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80.薪の行道

 女君が右大臣の北の方(大納言の母)に御返事を書いていますと、「中納言邸からです」と言って、中納言の妻で右大臣の中の君からお文が届けられました。御覧になると、


「大変尊きことを思い立たれたようですのに、こういう事をするとさえおっしゃって下さらないなんて、わたくしを功徳を施して喜ぶ人々の内に入れないおつもりなのね。悲しいこと」


 と書かれていて、咲いた蓮の花を一枝、黄金で作った物に葉などに少し緑色を塗って、白銀で作った大きな露を置いてあります。


 また「中宮より」と言って、宮亮みやのすけが右大臣の大君の皇太后さまからの御使いとしてお文を持って参上しました。この方には大切な御使いとして忙しくお世話をなさり、あまり目立たない所に御席をご用意し、越前守と、このたびの御世代わりの除目で大納言殿に推挙され、左衛門佐さえもんのすけになった大夫と言われていた人が、盃を差し、御馳走をお勧めします。お文には、


「今日はお忙しそうでいらっしゃると聞きましたので、御挨拶はすべて省略させていただきます。お贈りした物は仏縁を結ぶためにお供えして下さい」


 と書かれています。贈り物は黄金の数珠箱に、菩提樹の数珠が入れられていました。


 これを見て女君の御姉妹の方々や、その侍女達も、大納言の御身内の方々の御身分の高い達が、こうも御心を尽くして我も我もと捧物を贈ってこられるとは、老中納言はこれ以上なくお幸せな事だと見ておりました。


 大納言は皇太后さまへの御返事を。まず先になさいます。


「贈られた品は、大変に、大変にかしこまって、頂戴させていただきました。今日の事はただ、いただいたお言葉を共に、私自身が御仏に捧げ、かしこまって仏前にお供えさせていただきます。御八講における様々な出来事は、私自らが参上してお話し、さらに、さらにかしこまってお礼を申し上げたく存じます」とお書きになりました。


 お使いの宮亮には、綾織りの単衣襲ひとえがさねはかま朽葉襲くちばがさねの唐衣、薄い絹織物の重ねの裳を禄として与えられました。


 ****


 中納言と再会しても、振り向いてももらえずに涙した三の姫ですが、その中納言の現在の妻の右大臣の中の君も贈り物を贈ってきました。これも金細工の蓮の花。この一族は金が好きだというよりも、おそらく豪華な細工ものを作ろうと思うと、金が最も加工しやすいものだったのでしょう。それでもそれ相応の財力があるから出来ることなのでしょうけれど。


 中の君は大納言に自分に知らせが来なかったと文句を言っていますが、これは呼ばれなくて当然ですね。自分の夫の前の妻の一族のために開いている法要なのですから。本当に呼ばれてしまって参加したら、元の妻と今の妻が中納言の目の前で鉢合わせすることになります。誰にとっても居心地の悪いことになるでしょう。


 おそらく中の君もそれを承知しているのでしょう。本気で文句を言っているのではなく、「本当は伺うべきなのでしょうけれど、そちらからのお知らせが無かったので、捧物だけで失礼させていただきます」と言う社交辞令の挨拶を、御兄弟のことらしく冗談めかして書いて見せたのでしょう。右大臣の脚気はともかくとして、右大臣側の女君方がみんな参加を遠慮したのは、老中納言側の女君方に気を使ってのことかもしれません。


 そしてついにはこの国の皇太后になられた右大臣の御長女からも贈り物が届きました。もったいない事なのでお使者も目立たぬ所に席を設えて、それでもこの上なく丁重におもてなしをしたようです。おもてなしには老中納言の長男、越前守と、左衛門佐が接待しました。


 この左衛門佐と言う人は、昔、老中納言邸で三郎君と呼ばれていて、元服後に大夫となっていた人です。この間の御世代わりの除目で、大納言からの推挙を受けて、左衛門佐になったようです。位は五位で元服の時と変わりありませんが、大納言から推挙を受けた事で、おそらくは周りも一目置いたことでしょう。


 この国の皇太后さまが御親戚で、一個人の開いた法会にこうして贈り物を使わされる。それは老中納言一家は目のくらむような心地がしたことでしょう。帝は神にも等しい存在。その母上からお手紙と贈り物が個人のイベントで届いてしまうんです。一世一代の名誉を受けたと感激もひとしおなのでしょう。


 いくら御兄弟とは言え、今ははるか高みにいらっしゃる皇太后さまに大納言も丁寧な御返事を返しています。やたらと「かしこまって」ばかりいますけど、それでも足りないほど「国母」と言う身の上は、重く、尊い物なのです。


 ****


 五巻の日の行事が始まると、皆、上達部かんだちめ公達きんだち(公家の子弟)は、捧物をささげてたきぎ行道ぎょうどうと言う行進をして巡り歩かれます。多くの人々が白銀や黄金で出来た咲いた蓮の花の作り物を捧げていらっしゃいます。中納言だけが白銀を筆の形に作って、へいじくの様な色をつけて、薄い絹織物に透かしたものを捧げていらっしゃいました。


 袈裟などの様なありきたりな物は捧げものの数にも入らずに、受け立ったまま積み上げられています。行道で用いる薪には、蘇芳の木を割り、少し黒く塗って組紐で結えられています。この数日の中でも今日は大変盛大で、費用もかけられているように思われました。身分の高い上達部が捧げ物を持って仏前をめぐり歩く様子を見て人々は老中納言のことを、


「年老いてからの幸せに恵まれ、素晴らしく面目が立っておられる人だ」と褒めています。


「やはり人はこういう良い娘を、神仏にお願いしてでも持ちたいものだ」


 と皆、言い合っていました。


 ****


 法会のクライマックス、五巻目の「薪の行道」が始まりました。これは法会に寄せられた捧物を薪と共に捧げ持って、仏前を行進する行事のようです。何故薪を捧げるのかと言うと、法華経の教えを受けるため、釈迦が仙人の下に仕え、そこで食事の支度をするために薪を切ったり、水を汲んだりして苦労したという教えに従って、それを再現しているのだそうです。


 素朴な行事のはずなのに、金銀、蘇芳が供えられ、袈裟が捧物の内に入らない。本来の教えはどこへやら、まれに見る盛大な薪の行道になったようです。厳しい修行をせずとも捧物を贈るだけで御利益が得られるとあれば、これ幸いと誰もが競ってお供えしたくなったのでしょうね。


 ちなみに中納言が筆に付けた「へいじく」の様な色が、どのような色かは分かっていません。色の名前かどうかもはっきりしていないんです。何かしらの理由があって白銀の筆に塗られている物とだけ、御理解下さい。



薪の行道についての記述は、手持ちの古語辞典を参考にしています。仏教のことについては全く無知なので。

これ以上に詳しい事は分かりません。御了承下さい。

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