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85.財産分け

 参内する日が訪れると、大納言はとてもきちんと装束を身につけ、身なりを整えて、三条邸の大将と女君が共にいらっしゃる所へお礼を申し奉りに行きました。大将は


「大変恐れ多いことです」といいますが、大納言は、


「私は朝廷も恐れ多いと思っておりますが、それよりもただ、大将殿の事だけを、嬉しくも、かたじけなくも思っております。あなた様にはこの世であまりお世話も出来ませんでしたが、これから死んだ後も、何かに付けて大将殿をお守りさせていただこうと、念じているのでございます」とおっしゃいます。


 そして三条邸を後にすると、今度は右大臣の邸に参上し、その上で代理に参上なさいます。

 大将は大納言の従者たちに禄をお与えになりましたが、これは今までの事と同じに、豪勢に行われた事なので、もう書く必要はないでしょう。



 しかし大納言はその日から寝込んでしまい、また病が重くなって苦しむようになりました。


「今となっては微塵もこの世に未練を残す事は無くなった。死んでいく命も惜しくは無い」


 と言って、病床に伏せっていらっしゃいます。


 大納言殿が大変衰弱なさったとお聞きになった、大将殿の北の方(女君)が、お見舞いにいらっしゃいました。大納言はかたじけなくも、嬉しいと思っていらっしゃいます。

 女君も含めて五人の御娘方が集い、大納言を看病しながら、弱った父君をお嘆きになります。

 大納言は他の娘達が看病をする事は特別に思いませんでしたが、よくしてやらなかった女君がそばに付き添って下さる事を嬉しいと思い、大変ありがたいことだとも思って、女君が寄り添って差し上げて下さる、湯漬(湯をかけた飯)だけを召しあがりました。


 ****


 実にこの人らしいというか、人生も終焉を迎えると本音に一層素直になるというか、この大納言は、自分に利を与えてくれる人には、真底感謝を表したいと思っているようです。

 この参内は大納言任命を祝う、そして大納言にとっては人生最後で最大の晴れ舞台。

 死出の思い出に最後に願いをかなえてくれた大将や右大臣に、病をおしてお礼をして回りました。大将には地位を与えられた朝廷にたいしてよりも深く感謝しており、死んで尚、大将をお守りしたいとまで言っています。


 大将の方はまた、いつものように従者の禄なども豪勢に与えられたようで、おそらくこの時も法華八講や、七十の賀の時のように、使える者の隅々にまで良い物が行きわたるような、人の目を引く禄が与えられたのでしょう。

 ところがこの日を境に気力を使いつくしたのか、大納言の病状はまた進行してしまったようです。衰弱したと聞いて、女君も駆けつけてくれたようです。


 五人もの娘達が父の身を案じて看病してくれる。しかも日頃は人の手を借りて生活している、貴族の娘たちです。そんな娘達が弱った父親に何かしたいと、身を斬る思いで手を伸ばしているのでしょう。けれど、どうも大納言は、人を比べるのが元々の気質なのか、自分の傍にいる娘たちと、世話を焼いてやらなかった女君とを比べてしまっているようです。何もしてやらないどころか、虐げてさえいた女君に考を尽くされて、大納言としてはどうしても思いは女君に強く偏ってしまう様子。それはこれから形となって表れて行きました。


 ****


 すっかり弱り果ててしまった大納言は、


「生きているうちに、自分の財産を分ける事にしよう。子どもたちの心のありようを見ていると、兄弟思いとは言えず、姉妹の仲もよそよそしい様子だから、財産の事では言い争いや恨み事が出て来るに違いない」


 と思って、長男の越前守を御前に呼ぶと座らせて、所々の荘園の地券や、石帯などを取り出しては選ばせますが、大納言は少しでも良いと思う物は、すべて大将の北の方にばかり差し上げてしまいます。


「他の子供らはこれを羨ましい事だとすら思うべきではない。大将殿の北の方と同じように、骨を折って親に考を尽くした者はいないのだから。親は少しでも考養を尽くした、人らしい子に良い物を分け与えるものだ。ましてや長年お前達子供らの世話をしていた事を、親からの恩恵と思うべきであろう」


