84.中納言の昇進
ここから最終巻。第四巻目に入ります。
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そのうち、少しずつですが老中納言の病が重くなり、お苦しみになられはじめました。大将は御気の毒な事と思い、嘆かれて多くの寺の僧に加持祈祷などをさせます。けれど老中納言は、
「そのような必要はございません。今となってはこの世に思い残す事もありませんから、お手数をかけて加持祈祷などなさらずとも結構です」と申し上げます。
それでもだんだんお弱りになってくると、
「やはり死期が近付いているのでしょう。それでももう少し生きていたいと思うのは、私は長年官位に恵まれることなく、昨日今日に官位を受けた若い人たちに多く位も超えられて、昇進できずにいたことを恥ずかしく思っていましたから、大将殿がこれほど私を顧みて下さる今の世の事、命さえあれば大将殿のお力にて大納言の職に着く事ができると思うからです。また、このように死んでしまったとすれば我が身は大納言になる事の出来ない、前世からの因縁だと言う事なのだろうが、それだけが残念なことと思っております。それ以外では年老いて果てて死んでしまった後までも、私以上に面目の立つ思いをする人はこの世にいないでしょう」
とおっしゃるのを大将が聞きつけました。この上なくお気の毒な事だとお思いになります。女君も、
「どうにか父上を大納言にして差し上げたいわ。除目とは別に父上お一人昇進されて、心残りの無いようにして差し上げたい」
とおっしゃるのも聞きますから、大将も本当にそうして差し上げたいと思いますが、権大納言の任命は難しい事で、他の方から大納言の職を取り上げる訳にもいきません。それならと、御自分の大納言の職を老中納言に譲ろうというお気持ちになられ、父上の右大臣のもとに参上なさいました。
「中納言殿が御自分の命のあるうちに大納言になる事をお望みのようなのですが、私には幼い子供たちが多く、その子供たちが自分の祖父に考養の心を見せられるほど中納言殿は長生きできそうもありません。でしたら私が代わって大納言の職を中納言殿に御譲りしたいと思います。帝のご機嫌をよく見計らって下さいませんでしょうか」
と、右大臣に申し上げなさいます。
「何を言っている。そう思っておいでなのなら、早く、そのように帝に奏上なされば良いではないか。お前に大納言の職は無くても、困る事は無いのだから」
と、右大臣もおっしゃいます。
「あなたの思うようになる世の中なのだから」
と右大臣がおっしゃるので、大将は限りないほど喜んで、申請し、帝に奏上文をお渡しになったので、帝は老中納言を大納言に任命する宣旨をお下しになりました。
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老中納言の病状が深刻になってきたようです。四十歳で長寿を祝うような時代に七十歳のお祝いをしたのです。そういう人の身体が弱ってくれば、もう、死期を待つしかありません。娘と和解し、孫に恵まれ、世にも華やかな長寿の祝いを次々と自慢の婿君に催してもらい、老いの身に似合わぬほどの名誉を受けたと喜ぶ老中納言でしたが、一つだけ、心残りがありました。
老いた身となってからは、老中納言は長年、昇進の叶わぬ身となっていました。歳若い公達達が上ってくるようになると、老いた中納言はどんどん立場が悪くなり、次々と官位も役職も追い抜かれてしまったようです。せめて大納言にまではなりたいと長年願いつつも、老いた身ではどうする事も出来ず、最後の頼みと帝の憶えのめでたい大将の力で、「いつか生きているうちに昇進させていただきたい」と、言っていたのでしょう。
けれども大将の心づもりより早く、老中納言の身体は弱ってしまいました。おそらく次の除目まで、老中納言の命を延ばすのは到底不可能な状態なのでしょう。死期を悟った老中納言の切実な願いに、大将も心を痛め、まして実の娘の女君は、出来る事なら父親の最後の願いを叶えたいと心底思っているようです。
ただ、官職にも定員という物があります。員外の大納言の職の事を、「権大納言」と言いました。四百年にもわたる長い平安時代。定員は時代によって増減があったそうですが、それほど多くの人が簡単に昇進できるわけではないでしょう。誰もが懸命のアピールと、昇官運動の末に手に入れる地位。簡単に定員を超える訳にはいかないようです。そんな大切な職を他人から取り上げる訳にも行きません。そこで大将は自分がついている大納言の役職を老中納言に譲る事にしました。
