79.法華八講
夜が明けると早くから御八講の準備がさっそく始められます。三位以上の上達部が大変多くいらっしゃいます。まして四位や五位の者たちなど数えきれないほどいます。人々は、
「長年耄碌していた中納言殿は、どうやってこのように今をときめく方を婿君に迎える事が出来たのだろうか。幸運な方だ」と驚かれています。
まして、この大納言は二十歳を過ぎたばかりで、大変に美しく威厳があるので、そういう方が自分のための御八講の準備のために出たり入ったり、色々となさっておられるので、老中納言は大変面目が立って嬉しくて、老いた心にも涙を流して喜んでいます。
大納言の弟の宰相の中将と、三の姫の夫であった中納言もとても美しい装束を身に付けて参上なさいます。
三の姫は中納言を見るとかつてはこの人が自分の夫だったの事が思い出されて、とても悲しくなります。良く目を凝らして見ると装束を始め、大変美しい様子で座っているので、大変心悲しく、辛い思いをしてしまいます。
「もし、自分にもっと幸運がありさえすれば、宰相の中将殿に続いて歩かれる姿を見ても、さほど身分差も感じることなくどんなに良い事だっただろう」
と思うと、自分の身の上が情けなくて人に知られないように涙を落して、
思ひ出づやと見れば人はつれなくて
心弱きはわが身なりけり
(思い出して下さるんじゃないかと見ていた人はつれない態度だった。そのために涙してしまう心弱さは、私の身の上のためなのだわ)
と、人知れずつぶやいていました。
そして法華八講が始まりました。阿闍梨や律師と言ったとても徳の高い僧が多くいて、ありがたく尊い御経を、経一部に一日を当てて、九品九部に渡って講説されます。無量義経や阿弥陀経なども加えられ、それに一日を当てました。
一日に仏画一柱を供養しようと始められたので、九品に合わせ、仏画九柱、経九部を書かせてあります。それは美しいことこの上ありませんでした。
そのうち四部の経には様々な色の色紙に白銀や黄金を混ぜて書かせなさって、軸には漆黒の香ばしく香る沈香を使い、縁を金や銀で装飾した経箱に一部づつ入れてあります。
残りの五部の経には紺の紙に金泥(金粉をにかわで溶いて泥状にしたもの)で書いて、軸には水晶を使い、経文のしかるべき箇所の内容を表した装飾を施した蒔絵の箱に、一部づつ入れてあります。
ただ、この経や仏画を見ると、普通の経や仏画は一時目を楽しませるだけの物に見えてしまいます。大納言は朝座と夕座の講師には鈍色の袷の衣を禄としてお与えになります。すべてに気がかりな事など残さないよう、心を尽くそうと思っていらっしゃるのです。
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とうとう法華八講の当日です。この御八講は宰相の中将と中納言が、大納言を手伝っているようです。立派な装束に身を包み、準備をしていることでしょう。
この中納言はもともとは蔵人少将だった人で、当時は老中納言の三の姫の夫だった人です。三の姫にとってはとても久しぶりの再会だった事でしょう。
けれど今この人は大納言の妹君の夫となってしまい、自分の方には振り向く気配もありません。しかも自分の方は大納言の権勢にすっかり押され、昔冷たくしていた女君との縁を頼って、こうして親の御八講を開いていただいている身の上です。
この一族に張りあうどころか頼りにするよりどうしようもない立場です。大納言達の一族として華々しく出世した元夫を、三の姫は悲しい思いで見つめています。元の夫との身分が大きく開いてしまった事をこの場で実感し、そっと涙を落して歌を詠んでいます。
御八講はなんだかとても豪華に行われるようですね。八講のはずが九品に合わせてか、九講になっていますし、さらにありがたい御経を追加しているようです。
しかも普通なら朝夕一部で四日で終わるはずの法会が、一日に一部と追加したお経も講じることにして、全部で九日間にも及ぶ、大変な法会になってしまいました。さすがは何でも華やかにしないと気が済まない大納言が、心を尽くすだけの事はあります。
御経やそれをしまう経箱もひたすら豪華に作り上げたんですね。これではお経と言うより装飾品に近いのかもしれません。すべてに贅を尽くした準備が入念に行われていたようです。呼んだお坊さん方も、豪華な講説に相応しい、徳の高い人々が呼ばれ、その方々の禄も色は鈍色と地味でも、質は高い衣が贈られたことでしょう。
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八講は日が立つほどに尊さがますので、終わりの方では人々も上達部までも参上して混みあいます。中でも尊いとされる五巻の捧物の日はそれなりの御身分の方を始め、色々な方をご招待して差し上げていたので、邸の中はとても狭そうになっています。
捧物の事も割り当てていたので、人々が袈裟や数珠の様なものを多く持って集まっています。大納言がそれを受取って仏前にお供えしようとなさっていると、右大臣からお文が届きました。御覧になると、
「今日こそはそちらに伺おうと思っていたが、脚気で足が病むので装束を身につけるのも苦痛なくらいなため、御伺い出来ませんでした。ほんの気持ちだけの品を贈ります。捧物として仏前にお供えしていただきたい」と書かれています。
贈られた品は青い瑠璃の壺に黄金の作り物の橘を入れて、青い袋に入れ、五葉(作り物の松)の枝に付けてありました。
右大臣の北の方からは、女君のもとにお文が届きます。
「準備している事があるとは伺っておりましたが、何もおっしゃってもらえなかったので残念です。わたくしも同じ気持ちでいましたのに。大納言はわたくしのことが見えていないのでしょう。お贈りした物は女は実用的な物を贈るだの、こんな些細な物を贈ってよこすとか、噂することでしょうね」と書かれています。
その贈り物は唐の薄い絹織物の朽葉色でまだらに濃く染めた衣一襲と、大変美しい朱色の糸を五両ほどづつ、女郎花に付けていらっしゃいます。この糸は数珠の緒にとお思いになられてのことでしょう。
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この御八講に大納言の御両親はお越しになれなかったようです。右大臣は脚気で装束を整えるのも辛いほど動くのが難しい事になっています。そろそろお歳が身体に現れ始めているのかもしれません。それでも贈られた捧物は大変豪華です。立派な壺に黄金でかたどった橘。さぞかしきらびやかな品だったことでしょう。親子そろって派手な物が好きですね。
そんな親子の事だから自分の贈物など、「些細な物を」と噂されてしまうと言いながら、大納言のお母様の北の方は珍しい唐の国の絹織物と、美しい数珠の紐を贈りました。自分の国で作ったものではなく、当時世界でも最先端の文化を誇っていた中国からの輸入品。実用的な品とは言え、これも十分に豪華な品です。お金を積んで作らせるわけにはいかない、珍しい品物なのですから。この一族の裕福さを強調するような贈り物です。そして贈り物はまだ続くのです。