 と、弱っているにもかかわらず、とてもしっかりした口調でおっしゃるのを、子どもらは筋の通った事だと思っています。


「この家も古くなってはいるが、広くてまともであるから」


 と言って大納言はこの、自分の住んでいる邸の地券も大将の北の方に与えようとなさるので、大納言の北の方は、これを聞いて泣きながら訴えます。


「あなたのおっしゃる事は、まったくそのとおりだとは思いますけれど、だからと言って羨まずになどおれましょうか。長年、若い時よりあなたと寄り添い暮らし、あなたが六十、七十になるまでお世話をし、あなたを頼りにもしてきた心は、これ以上ないほどです。子どもも七人産みました。それなのにこの家を私にいただけないとは。子どもたちは孝行が足りないと言うならお見捨てになるのかもしれません。でも、世間の親は幸せになれない子の方をこの先どうなる事だろうと心配になるものです。大将殿の北の方においては、この家を得ずとも、大変幸せにお暮らしではありませんか。夫の大将殿も大変頼もしく、催馬楽の「此殿」のように、いくつもの建物が並ぶような邸をお立てになる事でしょう。三条の邸も、玉のように美しくお造りして差し上げたではありませんか。息子たちの事は良いとしましょう。でも、夫のある娘たちも、その夫が自ら邸を立てて自立すらしていません。よし、それは色々と言ってやればとにもかくにも、どうにかなるかもしれません。けれど、私の身や夫のいない二人の娘はもし、『この家から立ち退け』とでも言われた折には、どこに行けばいいというのですか。都大路に立っていろとでもいうのですか。そんなに道理の立たない、心ない事を言わないでください」


 北の方はそう言い続けて泣いています。けれども大納言は、


「お前も子どもたちの事も、捨てようと言うつもりはないのだ。だが、大将殿や北の方と、親しい関係は結んでいて欲しい。この家がないからと言って、路頭に迷うようなことはないであろう。これまでと同じくらいには暮らしていけるはずだ。これからも子供たちの面倒を見てやってくれ。そのように世話してやって欲しい」


 北の方にそうおっしゃって、越前守向かわれると、


「私に代わって母上にお仕えするように」とおっしゃいます。そしてまた北の方に、


「三条の家は私の家ではない。もともと大将の北の方の持ち物だ。大将殿が私に目をかけて下さったというのに、少しのきちんとした物も差し上げる事も出来ずに死んでしまっては、私の事を『骨を折った甲斐もない者だった』と思われることだろう。何とおっしゃられてもこの家はあなたには差し上げられない。わたしの命はもう、今日、明日とも知れぬ身だ。御恨みにならないで欲しい」そう言って苦しそうになさいます。


「母上にこれ以上何もおっしゃらせるな。ひどく、苦しい」


 と大納言が言うので、子どもたちはまだ何か言いたげな母上を制して、物を言わせないようにしました。


 ****


 大納言は自分の死後の兄弟争いを心配して、財産分与を行う事にしました。女君もお見舞いにいらっしゃっているので、よい折だと思ったのでしょう。

 けれど、大納言は長く苦労をかけたにもかかわらず、最後に自分の対面をおおいに施してくれた女君に並々ならぬ感謝を感じていて、財産の内のめぼしい物はすべて、女君に分け与えようとしてしまいます。


 北の方も子どもたちも自分達がこの方にした事や、その後の恩を感じてはいますから、内心の不満はともかく、父親が大将や女君に誠意を示そうとするのを黙って見守っていました。大納言の方でも、「羨んではいけない。考を尽くした子にそれなりの報酬を与えるのが物の道理。しかもお前達は私を頼って今まで暮らしてきたではないか」と言って、異論を封じ込めてしまいました。老いて力失っていたとはいえ、これまで家族を支えてきた大納言の、プライドがそう言わせたのかもしれません。


 けれどもこの家を女君に相続させると聞いて、北の方は黙ってはいられなくなりました。

 確かにこの大納言の女君への愛情の偏りようは、北の方には納得できるものではないでしょう。長年苦楽を共にし、寄り添い、子どもたちを生み育てた邸を、自分たちよりもずっと立派で大きな邸に住んでいて、人もうらやむほどの幸せを手にしている女君に譲れというのですから。


 女君はこれ以上ないであろう幸せの中にいます。比べて自分達はその女君の栄誉に頼って生きている身です。だからこそ大納言は女君と大将との繋がりを大切にしようと思うのかもしれませんが、この人は何かと人を見比べる気持ちがありますから、普段から自分の子供たちと女君を比べ続けられた北の方には、悔しい思いがつもりたまっていることでしょう。その女君に自分たちの人生を築き上げてきた大切な思い出の家を、それもこれから、自立しようとしない婿達と自分の娘達を養っていくつもりでいた家を、手放せというのです。


 そしてよくよく聞いてみると、大納言は大将殿への見栄の気持ちが強いようです。老いて弱った身の上とはいえ、貴族のはしくれ。最後に分ける財産がみすぼらしい、たかだか知れた品々を残したとは思われたくないようなのです。現実には大将は皇太后と帝の大きな後ろ盾を得て、どんな貴族も足元に及ばないような高みに上り詰めているというのに、大納言はそれでも舅としての面子を、保っていたいようなのです。


 これでは自分のこれまでの苦労を少しも理解してもらったとは、北の方は思えない事でしょう。必死でさらに大納言に訴えようとしますが、相手は重病人。苦しむ様子に子どもたちは、北の方に物を言わせないようにしてしまいました。


 大納言の意思は固そうです。この財産分けは北の方に大きな不満を残しそうです。



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