大将は右大臣の長男で、帝の憶えも良く、大将の職も兼任しています。役職と言う名前がなくても、彼自身がすでに右大臣家の顔になりつつあるのでしょう。誰もが必死に求め、老中納言が死出の旅立ちへのせめてものはなむけにと切実な思いで望んでいる職を、彼は「なくても困らない」立場にまで上り詰めていました。
それでも一応父親に相談し、帝のご機嫌をうかがって欲しいと言ったのですが、すでに帝への発言力は父の右大臣より、大将の方が勝っているのでしょう。自分で帝に奏上するように言われてしまいました。おそらく大将自身もそれは分かっていた事で、それでも右大臣である父親の顔を立てるためにわざわざ相談を持ちかけたようです。すでに大将は実質的には父親である右大臣を、超える力があったという事なのでしょう。それでも親を無視することなく相談しているのですから、この頃は親を敬う事がとても重要視されていた事がよく分かります。
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これを聞いて新大納言は、病を患う苦しい身ながらも、泣きに泣いて喜ばれました。その様子は、これほど親が喜ぶ事をなさったのだから、女君にとっても来世のための素晴らしい功徳となるだろうと思われるほどでした。
新大納言は喜んで病床から起き上がって、願を立てさせます。
「前世の業により定まった命とは言え、もう少し、長生きをさせて下さい」
大将が加持祈祷させていた上に御自分でも願を立てられたせいでしょうか。少し病も良くなり、お気を強く持って起き上がり、内裏に参内する吉日を御調べになります。とにかく子供たちに参内のための準備を割り当てる時も、
「私は北の方との間に七人もの子を儲けたが、このように現世の喜びとなる昇進のために骨を折ったり、賀を催して下さったり、後世のための法華八講を開いて下さると言った嬉しい事をしてくれる者はいなかった。このような仏の心を持った娘を少しでもおろそかに扱ったのは、わが身が不幸な目に遭うためだったのだ。他の娘も二人、三人、婿を迎えたが、皆、いまだに私を頼っている。あまつさえ、面白の駒の一件などは恥の限りを見せつけられてしまった。だが、この大将殿は他の婿に比べて塵ほどもお世話をした事がなかったというのに、こんなにも私の世話をして下さる。娘の親として返って恥ずかしい気持ちになるほどだ。私が死んだら私に代わって、息子でも娘でもよいから、大将殿の所に仕えて欲しい」
と、大変しっかりと言います。これを聞いた新大納言の北の方はとても悔しがって、
「憎らしい。早く死んでしまえばいいのに」と思っています。
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身を起こすのも苦しかった新大納言(老中納言)は、帝からの大納言任命の宣旨を受けて、思わず病床から飛び起きて自ら祈願を立てたようです。あまりの喜びに病も一時的な回復を見せ、本人は内裏に参内する日を心待ちにしているようです。親孝行は子どもにとって来世の功徳(良い人生)につながるとされていたので、親を喜ばせた女君は次の世でも幸せになれそうだと語られています。けれども新大納言が前世に決まってしまった今の寿命を、加持祈祷で伸ばそうと祈ってますね。輪廻転生を強く信じ、意識していながらも現実世界の祈りも無駄にはならない、信仰と善行には相応の価値があると、ある程度柔軟な考え方をしていたようです。
新大納言は最後の参内が一世一代の晴れ姿になるので、子どもたちに準備をさせているようです。そうやって子どもたちに頼っているにもかかわらず、新大納言は昇進できた喜びだけで頭がいっぱいらしく、北の方との間に儲けた、今、参内の準備をさせている子供たちの愚痴を言ってしまい、婿達まで大将と比べてしまいました。北の方は面白くないようです。
さらに面白の駒の件は大将が仕組んだ事で、四の姫に何の落ち度もありません。あるとすれば親の見栄でよく確認さえしなかった、新大納言と、北の方の落ち度と言っていいはずです。
婿の出来の違いを嘆く新大納言ですが、以前書いたとおり、この時代は娘の婿のために親が努力をするのは当たり前で、自立せずに通う先の親にすべてを任せる婿も特別珍しい事ではありませんでした。これをそんな風に言われたら寿命が近い老人の事とは言え、親を気づかう子どもたちはともかく、北の方としてはよほど悔しい思いがあったようです。
自分たち一家の面目を取り戻した大将と女君に、それ相応の歩み寄りを見せていた北の方でしたが、ここにきて不満が高まってしまいました。途切れかけている命を、参内するまではと必死につないでいる新大納言にたいして、『疾く、死ねかし』とまで思っているようです。
これから遺恨が残りそうな気配ですね。




