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77.親孝行

 そういう日々の中、ある日、衛門督と女君がお話をしている時、老中納言の事が話題となりました。


「そういえば、このごろ中納言殿はすっかり老けこまれてしまわれたな。世の人たちは親孝行と言うのは、親が年老いてしまってからするのが、本当の孝行だというようだ」


 と言って、老いが目立ってきた老中納言に何か孝行したいというお話になりました。


「とても良いと言われているのは、七十や、六十の年に賀と言って、管弦や舞楽をご覧にいれる事や、長寿を願って若菜を贈る正月の子の日の行事がありますね。それ以外では法華八講と言って、経を書いたり、仏画を書いたりして、供養する事があるようだ。様々な、盛大な催しをして差し上げようと思うが、どれをするのがいいんだろう」


 そう言って衛門督は御高齢の方にして差し上げる行事を一つ一つ上げていきます。


「他にも生きているうちに四十九日の法要をする人もいるようだが、子供が催す法要としては相応しくないだろうし。これらの中であなたが父上にして差し上げたいと思う事を、させていただこうと思うのだが」


 衛門督がこんな風におっしゃるので、女君はとても嬉しく思い、


「そうですわね。賀の宴での舞楽は本当に楽しそうで、興味が惹かれはしますけど、来世まで父上の御利益になる訳ではありませんから。四十九日は確かに子供が執り行うには縁起が悪そうですね。やはり法華八講が良いのかしら。今いる世でも大変尊く、来世のためにも素晴らしい事なのでしょうから。法華八講を父上にお聞かせしたいわ」とおっしゃいました。


「良いお考えですね。私もそう思っていましたよ。それならば今年の内に催しましょう。中納言殿も最近お身体がとても頼りないご様子になってきましたからね」


 衛門督もそうおっしゃって、さっそく翌日から御準備されはじめました。


 八月ごろには催そうと、経を書かせたり、仏師を呼んで仏を美しく書かせたりして、衛門督も女君も心をこめて準備をします。国々から絹や糸、白銀や黄金などを取り寄せます。その御心には不足している事はまったく無くなるほど入念にご準備なさいます。


 ****


 両家の親交も深まり、文のやり取りもされるようになったので、衛門督はそろそろ具体的な親孝行をしようと考えはじめました。何より娘から許されたことにホッとしたのか、老中納言の老い方が目立ってきてしまったようです。あれだけの事があって親子で和解できたのですから、それだけで十分親孝行に思えるのですが、女君は自分の消息をずっと黙っていた事を追い目のように感じていたようですから、そんな女君の気持ちを察して、衛門督が話を持ちかけたんでしょうね。


 当時は長寿のお祝いは、単に長寿を祝うだけではなく、祝ってくれる人々に楽しんでもらう宴を催したようです。女君も「興味が惹かれる」と言うように、娯楽色が強い催しだったのでしょう。さらに亡くなる前に自分で生前お世話になった方々をもてなそうと思うのでしょうか? 今時でもまれに行われる「生前葬」の上を行くような、「生前四十九日法要」を行う人もいたんですね。ビックリです。


 結局衛門督と女君は法華八講を取り行う事に決めたようです。これは衛門督の言った通り、御経を書きためたり、専門家に仏画などを書いてもらったりしてそれを奉納する時におこなわれた仏教行事で、「法華経」という教えが全部で八巻あるので、それを八座に分けて行う法会だったそうです。朝夕二座おこなわれ、四日がかりの一大イベントになりました。


 特にこの法華経という教えは、五巻目に悪人や女人でも成仏できると書かれているので、一般に大変人気が高かったようです。有難い講座を聞く事で今の世でも御利益があり、生まれ変わった次の世でも、奉納した御経や仏画の御利益で、良い人生が送れると考えられていたようです。


 当時は神教的なものにはその時々の時世の安定や、占いなど、現実的な御利益を求めていたようなんですが、仏教的な事では、現世でも相応には救われたいと思ったのでしょうけれど(特に病魔の平癒とか)、末世論が世にはびこってしまったせいか、人々は来世での幸福を切に願う傾向があったようです。 

 このお話でも何度も「来世にはどんな人生が待っているのか」と言うような表現が出てきました。それほど人々は輪廻転生を信じ、今辛い事が起るのは前世での自らの悪行が災いしていると考え、今こそ仏教的な善行をつんで、次の世で幸福な人生を贈りたいと望んでいたのです。

 ですから女君も、弱ってきた老親の今の機嫌を取るのではなく、後の世でも幸せな人生が送れますようにと願いを込めて、法華八講を選んだんです。この辺りは当時の人々がいかに信仰心に厚かったのかを示していますね。


 そして翌日にはさっそく準備を始めているのですが、地方の国々から様々な物を取り寄せているようです。絹や糸はおそらく法要を取り行う法師たちに法衣などを用意するためのものでしょう。もちろん禄も用意しなくてはなりません。白銀や黄金は新たに仏具などを新調するのでしょうか? いかにも衛門督らしい、派手な八講になりそうです。


 ****


 そんな中で、突然帝が重い病にかかり、退位なさって代わって東宮が天皇の御位にお即きになりました。この帝は衛門督の妹君である女御が御産みになられた一の宮でいらっしゃいます。その弟の二の宮が、新たに東宮に立たれました。この方々の母上である女御様も、皇太后にお立ちになり、衛門督は大納言に昇進されます。


 以前、老中納言の三の姫の夫であり、今では大納言の妹君である中の君の夫となっている宰相の中将(元、蔵人少将)は中納言になられ、さらに大納言の弟の中将は、宰相になられました。

 こうして大納言殿にゆかりのある方々が、全て昇進なさった事は、大変素晴らしく、まるでこの方の一族の世の中になったようです。大納言は帝の憶えも大変に良く、こういうことになって舅の老中納言はとても面目が立って嬉しいことだと思っています。


 ****


 帝が体調不良で退位なさったので、春や秋の除目ではない時期に、昇進が行われることになりました。今回は衛門督の一族にとって大変な御世代わりとなっています。

 まず、新天皇その人が、妹君の生んだ皇子様です。これで衛門督たちの一族は、みんな帝の御親戚になってしまいます。自分の身内から天皇が即位したのです。

 しかも次の帝となる皇太子に当たる東宮は、同じ母から生まれた弟の宮です。これで次の世になってもこの一族は天皇の親戚として盤石な態勢を作ることに成功したのです。


 当然この二人の母である衛門督の妹君は国母こくもとして崇められ、皇太后の地位に上られました。彼女は貴族の女性の頂点に立ったのです。

 それに伴って衛門督も昇進し、大納言になりました。大納言は正三位の地位。太政官の次官に当たります。歳若いこの人には大変な出世です。


 さらにあの、老中納言の三の姫の夫だった人も、今では中納言に。それに入れ替わるように新大納言の弟が、新たな宰相の中将になりました。もうすっかりこの一族の世の中になって、一族で順番に身分を繰り上げているような感じです。

 舅とはいえ、そんな貴族社会の頂点に立つ人々と身内になれて、老中納言は面目躍如。妬むことなく、素直に喜んでいます。もともと権力に弱い人でしたものね。

 

 

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