


 この姫の年齢は十一歳と言う事になっていますが、このお話全体の流れで行くとこの年齢は計算が合いません。

 いえ、この姫だけでなく、全体的に各自の年齢は細かいところで不自然だったり、矛盾が生じているのです。この姫は女君の生んだ太郎君より早くに生まれているはずなので、本当は彼より年上のはず。太郎君は前に十二歳となっているので矛盾があります。

 太郎君と共に登場した二郎君も、この後の表現を見ると太郎君と三歳もの年齢差があるような印象は感じません。実際、以前二郎君は太郎君が生まれてあまり間もない時に、立て続けに懐妊したことになっています。だからこそ、二郎君は祖父太政大臣の邸で育てられたのですから。その後もまるでこの二人は双子のように同じように成長していきます。


 他にもこの話は四巻目からは時系列や、人の年齢に不自然さが出て来るところがあります。

 一説ではこの四巻目は作者が違っているとか、一度終わった話を後につづけたとか、様々な憶測があるようです。

 事情はどうあれ、このお話はまだ続いています。矛盾は矛盾として、時間経過や年齢に関しては、この四巻目はおおざっぱな目安なのだと思って読み進むのが一番いいと思います。


 この四巻目がなければ、不遇な結婚を強いられ、不幸になってしまった四の君の名誉が回復する事は無かったのですから。


 けれどここで四の君は、「『絆し』となって出家もできない」と言うほど可愛がってきた娘を隠して結婚しなければなりません。やはり再婚となると前夫の子の事は堂々と出来ないようです。今なら考えられないことですが、当時は女性は物扱い。その子供にいたってはまさしく女性の付属品のように扱われてしまいました。まさに「日陰の子」となってしまったのです。

 このあたりが余計に四の君に決心を鈍らせたのでしょうが、この時代は母親の立場がしっかりしなければ、子供は生きて行く事すら出来ません。

 しっかりした実家があるならともかく、故大納言家は左大臣に養われているも同然なのですから。

 こんな状況で本当に自分達は幸せになれるのだろうかと、四の君は不安を抱えながら婚礼の準備をしなくてはならないようです。四の君の運命にはどんな結末が待っているのでしょうか?




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